表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルター・ワールド  ~三画TRAVEL~  作者: 一夜一海
龍編・第一章
8/46

第三幕・訓練生ヒライリュウ

「おっはようございまーすっ。さぁ新人さん、もう直ぐ訓練生として最初の授業が始まりですよー!」


「…誰だよ、馴れ馴れしい。これでも俺は今かつてないほどにマジなんだ、邪魔するんじゃねぇよ」


「ええーっ、誰ってミュウ・ハウゼンですよっ。昨日ちゃんと自己紹介したじゃないですか!」


「…ああっ、悪い悪い。あのレイラとか言う女隊長の存在感が強過ぎて忘れてたわぁ」


「ひ、酷い。確かにあの人に比べたら影が薄いのは当然ですけどぉ………これでもワタシは貴方よりも先輩になる訳なんですからねー?」


「そんなの知った事じゃねぇよ。それよりもとっとと出て行け、今の俺は一人になりてぇんでなぁ」


「むむむっ、それは駄目ですよ。初日から遅刻なんてしてたら、他の皆さんの印象も最悪ですからね!」


「だからそんなの知った事じゃ………って、おいこら何をしやがるっ。ジャケットが伸びたらどうしてくれるんだ!」


「ふーんだっ、私だってそんなの知った事じゃありませんからー!」


 ミュウは龍の二の腕を掴むと、そのまま引っ張って連れて行こうとする。

 決して特別な代物ではない。

 150cmにも満たない少女らしい、小さな精一杯だ。

 仮に大の男ならば、彼女を振り払うのは容易い。

 ましてや人一倍の図体を持つ青年からすれば、彼女を自分の好きにしても良い。

 しかし飛来龍には一つの誓いがある。

 四年前、両親を亡くした時から定まっている。

 ソレはたった一人の例外を除いて、破られた事はない。


「解った解ったっ、俺の負けだ。何処にでも付いてってやるから、とりあえず手を放せっての!」


「…んもう、最初からそう言ってくださいよー。本当に遅刻しちゃいますからー」


「くははっ、俺からしてみればそれで何時も通りなんだがなぁ?」


「はーい、堂々と常習犯宣言しないでくださいねー。それじゃあ行きますよー」


 斯くして二人はミュウを先導とし、クレマチスの中心に位置する白色の建物へと足を運ぶ。

 時計台が特徴的な其処は第一講堂と呼ばれており、クレマチスにおいて最も大規模な教室となっている。

 本日も百名近くの受講者達が出向しており、朝早くから横長デスクの前で所狭しと着席している。

 因みに最後の到着となった龍とミュウは、辛うじて空いている最前列の席に座らざるを得なかった。

 そんな二人に遅れること数分、ローブを羽織った中年男性が教室に現れる。


 この中年男性はドレッドヘアーと痩せこけた顔立ちが特徴的で、肌の色は薄く何処か生気に欠けている。

 一方で眼光だけは文字通り輝いており、夜中でも見失わない様な金色を放っている。

 仮に彼を動く死体と表現したとして、大して違和感はない。

 しかし彼は列記とした教鞭を持ち、設けられている教壇へと厳かに立つ。

 そして授業の開始を告げようと、一つ咳払いを挿んでから唇を動かした。


「んっんーようこソ 親愛なる諸君 本日もこのクローケア・クロウノスの授業ヲ 心して拝聴すると宜しイ」


「ぶふぅおっ、ごっ、げほっほっ………おい何だよ、今のふざけだ挨拶はぁっ。茶目っ気も大概にしとけよ、ガリガリ先公ぉ!」


「ちょっ………新人さんっ!」


 教壇から放たれたその第一声は、殆ど抑揚が無い上に酷く裏返っていた。

 現代に例えるなら西洋音楽における、ソプラノ音域に相当する。

 更に強烈なのが殆ど皮だけの様な面持ちから繰り出される精一杯の笑顔である。

 現代におけるお化け屋敷で登場したなら、そのままでも客から十分な反響が期待できる形相だ。

 しかし中年男性こと、クローケア・クロウノスにとってはこれが通常である。

 そして龍の発言は、彼にとって無礼を遥かに通り越していた。

 やがて金色の眼光が内なる激情に比例して一層の輝きを増していく。

 その有り様を見ただけで、この場に居る受講者達は総じて血の気が失せた。

 

 たった一人の例外は、鋭い三白眼の持ち主。

 自身に向けられている激情を理解しても尚、悪びれる素振りはない。

 其処へ柔らかさを失った手の平が向けられた。

 次いで艶やかさを失った唇が微かに動く。

 後は一瞬の出来事だった。

 突如として教室内に激しい雷鳴が走り、一筋の雷光が最前列の席へと襲い掛かる。

 ソレは悲鳴を上げる事も、認識する事すらも許されていない。

 故に対象となれば、全身から黒煙を上げる肉塊へと成り果てるのみだった。


「んっんー 話には聞いていたガ こんなにも無礼な新入生とハ 期待外れも良い所ヨ 総帥の気まぐれにハ 毎度の事ながら頭が痛イ」


「クローケア先生っ、この人は新人さんでっ。しかもまだ病み上がりなんですから、魔術で攻撃するなんて駄目ですよ!」


「んっんー 馬鹿なことヲ 本来ならこのクローケアを侮辱した者なド 万死に値すル この程度は寧ろ慈悲と呼ぶに等しイ」


「そんなっ、だって黒焦げにってるじゃないですか!」


「んっんー 煩イ 耳障りダ 別に死んだ訳でも無イ 何れ目覚めル 騒ぐだけ無駄ダ」


「でもっ、このままにしてはおけないですよっ。ワタシ、保健室へ連れて行きます!」


「んっんー 勝手にすれば良イ 止めはしなイ 口だけ達者な劣等生も居なくなるなラ 大歓迎ダ」


「…そうですか。それじゃあワタシは失礼します!」


「んっんー では諸君お待たせしタ 改めてこのクローケアの授業ヲ 心して拝聴すると宜しイ」


 何事も無かったかのようにクローケア・クロウノスの授業は開始する。

 同時に受講生達は抑揚がない口調から繰り出される内容を、一つも聞き逃すまいと集中する。

 最早誰一人として、最前列の席には眼もくれていない。

 一方でこの場に居る誰よりも小さな少女は、歯を食いしばりながらクレマチスの第一講堂を後にした。

 背中には勿論、黒焦げとなった193cmの図体を背負っている。

 その上で誰の手も借りず、クレマチス南東方面にある保健室を目指す。

 本来なら徒歩で数分程度の道のりなのだが、今の彼女にとっては決して簡単ではない。

 もし目的地までレースをしたなら、陸上の亀にさえ完敗を喫するペースだ。

 それでも時刻が昼間へと差し掛かる頃には、辛うじて保健室内まで辿り着いて見せた。

 因みに現代の学校等と違って、クレマチスの保健室には養護教諭は常駐していない。

 定期的に薬や包帯などを交換する管理人は存在するが、この管理人は怪我人と居合わせても治療は行わない。

 何故ならクレマチス所属の訓練生にとって、応急手当のスキルは必須となっている。

 所属内で生じる程度の怪我ならば、予め用意されている保健室の品で自己解決しなければならない。


『んーと、とりあえず飲み薬は無理そう………これはちょっと強い薬だからー………うーん、うーん』


 ミュウは龍をベッドの上に降ろした後、治療の為に薬品棚を物色する。

 幸い龍は見た目が黒焦げと化していても、症状としては気絶しているだけだった。

 クローケアが放った一筋の雷光は、最初から威力の調整がされていたのである。

 皮膚に火傷などの症状も無ければ、身体のダメージも人類の自然回復力で事足りる。

 ただし雷光の後遺症が肌の彼方此方に表れているのは確かなので、ミュウは程好い品を選別する必要がある。

 やがて彼女が取り出したのは、半透明な緑色の液体が入った容器だった。


 ソレは特殊な塗り薬で、軽い外傷に対してなら総じて効果を発揮する。

 また服越しでも簡単に浸透する性質を持ち、黒焦げと化していた龍も見る見る内に元の状態まで立ち直った。

 一方で意識の回復に関しては目ぼしい物が見つからず、挙句には無数の薬品の後片付けに追われる羽目になった。


「よいしょっ、と………はぁー、本当に世話の掛かる新人さん。昨日今日と立て続けに意識不明で搬送されるとか、普通に笑えなーい」


「…はっ、別に助けてくれとは言ってねぇんだがなぁ?」


「あれれ、もうお目覚めですか新人さん。相変わらず早いというか………もしかして結構前から起きてたんじゃ?」


「ああ、身体はマジで動かなかったがよぉ。こちとら何時も女子ってのは運ぶモノだったんで、折角だから貴重な体験をさせてもらったぜ」


「ふーんだ、そのままお返ししますよその言葉。まぁでも今日は色々と災難だった訳ですし、ワタシの方が先輩なんだから仕方ないですけどー」


「いやあれは災難ってレベルじゃねぇだろ、何なんだあのガリガリ先公は。次に会ったら蹴りの一つでも入れなきゃ気が済まねぇぜ」


「止めた方がいいですよー。クローケア先生はクレマチスの筆頭教師兼、第十部隊長。要するにレイラさんと同格の人ですからー」


「…マジか、あの見た目であの女隊長と互角なのかよ?」


「らしいですよー、特に雷属性魔術に関してはカレンデュラ内でも右に出る者は居ないとか。今度また怒らせたりしたら、それこそ気絶程度じゃすまないかも」


「くそっ、ムカつくぜっ。此処じゃ魔術が使えねぇってだけで、満足に反抗も出来ねぇってのかよ!」


「そんな物騒に考えなくても、このクレマチスで学んでれば新人さんもきっと使えるようになりますって」


「マジかよ、昨晩だって徹夜したが何にも起きなかったぜ?」


「あははっ、徹夜するだけで出来るようになるなら誰も苦労しませんって。とにかく真面目にしっかりと、後はワタシみたいに元気に頑張って行けば良いんです!」


「何だか漠然としてんなぁ………っつーか、そう言うアンタはどんな魔術が使えるんだよ?」


「えっ、使えませんけど?」


「…はっ?」


「いやー、実はワタシってば魔術に加え武芸とかもてんで駄目でぇ………クレマチスでも例を見ない断トツの劣等生でぇってイダダダダーーーッ!」


 幼気な少女の顔面が、突如として無骨な右手に鷲掴みされる。

 そしてそのまま天性の握力により、じわりじわりと締め上げられる。

 これはプロレスの技で言うならアイアンクローに該当する。

 しかも龍の場合は、小柄な相手なら空中に吊し上げる事も可能としている。

 斯くして150cmにも満たない少女が、193cmの図体に制裁されるという絵面が出来上がった。

 この制裁は少女の方から、謝罪の言葉が出るまで続行される予定だ。

 もっとも、謝罪する余裕があるのかと言えばまた別の話である。

 龍としては十分に手加減しているのだが、ミュウにとって現状は激痛で言葉にならない。

 辛うじて両手で罰点(ぺけ)を主張するのだが、ソレが許しを乞うていると判断されたのは少し後になってからだった。


「ふーっ、ふーっ、ふーっ………何か、この世とは思えない綺麗なお花畑が見えたんですけどー?」


「何だよ、意外とだらしねぇな。俺を此処まで運んだ根性は何処に行ったよ?」


「そうっ、ワタシは貴方の恩人っ。しかも先輩でっ、女の子っ。それなのになんて仕打ちですかー!」


「そりゃあ随分と図太い奴だと思ったからよぉ。実際にプニプニしてて、感触は悪くなかったぜぇ」


「嬉しくなーいっ、しかも懲りてなーいっ。そんな態度じゃ、何れ本当に独房行きですよー!」


「…何だよ、脅してんのかぁ?」


「ちーがーいーまーすー。ただでさえ夜中に王宮侵入なんて重罪を犯した貴方の為に、先輩として忠告してるんですー」


「…くははっ、良い度胸してるなぁアンタ。その重罪を犯した奴を相手に、よくそんな態度で居られるぜ」


「え、だってちゃんと裁判を受けたんでしょ。それで判決を貰って、今ここにいるんですから。それで何の問題もないと思います」


「お、おう………そういうもん、なのか?」


「それに貴方は口は悪いけど、根は悪人じゃないって信じられるから。もし何かあったとしても、油断したワタシも大概って事で」


「くっ、ははっ………参ったなこりゃ。アンタが、そこまで言うなら………まぁ少しは訓練生ってのを頑張ってやろうじゃねぇか」


「それじゃあ改めて新人さん。これから大変だとは思いますけど、今後ともよろしくお願いしますね!」


「おいおい、その新人さんって呼び方はねぇだろうよ。その様子じゃ、俺の名前を知らねぇって訳じゃねぇんだろうが?」


「じゃあ御言葉に甘えますけど、貴方もワタシの事はアンタじゃなくてちゃんと名前で呼んでくださいよ。それとも、もう一回自己紹介が必要です?」


「くっはーっはっはっはっ、悪かった悪かった。もう二度と影が薄いからって忘れねぇから、勘弁してくれよミュウちゃんよぉ」


「そうですねー、今回は勘弁してあげますよー。何となくリュウさんとは、長い付き合いになりそうですからー」


 互いを名前で呼び合う二人は、共に屈託のない笑顔を向ける。

 同時に何方ともなく大きな腹の虫が保健室に響いた。

 時刻は既に昼間を通り過ぎ、夕刻を迎えていたのである。

 こうした状況を悟った二人は、今度は吹き通るような笑い声を響かせるのだった。


 やがてクレマチスの東部に存在する大食堂、アザレアに新たな客足が二つ赴く。

 其処は普段から訓練生は勿論、教員達の多くが利用している。

 夕食時となれば特に賑わい、席の確保も難しい。

 それでも美味しい料理を腹一杯に有り付こうと、誰もが食券を片手に長蛇を作っていた。



此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>




拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。




良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ