第五幕・犯罪者
「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」
歩いている。
決して人目に付かないよう、彼女は慎重に歩いている。
全身はずぶ濡れで、体温は奪われっぱなし。
呼吸もずっと荒く、身体の節々が悲鳴を上げている。
それでも彼女は歩みを止める事はしない。
いっそ倒れてしまえと思える程の苦しみでも、その紺碧の瞳には揺るぎなし。
眼帯で覆われて居ようとも、燃え上がる様な気炎に満ちている。
「ケヒヒ、お帰りなさいだナ団長?」
「キシシ、ずぶ濡れだゾ。やっぱりテール達もお供した方が良かったゾ」
髪型と髑髏マークの位置以外、全てが同じ格好の兄妹が出迎える。
其処は【宵闇の旅団】13番 基地。
旅団の多くは賞金首で構成されており、統制機関や賞金稼ぎから身を隠す為、世界各地に無数の基地が点在している。
ただし基地と言っても、決して御大層なモノではない。
実態は建物としての機能はおろか、雨風すら防げない場所が殆どである。
13番基地にしても、フィーリアの僻地に存在する、単なる掃き溜めの1つに過ぎない。
しかし彼等は皆、多くの人間達が目に留めない場所を把握し、転々とすることで日々を生き抜いている。
何時、何処で追手が迫るのだろうかと、心の奥で怯えながら。
「…首尾は如何です?」
「ケヒヒ、やっぱり難しいナ。潜入までは変身と分身だけで簡単に行けるんだがナ」
「キシシ、問題は独房に張り巡らされた魔術だゾ。入った途端、封印と弱体魔術の応酬で、へなへなになっちゃうんだゾ」
「…そうですか。彼等を解放できれば、大きな波紋となって貰える筈なのですが…」
団長の言う彼等とは、統制機関によって禁固刑を言い渡され、独房へと送られた者達を指している。
禁固の大半は優れた才能を持ちながら犯罪に手を染めた者、即ち更生さえすれば国家に貢献が出来る様な実力者達ばかりだ。
元よりフィーリア王国では、徹底した実力主義であるが故に、優れている者ほどこうした情状酌量の余地がある。
実際にかつて48人もの女性を誘拐し殺害、及び王家に対する脅迫の罪を問われたバドラック・マージが、死刑には至っていない。
また国家に対する反抗の意志を持ち、その意志に準ずる組織を生み出したロンゾも、死刑には至っていない。
何故なら前者は魔術師としてり才能、後者は経営者としての手腕が評価されているからだ。
もっとも、大罪人として第三階層までに落とされた以上、最大級の刑罰は免れない。
刑罰は正に、虚無の日々。
魔術を封じられ、全身の自由を奪われ、視る事も聞くことも出来ない状態で、刑期の間はひたすらに放置される。
最早それは、人間と言うよりは植物への扱いに近い。
故に第三階層では肉体よりも、精神の方が先に死ぬ。
自ずと類稀なる精神を持つ者だけが、漸く2度目の人生が与えられるという仕組みだ。
「ケヒヒ。もし本当に成功したら、またお祭り騒ぎだナ」
「キシシ。確かに最っ高だゾ。世に解き放たれた犯罪者集団っ、何だか世紀末って感じだゾ」
「…随分と楽しそうですね、二人とも」
「だって、ナ?」
「そうだ、ゾ?」
「世界を引っ繰り返すんだもんナ、団長?」
「楽しまずにはいられないゾ、団長?」
兄妹は綺羅綺羅と目を輝かせながら、途方もない無邪気さで団長を見つめる。
対する団長は呆れながらも、その言葉を否定しない。
この世界の理を覆す。
アスカが団長となってから、ソレが旅団の目標であることに違いない。
「…引き続き、お願いしますね。魔術が施されている以上、独房には必ず管理人が存在している筈です。攻略の鍵は、きっとそこに」
「ケヒヒ、了」
「キシシ、団長は?」
「…先ずは報告しなければなりませんから。それが彼との契約です」
明日香は膝を付いて跪くと、右手で地面に触れる。
すると間もなくして、明日香の周囲に光る魔法陣が展開する。
魔法陣は転移魔術が持つ特徴の1つである。
ただし明日香本人は、転移魔術を使えない。
しかし転移魔術と同じ効果を持つ、専用の道具はこの世界に幾つも存在する。
そしてその道具の1つが、13番 基地の直下、大地の中に埋まっているのだ。
「承認要求。【宵闇の旅団】団長アスカよりSNT-1224へ」
『声紋、認識。指紋、認識。生体、認識………全工程完了。良き旅路を、団長』
周囲に音声が流れるや、明日香の身体は光に包まれ、その場から姿を消した。
彼女が次に姿を現したのはワンルームサイズの空間。
床にはレッドカーペットが敷かれており、洋風の装飾品が点在している。
「むほほ。その様子じゃと、此度も見事に果たしたぞいな」
非常に恰幅の良い初老の男性が、明日香へ声を掛ける。
彼は3人用ソファーに座りながら、グラスに注いだ果実酒を優雅に傾けていた。
対する明日香は男性と向かい側の3人用ソファーに腰掛けると、足を組みながら対面する。
「…不自由はしていないようで、何よりです陛下」
「むほほ、止すぞい。既に余は王どころか、死人と変わらんぞいな」
「…ええ、そう仕向けた私が言うのも可笑しな話ですが。もう貴方は、この世界に必要とされていません」
「むっほー。改めて言われると、流石に堪えるぞいな…」
元フィーリア国王、サンタ・フィーリア・レーギスは今も病に伏している。
それがこの世界の人々にとって、表向きの真実。
しかし裏での実態は、王国襲撃事件を機に行方不明のまま。
しかも原因が何者かに誘拐されたと言う、由々しき事態である。
故に国の法律を司る統制機関と王族の間で、一つの合意が成された。
一言で言えば合意は、隠蔽工作。
真実を覆い隠し、混乱を避け、用意された物語を正史とする。
正史の為に国王の実の娘である、ルナ・フィーリア・レーギスを代理として立てた。
結果、現女王は若くしながらその才能を遺憾なく発揮している。
若い頃から長年に勤めた、サンタの在位が一瞬で霞んでしまうほどに。
「仕方がない事ですよ。貴方は元より、実力主義の国王としては凡庸だったのですから」
「うんむ、よく解っているぞい。初代様は勿論のこと、先代の皆々様、そして愛しき娘の才覚に比べれば、余は何と矮小かと…」
「…凡庸であることは、必ずしも悪い事ではないのですよ。少なくとも私にとって、真面な感性をしていると思えたのは、この世界では貴方が初めてでしたから」
「むほほ、素直に嬉しく思うぞい。あれほど余に対し憎悪に満ちていた、其方から言われるとのう」
誘拐犯と、その被害者。
それが出会った時から、今も変わらない二人の関係。
その始まりは、正しく一触即発だった。
特にサンタからすれば、喉元に刃を突き付けられている様な最悪の状態である。
しかし彼も国王という器の持ち主である。
故に泣きもせず喚きもせず、相手との対話を試みた。
『一体、其方の目的はなんぞい?余の身柄を奪ってまで、何を叶えるのだぞい?』
表向きは、至って平常。
しかし内心では、死の恐怖と戦っていた。
それ程に当時の明日香は、憎悪と言う名の炎に満ちていた。
放って置けば、世界の全てを焼き尽くすのではないかと思える程に。
『貴方は、本当に気付いていないのですか?この世界の歪を、この世界の嘆きを。王と言う立場にありながら、貴方はこれまで、何を視て生きてきたのです?』
表向きは、至って平常。
しかし内心では、爆発しそうな怒りを必死に抑えていた。
失った全てを、復讐と言う二文字の下に清算しようとした。
しかし同時に理解もした。
自身が思い浮かべていた想像から、国王サンタという存在の実態は異なっていたのだと。
「…思えばあの時、全ての責任を貴方に押し付けてしまっても良かった。けれどそれでは、何も解決しない。何も、変えられない…」
「…やはり、最後まで貫くつもりぞいな?」
「当然です。私はこの世界を………決して許すつもりはありませんから」
拳を強く握りしめ、決意を口にする。
その視線の先に見据えているのは、統制機関が誇る十人の部隊長達。
そして部隊長達を統括している総帥、ドルガー・ヴォーゼ。
更にはその先、全ての元凶と言える存在である。
「…街中の預言者、だったぞいな?其方をこの世界に送り込んだという輩は」
「ええ、私達の全てを狂わせた張本人………必ず辿り着き、排除します。例え、どんな手段を用いてでも…」
「…良きに計らうぞい。余は決して其方を応援することは出来ぬが………一切の邪魔をすることもないぞい」
「…感謝します。私も必ず貴方との契約を果たしますので、ご安心を」
「むほほ。期待しているぞいよ、スズナアスカ君」
サンタは微笑みながら、果実酒を飲み干す。
一方の明日香は表情は変えず、立ち上がる。
そしてサンタの背面にある扉へと向かい、ゆっくりと開いた。
同時に明日香はワンルームから姿を消し、元の13番 基地へと転移した。
既にゼルとテールの姿はなく、基地は静寂に包まれている。
しかし明日香は転移して間も無く、眉を顰める。
(…視線。敵意は感じませんが、さて…)
良くも悪くも掃き溜めの1つである13番 基地は、その気になれば一般人でも通ることが可能である。
他の基地においても、団員が集会中、基地内に来訪者が現れるという事態は時々起きる。
故にこうした事態において、旅団の団員達は各々に対策し、目立たないように心掛けている。
特にゼルとテールの場合は、仮に強硬な手段を取ったとしても、変身や分身で幾らでも誤魔化せる寸法だ。
しかし今回は、良くも悪くも転移したばかりの明日香が、ただ一人という状況である。
(…もう一度転移を行うのは、流石に悪目立ちが過ぎる。とは言え、私はもうお尋ね者………相手が一般人だとしても、油断は出来ない)
時間にすれば、ほんの数分。
その間に明日香の中では、次の行動に対し、次々と選択肢が挙がる。
しかしどれも一長一短で、最善とは呼べない。
故に最悪を避ける形で、明日香は脳内計算する。
「…姿を見せてください。私に何か御用があるのでしょう?」
脳内計算の結果、明日香は先ず対話を試みることにした。
その上で相手の反応を伺い、決断する。
すんなりと姿を見せるなら、その人物は明日香を犯罪者としては認識してない可能性が高い。
一方で姿を見せないなら、明日香に対して何かしら警戒心を持っていることが明白となる。
「…沈黙は此方に対し悪質な存在と視て、強硬手段を取りますが?」
明日香は両手首に巻いているリストバンドから、白銀の双刃を出現させる。
対魔術師用に特化する魔封器は、通称を魔封刃。
更に明日香が持ち主となってからは、【宵闇】という名を与えられた。
性能としては単純な斬撃武器としては勿論、その双刃が触れた第二段階までの魔術効果は軽減される。
ただし魔眼と極真空手を主軸とする明日香にとって、あくまで【宵闇】は奥の手。
生身では防ぎ難い攻撃魔術に対する、防御の手段として用いることが多い。
一方で今回のような、威嚇としても用いられる。
「…ご勘弁を。貴公と敵対したとあっては、主殿に申し訳が立たぬで御座る」
声と共に明日香の正面へ、80cmほどの刀剣を腰に提げる、銀髪褐色肌の女性が姿を現した。
常に両目は閉じられているものの、彼女は間違いなく明日香の姿を捉えている。
一方で明日香もまた、女性の特徴である80cmほどの刀剣、銀髪と褐色肌、民族衣装などを見極める。
「…ナトラル・レガート、さんですね?」
「これは、驚きで御座る。貴公とは初対面の筈で御座るが?」
「裏の界隈では、中々に有名ですよ。盲目の魔人族であり、魔術と剣技の達人。そして元、統制機関第七部隊所属………現在は、傭兵として活動しているとか」
「お詳しいで御座るな。いかにも、拙はナトラルと申す。実は貴公を探していたで御座るよ」
「…探していた。それはつまり、私を捕えに来たと言う訳ですか?」
「おっととと!敵意は誤解で御座る!拙は主殿に頼まれ、貴公の支援に来たので御座るよ」
「…失礼、主殿とは?」
「名は伏せまするが、主殿は貴公を知人………あいや、愛しき姫君と話して御座った」
「…ああ、成程。貴女はこの世界で一番人騒がせな、彼の使いなのですね」
「おおっ、ご理解頂けたようで何よりで御座る。では改めて、この不肖ナトラル・レガート。主殿の命により、貴公を全力で支援させて頂くで御座るよ」
「…そうですか。では、覚悟は宜しいのですね?」
「…ええと、具体的には何の覚悟で御座ろうか?恥ずかしながら拙は、剣と魔術以外は不得手で御座るので…」
「私の、共犯者になる覚悟ですよ。貴女の主、共々に…」
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




