第四幕・交錯する意思
「何をやってるんだキミはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うおっ、耳元で叫ぶんじゃねぇよー」
劈くような怒声が、響き渡る。
声の主は統制機関第七部隊長、シャルティ・デポンだ。
彼は今、湖の中心部に立っている。
正確には炎の翼を背に纏うことで、水面の上に浮いている。
その姿は宛ら、不死鳥を想起させる姿だ。
一方で彼の足元、湖の水面には統制機関第三部隊長アクアテイルが海月のように漂っている。
彼女は完全に力を使い果たしており、自身では起き上がれない状態に陥っていた。
「勝手な単独行動っ、第三段階魔術の行使による環境破壊!挙句にはこんな状態になって、一体どういうつもりだ!」
「いや~、悪い悪い。ちゃちゃっと済ませて、サッと帰るつもりだったんだがよー」
「言い訳は聞きたくないっ、オレは何度も忠告した筈だぞ!それなのにキミは!」
「ああ、罰は甘んじて受け入れるぜ。独房の最下層に叩き込まれても、別に文句は言わねぇよ」
「…全て覚悟の上、か」
「応よ。だから冥土の土産に聞いてくれよ、オレ様の言い訳をよぉ?」
「…解った。回復がてら、聞いてやるとも」
シャルティはアクアテイルの身体に触れると、炎属性の回復魔術を発動する。
宛ら極寒の夜に、煌々と灯る暖炉の如き温もりだ。
回復の間にアクアテイルは、これまでの経緯を語る。
南方支部長である自身に対し、挑戦する存在が居たこと。
その挑戦者が、北方支部長を再起不能へと追い込んだ人物であること。
更に魔眼の所持者で、アスカという名前の女性であると順を追った。
そして彼女が思った以上に手強かったので、第三魔術の使用に至ったのだと締め括った。
「…流石に、驚いた。北方支部長暗殺未遂事件の犯人が、立て続けに南方支部にも現れたのか…」
「しかも、機関で未登録の魔眼所持者だぜ。一体、今までどうやって隠れてやがったんだろうなぁ?」
「…オレ達も、完璧ではないさ。実際に、海神帝国なんて存在が野放しになっていた訳だしな」
「うはは、確かに!マックに続きオレ様も襲撃されちまったし、中々に侮れねぇもんだぜ連中は!」
「ああ、襲撃相手なんだが………実は少し気になる情報が入ってる」
「気になる情報ぉ?何だよそりゃあ?」
「…いや。正直、突拍子過ぎて、とても鵜呑みには出来なかったんだが………何時になく、彼女は真剣だった」
シャルティが語り出した情報とは、第一部隊長であるレイラが出所となっている。
彼女は北方支部長の代行を務めながら、マック暗殺未遂事件の犯人像について、自身の考えを親しい部隊長へと順に伝達していた。
先ずアクアテイルが襲撃される以前の段階では、第六部隊長と第九部隊長に浸透。
そして襲撃されている真っ最中に、第七部隊長にも回ってきたと言う訳だ。
「で、彼女の結論から言うと………どうやら北方支部長暗殺未遂事件の犯人は、異世界人らしい」
「…お、おう」
「…そうだな、流石のキミも薄味反応になるよな」
「いやだってよ、海神帝国対策会議の時にヒライリュウが暴露したじゃねぇか。帝王ブラック・ロードは、昔からの友だってよ。なら犯人は異世界人って、当然の帰結じゃねぇか」
「帰結なんだが、どうも彼女の中では当然ではなくなったらしい…」
レイラ曰く、彼女が示す異世界人とは帝王ブラック・ロードではないとの由。
彼女は帝王の性格を分析し、暗殺と言う手段を取る性質ではないと判断。
故に犯人は別の異世界人であり、海神帝国側に属していない勢力である可能性が高いと提示した。
その上で帝王ブラック・ロードと同じく、第ゼロ部隊長ヒライリュウの関係者であると付言されている。
これはフィーリア王国襲撃事件の折、犯人一味と思わしき存在を追跡しようとした際、龍から強引に抱き止められた事案を根拠としている。
『思えばあの時、ヒライリュウは我々から犯人を庇っていたんだ。そして彼ほど気難しい人間が全力で庇う相手など、相応の関係でなければ有り得ないだろう?』
「…つまり、だ。フィーリア王国襲撃事件と、マック暗殺未遂事件の黒幕は」
「…キミを襲った、アスカと言う女性と言うことになる」
「うははっ、もし真実ならどうなってやがるんだ!ヒライリュウと言い、ブラック・ロードと言い、最近の異世界人ってのははた迷惑な連中ばかりじゃねぇか!」
「…同感だが、どうしてそんなに嬉しそうなんだキミは?」
「だってよ、相手が異世界人って解ったんだぜ?なら、別にあの女とは制限なしで戦って良かったって事じゃあねぇか?」
「…成程。キミらしい、第一条への解釈ではあるな」
統制機関が定めるフィーリア王国の国法、その第一条。
この世界における住人同士は、正当な手続き無く第三段階の魔術を行使してはならない。
行使する場合は統制機関総帥であるドルガーの認可、或いは統制機関の部隊長から半数の認可が必須となる。
もしこの国法を破った場合、如何なる立場であろうとも極刑に処される。
また認可を得ていても、人々や環境に多大な被害を与えた場合は罰を免れない。
ただし自身の生命が危険に及ぶなど、特殊な状況下での行使は例外を認める場合がある。
それでもこの法律がある限り、第三段階の魔術師が大きな制限を受ける事実に変わりはない。
先達てのマック、及び今回のアクアテイルも、明日香と対峙した際は本気であっても全力とは言えなかった。
しかし相手が異世界人となれば、話は変わってくる。
この世界の住人同士でないのならば、第一条を守る義務はなく、また守られる道理もない。
「ま、戦時下に勝手な単独行動したのは確かだぜ?だが、未知なる異分子の排除って名目なら、酌量の余地はあるんじゃねぇの?」
「…ともかく、この事態は機関全体でも共有するべきだ。キミの処遇については、それからだろう」
「うっし、だったら共有の前によ~。ちょっと頼みがあるんだがよ~」
「…嫌な予感しかしないが、一応聞こうか」
「じゃあ、抱っこしてくれ。で、そのままオレ様のベッドまで運んで行ってくれ」
「…あのな、何を甘えてるんだ?オレはキミの介護人じゃないし、そもそも既に回復しているだろう?」
「それがよー、割と本気なんだ。なん言ーか、回復はしたんだけどよ………身体に穴でも空いてるんじゃねぇかって思えるくらい、力が抜けてく」
「…まさか、それも魔眼の効果か?」
「かも、な。とりあえず、第六部隊長の奴に診て貰わねぇとだろ?魔眼について、何か解るかもしれねぇし?」
「…やれやれ、仕方ない」
シャルティは魔術でアクアテイルを水面から引き上げると、そのまま胸元まで彼女を抱き寄せる。
そして炎の翼を羽ばたかせ、この世界でも屈指の超重量級であるお姫様を救い出した。
それから南方支部へと戻り、今回の一件を統制機関の上層部へと報告する。
斯くして二度目となる、部隊長暗殺未遂事件が記録されるに至った。
同時に事件の犯人が、魔眼所持者であることが明らかとなった。
更にアクアテイルの証言から、その容姿についても指名手配と言う形で出回る。
自ずとアスカの存在は、世界中で鳴り響く。
これは海底より出で、天空に座す海神帝国も例外ではない。
「くっ、くくくくくく!」
覆面の内で、帝王の唇が歪む。
彼の手元には、入手したばかりであるアスカの手配書。
手配書はアクアテイルの記憶を基にされ、容姿や衣装など高い解像度を誇っている。
また魔眼の所持についても言及されており、星で表される危険度はMax。
懸賞金に関してもフィーリア史上、他に類を見ない額だ。
「…主殿、何をそんなに喜んで御座る?」
帝王の傍らから、腰に80cmほどの刀剣を提げる女性が声を掛けた。
その容姿は褐色の肌、銀髪の長髪に加え、常に閉じられている両目と尖った両耳が特徴的。
またベトナムの伝統衣装を思わせる、スリットの深い、紺色を基調とした花柄の上着を装う。
「大乱の火種が、天まで届かんと、燻り煙る。まるで遠くから、愛しき姫君の慟哭が聞こえて来るかの様…」
「…やはり、難解で御座るな。浅学の身に、主殿の御言葉は」
「あいや、失礼。単に知人の窮地なれば、此れを助力せんと欲する次第」
「なんと、それは急を要するで御座るな」
「然り然り。さりとて大事が為、適任なる人材を事欠く始末…」
「何をお迷いに御座る。どうか、拙に御命令くだされ。必ずや、ご期待に沿うで御座るよ」
「くくく、頼もしき哉。ではナトラル嬢よ、窮地に喘ぐ姫君の元へ御身を遣い給う」
「承知………あ、具体的には何をすれば良いので御座るか?」
「ふむ………手始めに隠れた姫君の居場所を見出し、その上で密かに動向を探り、必要と有れば陰から助力をされたし。無論、報告も逐一お忘れなきよう」
「…な、難儀で御座るな…」
「然らば、別の御仁を…」
「いや気の迷いで御座った!直ちに発つので、御免!」
ナトラルと呼ばれた女性は一礼すると、文字通り風のように姿を消した。
そして箱舟から降り立ち、主の言葉に従って指名手配犯を追う。
一方で帝王は高級感のある社長椅子へともたれ掛かり、自らの覆面を取り除く。
彼の覆面は隠蔽魔術の一種で作られており、術者の意思で何時でも解除が可能なのだ。
また特製の社長椅子に関しても、魔術で最高の座り心地が約束されている。
しかし本来の姿を現した帝王は、決して安息をする訳ではなかった。
(姫君の本格始動、王国側は対応必至。片や帝国にとって、利害一致)
目前に8×8の盤面を創り出し、白と黒の駒を産み出し、チェスの盤面を立体映像で形成する。
ただし6種16個の中には決して存在しない形状の、透明な駒が中央へ2つ設けられている。
あえて命名するならば駒等は、守護者と暗殺者。
共に全てのマスに自由な移動が可能と言う、破格の性能を持つ。
(…我が友は未だ沈黙。愛しき姫君を抱き込むは、当方においても極上)
帝王の指先が守護者を白い陣営へ、暗殺者を黒い陣営へと導く。
その上で守護者はキングの後方、即ち盤外へと転げ落ちる。
一方の暗殺者はクイーンを蹴落とし、堂々とキングの隣へと立つ。
途端に立体映像は盤面に対し、黒の陣営の圧倒的有利を告知した。
(姫君よ、おお姫君よ………気高き心を暗黒へ落とし、清き手を真紅へ染め上げ、練り上げた四肢さえ汚泥に塗れさせながらも………尚、邁進するのであろう?)
くくく、と帝王は笑う。
その姿は、或いは誰よりも純粋である。
ただしその性質は、正しく黒色。
全てを包み、覆い、太陽の光さえも抱き寄せる深淵。
そして血で血を洗う大戦争でさえ、気分で巻き起こす混沌である。
(共に興じようぞ、姫君。果ての果てまで…)
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




