第三幕・私は異世界人
「…うはは、居た居た。逃げも隠れもしねぇとは、良い度胸じゃねぇか」
「………」
其処は統制機関南方支部より、数km先に存在する小さな丘。
程よい見晴らしの良さから、散歩へと出向くにはお誂え向きだ。
しかし現在は、殺伐とした雰囲気で覆われている。
予めこの場所に陣取り、明確な敵意を差し向けた、全身を黒いフードと黒衣に覆われた人物。
その敵意を受けて、水滴が零れる様にこの場へと降り立った、水色の外套を羽織る人物。
双方の遭遇が、戦いの開幕を告げている。
「一応、聞いとくぜ。テメェは何者だ、何でオレ様の命を狙った?」
「………」
「うははっ、だんまりか!じゃあ仕方ねぇ………後は悲鳴でも上げてろ」
快活な声質が、一際に落ちる。
同時に鬼人族として生まれ持った、屈強な肉体が更なる躍動感を見せる。
戦闘態勢だけでも彼女が、女性であることは皆が忘れるだろう。
対する黒衣の人物は静かに、そして速やかな構えを作る。
先ず右足を後ろへと下げ、真横に置く。
そして後ろ足の踵と、左足の側面が一直線上になるように立つ。
その上で膝を少し曲げ、身体の重心は後ろよりにする。
「へぇ、受けて立つってか?面白れぇ、どんな力量か試してやるよ!」
言葉と同時に、アクアテイルは相手に飛び掛かろうと軽く踏み込んだ。
ただし彼女の軽くは、大地を震撼させる。
その上で数十メートルの距離を、一瞬で詰め寄る。
しかし黒衣の人物は全く動じない。
瞬く間に剛腕による一撃が迫ろうとも、恐ろしいほどの静寂を保つ。
「…破っ!」
たったの一声だった。
一声でも凛として、周囲に深く透き通った。
同時に黒衣の人物は、正に一気呵成の勢いを見せる。
先ずアクアテイルの一撃を流れる様に回避したかと思うと、空中で強烈な回し蹴りを顎に見舞った。
更に着地後は独特な歩法でアクアテイルに急接近し、振り返ろうとした彼女へ向けて怒涛の正拳突きを炸裂させる。
何れも的確で、手加減はなし。
しかも鼻と口の間、喉、鳩尾、股間など、著名な急所の総出演である。
そしてその全てを、アクアテイルは真っ向から食らってしまった。
しかし、彼女は倒れない。
寧ろ殴られた箇所が痒いと言わんばかりに、順番に掻いて回る有り様だ。
「良い動きするじゃねぇか、上出来だぜ。ま、重さに関しては全然足りてねぇがよ」
「………」
「で、お次はどうするよ?武器でも使うか?魔術でも打つか?」
「………」
「ほぉら、遠慮すんなよ。もう一発くらいなら、記念に食らってやる。オレ様を殺る気だったなら、何か隠し玉くらい持ってんだろ?」
「………」
「…まさか、何もねぇのか?じゃあ終わりだな、テメェ」
アクアテイルは本当にがっかりしたと言わんばかりに、大きく肩を落とした。
そして次の瞬間、そのままの体勢から再び飛び掛かった。
しかも今度は、彼女にとって本腰を入れた踏み込みである。
本腰から繰り出される攻撃は、先程とは比べ物にならない速度だ。
それでも黒衣の人物は、同様に受けて立つ。
「ぐっ!?」
黒衣の人物の身体が、突如として宙を舞った。
しかしアクアテイルの攻撃は、今回も命中はしていない。
ただし余りに強力だった為、その余波だけでも周囲を激しく巻き込んだのだ。
結果、黒衣の人物は回避した体勢のまま、強い衝撃波をその身に浴びる形となった。
更には自身を覆っていた黒衣やフードまでが、まるで鎌鼬の様に引き裂かれてしまった。
「何だよ、随分な美女じゃねぇか。隠すなんて勿体ねぇぞ?」
露わとなった相手の姿を、アクアテイルは遠慮なく凝視する。
其処には腰にまで届く、艶やかなポニーテール。
黒紫を基調とするレオタードと、肌に吸い付くようなロングブーツから覗く、絶妙なボディライン。
そして端麗な容姿に、添えられた左目の眼帯。
何処を取っても同じ女性であるアクアテイルが、素直に太鼓判を押す器量だった。
「よーし、折角だし聞いとくか。テメェ、南方支部の傘下に入る気はねぇか?」
「…何の冗談です?」
「冗談なんかじゃねぇよ、南方支部は強ければ無条件で加入可能なんだ。例えどんな生い立ちだろうと、差別はしねぇ」
「…それが、自分の命を狙った相手でもですか?」
「当然だ、寧ろ大歓迎だぜ。無鉄砲くらいの覚悟があるなら、荒くれ揃いな南方支部でも十分にやって行けるだろ」
「………」
「どうだ、悪くねぇ話だろ?オレ様の手を取るなら、暗殺なんて下らねぇ生業から掬い上げてやらぁ」
「…貴女は、根本的に勘違いをしています」
「あぁん?」
「先ず、私は無鉄砲ではありません。あんな簡単な挑発に乗せられ、わざわざ一人でやってくる貴女とは違います」
「うははっ、言ってくれるじゃねぇか!」
「それから、私が貴女の手を取ることなど有り得ません。私はとっくに、救われているので」
「…そうかい、残念だ。んじゃあ、テメェには死体ってもらうぜ」
「いいえ、私は死にませんよ。また、貴女も恐らく死にはしないでしょう」
「はぁ?何を言ってやがる、テメェはオレ様の命を狙って来たんだろうが?」
「ですから、暗殺も勘違いだと言っているでしょう?私はただ、奪いに来たのですよ。貴女が培った、全てを」
左目の眼帯が外される。
すると日中でも損なわれない、紺碧の輝きが露わとなる。
同時にアクアテイルに異変が訪れた。
異変は突然の眩暈と、倦怠感である。
体調不良と言えばそれまでの症状だが、余りに突然過ぎる事態ではあった。
(そのまま倒れてくれれば楽なのですが………やはり、すんなりとは行きませんね)
「…テメェ、その左目はまさか…」
「はい、お察しの通りですよ。貴女は今、この魔眼の影響下に置かれました」
「…ったくよう、なんでこんな所に未登録の魔眼所持者が居るんだよ?後で機関に色々と報告しとかねぇとならねぇんだぞ、部隊長は」
「…随分と余裕ですね。既に貴女の肉体には大きな悪影響が出ている筈ですが?」
「まぁな、何時になく絶不調って感じだ。さしずめ、弱体化の効果がある魔眼って所か?」
「…答える必要はありません」
「そりゃあそうか。しかしまぁ、少しホッとしてるぜ」
「…どういう意味です?」
「魔眼所持者は希少だからよ、統制機関としちゃあ、うっかり殺っちゃいました~、って事は避けてぇんだよ。だが弱体化状態なら、別に手加減しなくても良さそうだなーって」
アクアテイルの口角が、不気味に吊り上がる。
同時に彼女の両手へ、凄まじい勢いの水流が集束する。
例え体調が悪くとも、彼女の水属性魔術は淀みがない。
やがて水流は形を成し、確かな武器へと変化した。
その重量は現代で計測すると、およそ10トン。
本来なら大型船を止める為に使用される筈の、巨大無銲錨である。
「抜錨だ………さぁ鳴らせっ、鳴らせぇぇぇ!」
まるで戦隊に号令を掛けるかの如く、彼女は咆哮する。
そして10トン級の大錨を、片手斧でも扱う様に軽々と振り回す。
開始だけでも周囲の大地、木々へと多大な損壊を与えた。
正に人の形をしているだけの、大津波そのものである。
(そう………凶悪でなければ、意味がない)
魔眼を持つ女性は姿勢を正し、再び構えを取る。
そして彼女の意思に従い、両手首に巻いているリストバンドから白銀の双刃が出現した。
逆手に向けて反り返る双刃は、対魔術師用の魔封器である。
魔術によって作られた代物には、高い耐久と攻撃力を発揮するように仕組まれている。
ただし第三段階の魔術師が相手となると、真っ向から打ち合うには分が悪い。
それでも彼女は迫り来る大津波を前に、再び受けて立つ。
「破っ!」
気合、一閃。
全てを呑み込むような大津波が、本来の打ち際から逸れた。
それは空手で言う、回し受けの応用。
白銀の双刃を向かってくる大錨の爪部分へと合わせ、軌道を逸らすことで盛大な空振りを誘った。
決して持って生まれただけでは成し得ない、技術の賜物である。
お陰で彼女は、絶好の機会を手にした。
「噴っ!」
無防備となった所へ繰り出されたのは、諸手による寸勁。
至近距離でこそ真価を発揮する、非常に難しい突き技の一種。
総じて蹴り技が得意な彼女にとっては、あまり使用しない裏技だった。
しかし食らったアクアテイルの感想は、まるで大砲による発射そのもの。
踏ん張ることで吹っ飛びこそしなかったが、地面を削り取る様にして後退を余儀なくされる。
また身体の被害も大きく、思わず口から胃液をぶちまけてしまった。
「…侮りましたね。現在のご自身の状態と、此方の状態を」
「ぐっ………舐めんな。これくらいで、参るオレ様じゃねぇぞ!」
アクアテイルは顔を歪めながらも、大錨を携えて再び攻撃態勢に移る。
被害を負ったとは言え、その勢いには未だ陰りはない。
寧ろ単なる近接攻撃だけではなく、水属性による弾幕を放つなど工夫を凝らす。
しかし魔眼の女性は動じることなく、尽くを受けては返し、避けては返す。
反撃の度にアクアテイルの身体からは、大きな悲鳴が上がった。
(くそがっ!こんなにも、もどかしいのかよ!)
鬼人族は総じて、馬鹿力で高耐久である。
中でもアクアテイルは、高耐久さでは群を抜いている。
通常の人間なら致命的な被害でも、彼女にとっては痛いだけで済んでしまう。
故に彼女は、普段から自分の被害を気にしなかった。
平然が戦闘における、彼女の強みでもあった。
実際に魔眼の影響下でも、戦闘自体は可能。
ただ何時もより、上手く行かない。
絶不調なのだから、当然と言えば当然ではある。
しかし安直やって高を括った結果、延々と戦闘が続行していた。
(…頃合いですね)
紺碧の魔眼が、ここぞとばかりに爛々と輝く。
同時にアクアテイルの感じていた不調が、度を超え出した。
先ず自慢の武器が、持っていられなくなった。
それから直ぐに立ってもいられなくなり、地面へと突っ伏した。
そのまま起き上がることは勿論、身体を動かすことさえままならない。
「…これで貴女はもう、赤子同然です。ご馳走様でした」
「…ぬ、うっ…」
「喋らない方が良いですよ。もう呼吸をしているのでさえ、辛い筈ですから」
『…テメェ、だな。北方支部長を倒ったのは』
「…ふっ、恐ろしい人。そんな状態から、こんな念波を送ってくるとは」
アクアテイルの念波魔術。
手足が動かずとも、口が閉ざされようとも、意識さえあれば伝達を可能とする。
ただしレイラの通信魔術と違って、離れている相手との交信には使えない。
一方で他者から傍受されるなどの懸念が、通信魔術より少ないのが利点だ。
謂わば暗黙の了解や阿吽の呼吸を、より具現化する魔術と言えるだろう。
『答えろよ………テメェが、北方支部長を倒ったのか?』
「…だとしたら?」
『いや、アイツに後で謝らなきゃよぉ。オレ様も他人の事、言えねぇってな…』
「そうですか。あれば良いですね、そんな機会が」
『…なぁ、最後に教えろよ。テメェは何者だ?その魔眼は、一体どんな代物なんだ?』
「…答える必要はありません」
『何だよ、連れねぇな………ならせめて、テメェの名前くらいは教えろよ。勝ち名乗りは真剣勝負の礼儀ってもんだぜ」
「…明日香。寿々奈明日香です」
『アスカ、か。覚えておくぜ………テメェが、こいつを食らって無事だったならなぁ!』
「!?」
アクアテイルが念波で息巻くと同時に、主の手を離れていた大錨が突如として膨張を始める。
対する明日香は異変を察し、素早く後方へと飛び退く。
そして次の瞬間、10トンの大錨は爆発し、元の水流へと戻った。
ただしその水量は、10トン程度では済まない。
数百万級の単位と化し、鉄砲水となって周囲に襲い掛かったのだ。
自ずと大地は削がれ、木々は倒され、生物は呑まれる、正しく大災害である。
(くっ、迂闊でしたか…!)
明日香は即断即決、全力疾走でその場から撤退する。
その速度は徒競走において、人類の記録を平然と越えられるだろう。
しかし荒れ狂う津波から逃げ切るには、余りに遅い。
武術も、魔眼も、魔封器も、役には立たない。
所詮は人一人、やがて追い付かれ呑み込まれる運命である。
「…ふざけるな!こんなところで終われるか!私は必ず、貴様から全てを取り戻すのだからぁ!」
危機が迫る中、明日香は思わず吼えた。
しかも学園で生徒会長をしていた頃には、決して有り得ない啖呵の切り方である。
其処には深く、強く、暗い憎悪に満ちていた。
果たして憎悪が誰に向けた代物か、今は誰も知る由がない。
それでも濁流が巻き起こす轟音にすら負けない、張り裂けんばかりの刹那だった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




