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アルター・ワールド  ~三画TRAVEL~  作者: 一夜一海
明日香編・第一章
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第一幕・宵闇の旅団

「………」

 

 ポツポツと小雨が降る夜空の下、黒衣を纏う一人の女性が目を閉じ、正座をしながら合掌を行っている。

 現代の日本なら、特に珍しくない所作である。

 しかし此処は日本はおろか、地球ですらない。

 パンゲアに劣らない超大陸を誇る、現代社会とは異なる世界である。

 この世界で正座や合掌の概念を理解する人間は、現時点で僅か三人しか存在しない。


『…もしかしたら、今日が最後になるかもしれません。こうして貴女へ、感謝を捧げるのは』


 かれこれ女性は、一時間以上は祈りを続けている。

 身体が濡れることも、足が痺れる事も厭わない。

 しかし彼女は神仏に対して、特に熱心な信者ではない。

 近くに礼拝する場所や、偶像の類がある訳でもない。

 其処は何の変哲もない、小さな湖のほとりだ。

 それでも彼女にとっては、大切な場所だった。


『…私はこれから、悪鬼となります。貴女に護ってもらいながら、貴女を護れなかった、慙愧(ざんき)を抱いて』


 ほんの少し肩を震わせながら、彼女は眼を開ける。

 すると彼女の左目だけが、不自然なほどに煌めいていた。

 夜間においても透き通るほどの、紺碧(こんぺき)の輝き。

 この世界においてソレは、魔眼と呼ばれる代物である。

 所持者は第三段階の魔術師よりも、希少な存在として扱われる。

 

「ケヒヒ、団長は凄いナ。ずっとそんな姿勢でお祈りなんてナ」


「キシシ、本当だゾ。前にテールもやってみて、直ぐに足が痛くなったゾ」


 未だ祈り続ける女性の背後に、突如として二つの影が現れる。

 その姿はパンクなファッションや泣き黒子など、髪型以外の全てが同一に視える。

 彼等は双子の兄妹であり、名前はゼルとテール。

 フィーリア王国襲撃事件より、統制機関(カレンデュラ)が犯人として多額の賞金を掛けている犯罪者である。


「…首尾は如何ですか?」


「ケヒヒ。世界は今、ブラック・ロードって奴のお陰で大混乱してるからナ」


「キシシ。皆で暗躍し放題だったゾ。もうあっちこっちで団の息は掛かってるゾ」


「そうですか………正念場ですね」

 

 ゆっくりと立ち上がった女性は、少し濡れたポニーテールを掻き上げる。

 そして懐から眼帯を取り出すと、左目を完全に覆い隠す。

 その際に黒衣の隙間から、黒紫色を基調とするレオタードと肌に吸い付くようなロングブーツが垣間見えた。

 豊潤と鋭利を兼ね備えるその肉体美は、二つの世界を跨いでも唯一無二。

 彼女の名は、素々奈明日香。

 出身は日本、元はライラック学園の生徒会長にして、現在は『宵闇の旅団』の団長を務めている。


「始動します。先ずは、北方支部から…」


「「了解」」


 明日香と双子は、機敏な動きでその場から姿を消した。

 そしてその次の日、統制機関(カレンデュラ)本部に衝撃の報告が入る。

 北方支部を預かる第二部隊長、マック・ド・フェルナンデスの暗殺未遂事件である。

 未遂と言っても、当人は瀕死の重体。

 また彼の腹心も同じく重体、或いは死亡している。

 自ずと北方支部は指令系統が麻痺し、一時的な機能不全へと追い込まれた。

 しかし本部側も事態の報告を受け、即座に第六部隊長(ノエル)とその部下を北方支部へと派遣する。


「…驚きだねー。(マック)の身体を、此処まで傷め付けられる奴が、この世界に居るなんてさー」


 何時(いつ)も薄笑みを絶やさないノエルが、思わず顔をしかめる。

 部隊長の中でも屈強なマックの肉体には、無数の切り傷と打撲の痕。

 部位の損壊や出血量もひどく、息をしているのが不思議な状態だ。

 しかも問題となるのは、肉体面だけではない。

 今のマックは魔術の効果によって、回復機能に弊害を受けている。

 これは()()とは真逆に位置する、()()の効果。

 ゲームで例えると、能力(ステータス)に常時の異常(デバフ)が掛かっている状態だ。


「…一つ、貸しだからねー?」


 意識のないマックに対し、ノエルは告げる。

 同時に彼の指先は、かつてない程の躍動を見せた。

 斯くして半日近い闘いの末、マックは辛うじて命を取り留める。

 しかし容体が安定しているとは言えない。

 肉体はほぼ完全に復元したが、呪詛の効果が異様なほどに根強く残っているのだ。


「…ったくー。誰だよー、この呪詛の使い手はー?早く出て来いよー、ボクも食らってあげるからさー?」


 未知の呪詛を直ちに根絶するのは、流石の名医(ノエル)でも難しかった。

 なので彼は考えを変更(シフト)した。

 変更(それ)は呪詛を根絶するよりも、マック本人を自ら呪詛へ打ち克つ状態に仕立て上げるという方向だ。

 先ずノエルの自製である特別な点滴を施し、単純にマックの生命力や免疫力の増強を目指す。

 (おおやけ)には行えない、半ば改造に近い方法となるが、少なくともこれで確実にマックの生命は繋がる。

 その上で第六部隊が相応しい治療法を探りつつ、統制機関(カレンデュラ)が暗殺事件の犯人を探し出す。

 これにより、後は時間が解決すると言う訳だ。

 ただし目下の脅威である、帝国アトランティスに向けて用意してあった戦力を、マックが率いることは出来ない。


「ぬはは、こいつは大変だなーっと。女王様にもご相談しないとなーっと」


 北方支部長(マック)の暗殺未遂事件を受け、総帥であるドルガーは再び采配を振るう。

 先ず女王ルナに対し、対アトランティス戦の期日を改めてもらうように打診。

 そして第一部隊長のレイラを、北方支部における代理の指揮官として抜擢した。

 またノエルと第六部隊もそのまま北方支部に残り、レイラの補佐を務める。一方で残る三つの支部にも特別処置が発動。

 平時より多忙となっている支部長の隙間を埋めるべく、クローケアを除く本部所属の部隊長達が援護に回る形となっている。


「やぁーレイラ、お疲れさまー………っと、今は支部長殿って呼んだ方が良いのかなー?」


「んふふ、好きにしてくれて構わないよ。それにキミこそ、毎日ご苦労様だ」


「仕方ないでしょー?まさかマックが暗殺されるとかー、誰も思わないじゃーん。ほんっと、勘弁してほしいよねー」


「暗殺未遂、だろう?しかし、そうだな………やはりこれも、アトランティス側の仕業だろうか?」


「まー、そう考えるのが妥当だよねー。どうやらボク達、連中を甘く見過ぎてたみたーい」


「…しかし、どうしても解せないな」


「何がだい?」


「マックは我々の中でも、非常に頑健な戦士だ。例え相手が同じ第三段階の魔術師だったとして、撤退の余地もなく打ちのめされるなど、本当に有り得るのだろうか?」


「確かに、真っ向勝負なら難しいかなー………でも、マックには明確な弱点があるしねー」


「ほう、それは初耳だ。後学の為、是非とも聞いておきたいな」


「それはね………ボクたちの中でも、特に生真面目で責任感が強いってことだよ」


「…はて、手前には何れも美点にしか聞こえないが?」


「だから、美点(それ)が弱点だって言ってるのー。もし、謹慎中の彼がこの場に配属されてたら………こんな結果は絶対に引き起こさないでしょー?」


「…否定はしないが、余り納得はしたくないところだ。彼等とて、打てる最善は尽くした筈だよ」


 レイラは座席から立ち上がると、支部長室の窓から外を眺める。

 其処からは既に彼女の方針通り、対アトランティスに向けた特訓へと臨む正規員達の姿が見て取れる。

 元がマックの部下達と言うだけあって、彼らの多くが同じように生真面目だった。

 代理であるレイラのやり方にも忠実に従うので、非常に心強い存在である。


「余計な期待をしちゃいけないよー。第二段階の魔術師なんて所詮………第三段階からすれば、塵芥(ちりあくた)と変わらないんだからー」


「…もう少し、言い方があるんじゃないか?彼等だって、懸命に努力しているんだぞ」


「それでー?その懸命な努力って、何か役に立ってるー?国の存亡が掛かってる、この時にー」


「…ノエル」


「何さー?」


「ひょっとして………キミは今、機嫌が悪いのかい?」


「うん、悪いよー。それがどうかしたー?」


「何時もより言葉に棘があるなと、思ってね。気付くのが遅れてすまない」


「キミが謝る事じゃないでしょー、ボクが勝手に神経を使ってるだけだからー」


「…医者ではない、手前が言うのもなんだが」


「んんー?」


「安心しろ、マックは大丈夫だ。必ず、また立ち上がる。そういう男だとも」


「…別にボク、マックの事で神経を使ってるなんて言ってないけどー?」


「おや、違うのかい?」


「さぁねー。でも、キミと話してたら少しすっきりしたかもねー。折角だし、ちょっと見回りしてくるよー」


 ノエルは薄笑みを浮かべると、踵を返す。

 同時に彼の姿は、神隠しに逢ったかのように消え去った。

 一方で残されたレイラは苦笑しつつも、マックの代理として雑務を処理する。

 ただしその間にも、魔術による防御と探知は欠かしていない。

 また今後について、思考も巡らせている。


『…マックの不在により、アトランティスへ攻め入る期日に遅れが生じた。それは確かに、アトランティスにとっては利点になるだろう。しかし、ブラック・ロードは確かに言った』



―――須らく決断せよ、民草達。


―――汝らの生は、吾が掌中。


―――安んずるならば、疾く母なる海へと還るべし。



『…あれは、恐らく()()だ。降伏するならば命は助けると、わざわざ世界に向けて伝えた。ならば民草と言う対象は、手前達も含まれている筈………なのに我々よりも先んじて、暗殺と言う手段を取るだろうか?』


 当初は些細な疑念だった。

 しかし思考を巡らせば巡らせる程、疑念は増していった。

 そして彼女は、ある仮説へと行き付く。

 仮説(それ)はアトランティス帝国とはまた別の、第三勢力の存在である。

 元より北方支部付近は、治安の悪さで有名だった。

 故にこそ厳格で公正な性格であるマックが適任とされ、実際にこれまで確かな秩序を(もたら)していた。

 それでもロンゾ山賊団の様な、反乱分子は絶えないのも事実だった。


『我々には視えていない、隠された勢力の暗躍………この北方支部ならば、十分に有り得る話だろう。しかし、だとしても………マックを打ち倒すような逸材が、突如として現れるなど………っ!?』


 思わずレイラはハッとする。

 自分が組み立てている絵図(パズル)に、天から舞い降りた一欠片(ピース)

 一欠片(それ)がまだまだ複雑怪奇な盤面へ、瞬く間に一枚絵を描いた。


「…もう一人、居るのか!?異なる世界の、住人が!」


此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>




拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。




良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。

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