第十三幕・封印指定
「突然の足労、痛み入るのう。貴殿もさぞ多忙じゃろうに」
「なんのなんのっと。陛下の気苦労に比べれば、安いもんですぞっと」
フィーリア王国領内で、設けられた一席。
其処は特に何の変哲もない、木造の小屋の中。
しかし実際は、強固な空間魔術により形成された特殊な領域。
場に沿わない者には決して感知することが能わない、外界から隔絶された地帯だ。
そんな場所で対面するのは、フィーリア王国における二大巨頭。
極星天皇ルナ・フィーリア・レーギスと、統制機関総帥ドルガー・ヴォーゼである。
「さて、貴殿を呼び立てたのは他でもない。既に重臣達と協議は進めておるのじゃが…」
「海神帝国アトランティスと、帝王を名乗るブラック・ロードの件ですなっと」
「うむ、決して捨て置けぬ不埒者じゃ。妾としては、即刻に排除したい所じゃが…」
「ぬはは、もしや重臣の皆様方と揉めておりますかなっと」
「…皆、現時点で攻めるは侵略行為であると口を揃える。彼の国は、諸外国の主要人物を殆ど抱き込んでおるようじゃからのう」
「確かに、諜報によれば彼の三大名族すら抱えている様子っと。どんな手段かは解りませんが、不気味なのは確かですなっと」
「…不気味、か。箱舟を明確な脅威と感じておるのは、もしや妾だけか?」
「ぬはは、ご安心をっと。実は儂も、一刻も速く動くべきだと思ってましてねっと。既に統制機関は、対策に向けて動いておりますよっと」
「流石じゃな。して、手筈はどうなっておる?」
「先ず四海に浮かぶ敵の根城には、東西南北の支部長達を中心に当たらせますよっと。また残る部隊長達も遊撃隊として、正規員達を率いてもらうつもりですっと」
「ふむ、部隊長総出とは素晴らしい事じゃが………敵勢力は未知数。不満とは言わぬが、統制機関の勢力だけでは、万全とは行かぬであろう?」
「ごもっともですっと。なのでアルバトラを始め、各地に眠る飛空艦の出撃態勢も整えつつありますよっと。例え魔術師でなくとも、船員としての役割は十分果たせますっと」
「…見事じゃ、ドルガー殿。後は妾の号令で、王国の正規軍を動かせと言う訳じゃな?」
「御意にっと。陛下のご意志と儂のお墨付きがあれば、誰も温い口は挟めますまいっと」
「重畳じゃ。迅速な手腕、感謝するぞ………して、もう一つ気になることがあるのじゃが」
「はて、何でしょうっと?」
「ここ数日、ヒライリュウが妾の許に出仕しておらぬ。しかも何の音沙汰すらない………一体、統制機関で何をしておる?」
「あーっと………実は第ゼロ部隊長は、ちょいと謹慎中でしてなっと」
「…どういうことじゃ?彼奴め、何をやらかしたのじゃ?」
「まーまーっと、大したことではないんですよっと。よくあることで、ちょっと頭を冷やしてもらえれば良いんでねーっと」
「…左様か」
かんらかんらと笑って見せるドルガーに対して、ルナは簡潔に応答した。
しかし内心では、全く納得していない。
それでも、あえてドルガーを問い詰める事はしなかった。
相手はかつての英雄であり、現在も強大な権力を持つ、フィーリア王国の生ける伝説である。
歴代の王達も、伝説の独断専行を止める術は持ち得なかった。
何せ彼が酒を置き、自ら勤しんで動く時は、必ず国家にとって最大の結果を持ち帰るのだから。
「…もしや、奴が居なければ不安ですかなっと?差し支えなければ、他に気の利く者を出向せますがっと?」
「…構わぬ、只今は緊急事態じゃ。貴殿の良きに計らえ、ドルガー殿」
「これはこれはっと。お心強い言葉、有り難い限りですなっと」
ドルガーは満面の笑顔で一礼する。
対するルナも涼しい態度で対談を終わらせた。
しかしルナは歴代の王達と違い、ドルガーを相手に大人しくするつもりは毛頭ない。
夜が深まると自身の分身を自室に配置した上で、隠密に特化した魔封器を纏って颯爽と王宮を抜け出した。
それから膨大な範囲で探知魔術を展開し、目当ての人物の現在位置を特定する。
そして魔術が大規模な分、発動の痕跡を残さない為の精密な隠蔽魔術も欠かさない。
その上で転移魔術による瞬間移動が可能なので、何者も彼女から逃れることは不可能である。
「…まったく。こんなところで其方は何をやっておるのじゃ、ヒライリュウ?」
思わずルナは呆れた。
彼女が辿り着いた先は、統制機関内に存在する施設の一つ。
三階建てで赤褐色を基調とする、ウンデュラタである。
其処は主に正規員の個室や医療室が設けられているのだが、それはあくまで表向きの姿に過ぎない。
地下には三階層に別けられた独房、ヘデラーと言う名の入り組んだ空間が存在する。
そしてこの独房に入れられるのは、常に重大な犯罪者ばかりだ。
自ずと空間全体に対魔術師用の封印魔術や、肉体に何らかの負荷を与える弱体魔術が施されている。
しかも下層に行くほど、魔術は強力で複雑な代物となっている。
「…くっははっ。誰かと思えば………女王陛下ともあろう御方が、こんなところに一人でご足労とはなぁ?」
寝転んだ姿勢から、200cmの図体がゆっくりと起き上がる。
其処は重犯罪者が揃う独房でも、特別な空間。
三階層のその下、禁断の地とされる本当の最下層。
王国で極刑に値する罪を負いながらも、統制機関から死を惜しまれた、ほんの一握りが行き着く場所。
最下層で許されるのは、ひたすらに生きることだけ。
古来から幾重もの特殊魔術が施された空間の為、逃亡は勿論のこと自害すら許されない。
とはいえ三階層までの牢獄に比べれば、現代のワンルームに住む程度には融通が利く。
即ち最下層は統制機関が与えた、封印と言う名目のVIP待遇なのである。
「…確かに最下層は妾とて、決して立ち入ってはならぬ領域。じゃが妾の魔術ならば、ある程度の時は誤魔化せよう」
「流石だなぁ。で、そんな危険を背負ってまで来たってことは、俺にまた何か判断たい事でもあるのか?」
「…其方、よもや自分の立場を忘れておるのか?女王の護衛隊長が数日も音沙汰がないなどと、罷り通る筈がなかろう?」
「何だよ、ジジイはアンタにも事情を伝えると言ってたぜ?」
「ふむ?では其方にとって、此処に居る事はよくある事じゃと?」
「んな訳ねぇだろ。ただ、迎えが来るまでは此処で待機だとよ」
「…迎えとは?」
「さぁな。今起きてる面倒事が全部片付いたら、寄越すんじゃねぇか?」
「…随分と軽いのう。此処に置かれている以上、其方は大罪人でなければならんのじゃが?」
「…詳しい事はジジイに聞け、って訳にもいかねぇか」
龍はポリポリと頭を掻きながら、これまでの経緯を語る。
発端は海神帝国アトランティスの存在が浮き彫りになった後だ。
統制機関総帥ドルガーは全ての部隊長へ緊急招集を掛け、対アトランティスに向けての対策会議を開いた。
そうして集った十一人の主張は、大まかに三種類に別れる。
先ずはアトランティスの存在を大逆と定め、統制機関の総力で先手必勝の姿勢を取ること。
先手必勝は第一部隊長を始め、第三部隊長、第六部隊長、第九部隊長が該当する。
続いてアトランティスの存在を脅威と定め、王国全体を通じて専守防衛の姿勢を取ること。
専守防衛は第十部隊長を始め、第二部隊長、第四部隊長、第七部隊長が該当する。
最後にアトランティスの存在を厄介と定め、女王を中心に懐柔工作をしつつ、敵の内部崩壊を図ること。
懐柔工作は第五部隊長と第八部隊長の二名が該当する。
ただし最終的な目標はブラック・ロードの暗殺か、失脚かで異なっている。
「…ところで、第ゼロ部隊長っと。今日は随分と静かだが、お前さんは何か考えはないのかっと?」
続々と部隊長達の意見が出揃う中、ドルガーは龍へと話を振った。
実は会議開始から、龍はずっと眼を閉じて沈黙していたのだ。
その不自然さはドルガーを始め、他の部隊長も察していた。
しかしドルガーの言葉を受けても尚、龍は何も答えなかった。
更に他の部隊長達から指摘、心配を受けても同様である。
「…何故、そうまで消極的だったのじゃ。お主からすれば、存分に暴れられる絶好の機会じゃろう?」
「確かにな。だが今回は、黒崎信が相手だからよぉ………喧嘩るとしても、色々と考える事が多くてなぁ」
「…もしや其方、知っておるのか。ブラック・ロードとやらの正体を」
「くはは、そりゃあなぁ………かれこれ六年以上の付き合いだ。アイツの凄さは、誰よりも知ってらぁ」
「…何と、まぁ…」
龍の発言に対して、ルナは思わず絶句した。
同時に多くを理解した。
帝王ブラック・ロードの正体は龍と同じく異世界人であり、龍とは旧知の仲であること。
更にその実力は、決して判断を誤らない龍が、最大限の警戒を抱く程度であること。
そして現在、龍がこの空間に封印されている点も合点が行った。
『…ドルガー殿の心労、察して余りある。統制機関の部隊長の一人にして、女王直属の護衛隊長が、よもや敵の首魁と旧くから懇意とはのう…』
機密情報の漏洩、要所での反逆、部下達の扇動など、ルナが思いつく限りでも懸念は山ほどにある。
そして何よりも、女王を暗殺するにはこれ以上にない打って付けの存在だ。
それでも処置は人間性にも因る所だが、良くも悪くも龍は周囲から信頼されている。
彼は大切な友の為ならば、平然と一国を敵に回すだろうと。
「…くはは、そう憐れんでくれるなよ。俺も納得がいって無けりゃあ、こんな所に落ち着いてやしねぇ」
「ふむ?何か、ドルガー殿と約束事でもあるのか?」
「いいや。ただ、ジジイは俺にこう言った」
『とにかく、今は大人しくしとけっと。それともお前さんの相棒とやらは、お前さんの出番が回ってこない程度に、歯応えがない奴なのかっと?』
「…くっ、ふふふ!流石はドルガー殿、意地の悪い事を聞くのう」
「ああ、まったくだぜ。だから俺はこう言ってやった」
『出番もくそもねぇぜ、クソジジイ。どうせアイツは必ず、俺の所までやってくるだろうよ。世界征服を果たした、暁になぁ?』
「…よし、流石じゃ。お陰で其方に対する妾の憐憫は、彼方へと消え失せたわ。永劫に此処で老いさらばえよ、非国民めが」
「くっははは!元から俺は、日本人だっての!ジジイといいアンタといい、笑わせんじゃねぇよ!」
「ほほう?ならば今すぐにでも、故郷の土を拝ませてやるかのう?」
「おおっと待て、そいつは勘弁だ。俺が日本に戻る理由は、今ん所は殆どなくなってんだからよぉ」
「知った事か、この戯けが」
「そう怒んなって。これでも俺は、アンタの事は誰よりも期待してんだぜ?俺の予測を………黒崎信への確信を、覆せるとしたらアンタしかいねぇってな」
「…当然じゃ、妾に不可能などない。帝王などと息巻く愚か者など、一捻りじゃ」
「おーおー、そう来なくちゃな。精々期待してるぜ、偉大なる女王様?」
「…ふん、間抜けめ。もし妾が期待通りならば、其方は永遠に此処で幽閉になる訳じゃぞ?」
「くっはははっ!ああ、別に構わねぇよ!改めて期待しておくぜ、この最っ高に退屈な生活をよぉ!」
「…まこと、戯けが」
呆れとほんの少しの愉悦を浮かべながら、ルナは独房の最下層から一瞬で離脱した。
そして誰に悟られることもなく、悠然と自室へ戻り就寝する。
一方の龍は暫しの間、消え去ったルナの残像を追っていた。
決して別れを名残り惜しんだのではない。
魔眼とまで呼ばれる鋭い三白眼の瞳は、先ほどの会話の最中でさえ、既に結末を予測してしまっていた。
「…期待してるぜ、ルナ。お前なら俺の不安すら、超えられるってよ」
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




