第十一幕・灼熱の襲撃
「…ねぇ、リュウさん」
「…おう」
「最初に言いましたよね、あくまで訓練だって。任務前だから汗を流す程度だって、そうワタシに言いましたよね?」
「…そうだな」
「それがどうして、第ゼロ部隊内での喧嘩になってるんです?しかも四人が医療室送りになったとか?」
「…ま、成り行きだなぁ」
「…ふーん。成り行き、ですかー…」
時節は飛空艦アルバトラが発進して、二日目の早朝。
艦長と部隊長、即ち艦内における双璧が艦長室にて対話を行う。
片や自身の机へ両肘を立てて寄りかかり、眉を顰めながら。
片や3人掛けの椅子にゆったりと体重を預け、露骨に視線を逸らしながら。
そんな様子を傍から見れば、誰もが穏やかではないと思える。
また室内に居れば、コツコツと響き渡る音色が確かに聞こえてくる。
そしてその出所が艦長の足元と理解れば、彼女の苛々(ストレス)具合まで測ることが出来る。
「…言っとくが、今回は俺から喧嘩を売ってねぇからな?あの四人が先に仕掛けてきたんだぜ?」
「知ってますよ。その結果、医療室送りになってるんですから………あの人達に関しては自業自得でしょう。後で機関の上層部に報告して、減給処分にでもしてもらいます」
「おぉ、怖い怖い。流石は第ゼロ部隊長補佐、やることがエグいなぁオイ?」
「…いや、他人事じゃないんですよこれ。解ってますか、リュウさん?」
「そう怒るなよ。俺もお前も、今じゃ無駄に偉くなっちまっただろ?二人きりの時くらい、軽口を叩いたって良いだろうが?」
「…んもう。軽口って、リュウさんはいつも通りじゃないですか。今回の任務が、とても複雑な事案って理解してながら………全く重圧を感じてない」
「たかが一国を滅ぼすか否かの判断だろ。そんなの、直に視りゃあ解るぜ。その国が、クソかどうかなんてのはよぉ」
カリギュア共和国は、真に独立国として是か非か。
龍がこの飛空艦アルバトラの乗組員として選ばれたのは、先ず是非の判断を任された一人だからである。
もしカリギュア側が潔白ならば、その時点で龍のお役は御免だ。
あくまでアルバトラの発進は、フィーリアとカリギュアの国境付近の視察だけで終わる。
しかし潔白ではない場合は、龍は最大の戦闘用員として見込まれている。
場合によっては龍の手で、一国を滅ぼす可能性があるのだ。
「…流石ですね。たとえ一国が相手でも、リュウさんがその気になれば………簡単に滅ぼしてしまえると?」
「おいおい、そりゃあ買い被り過ぎだろ。俺一人で一国を相手になんてしたら、普通は俺が死んで終わる。だから、何でもやるんじゃあねぇか………俺も、お前も」
「…あはは、安心しました。やっぱり変わらないんですね、アナタは何時でも…」
世界が異なる二人が出会い、およそ2年ほどが経過した。
そうして二人を取り巻く環境は、大きく変わった。
片や統制機関でも屈指の問題児から、11人目の部隊長に任じられ、女王直属という栄誉を受ける。
片や統制機関でも断トツの劣等生から、11人目の部隊長補佐へと就き、飛空艦アルバトラの艦長として抜擢される。
傍から見れば共に異例の大出世であり、申し分ない富と権力を手にした形だ。
しかしその身に宿る精神は、出会った頃から全く変わっていない。
「…でも、それはそれとして。リュウさんには今回の件の懲罰として、艦内掃除を命じます。労働でも、ちゃんと汗は流せますからね~?」
「くっはっはっはーっ!良いぜっ、精々ピカピカにしといてやらぁ!」
龍はミュウの指示に機嫌良く応じると、そのまま艦長室を後にする。
しかしその足取りはアルバトラ内に設けられている、用具室に向かってではない。
やがて訪れたのは、先ほどまでメカニックの役割をしていたルービックの個室だった。
実は龍は艦内掃除をする上で、箒やモップ等の掃除用具を使うという発想はない。
そんな現代に基づく品よりも、この世界にはもっと便利な物が存在すると見込んだ。
そしてこの見込みは大当たりであり、龍に迫られたルービックは『万能くん二号機』なる物を提供。
これは研究ばかりに勤しむ彼が開発した、現代で言う自動掃除機。
あらゆる形態変化を駆使することで、どんな地形にでも対応。
動力には魔術による専用回路が組み込まれており、過酷な環境でも半永久的な活動を約束。
しかもゴミや埃の除去だけでなく、水吹きや油脂がけも高水準で行える。
自ずと主人に必要な技能は、無線によるリモコン操縦だけである。
「くははっ、こいつは良いな!其処等のラジコンよりも、よっぽど素敵じゃあねぇか!」
まるで童心に帰ったように、龍は嬉々として『万能くん二号機』を操作する。
本来なら出来る事が多い分、正しく操作するのは決して簡単な事ではない。
しかし龍はルービックに渡された説明書を一読しただけで、完璧に把握した。
斯くして懲罰と言う名目から始まった掃除は、龍にとっては単なる娯楽へと変貌してしまった。
周囲がもう十分ではと意見しても、艦長命令だと全て退けられる有り様である。
一方で当の艦長は、龍の退出を見届けた後に会議室へと移動した。
其処にはアールシティ、他数名の正規員も姿を現す。
昨日に引き続き、対カリギュアに向けての想定を行う為である。
『…アルバトラが持つ火力と防壁は、優れた魔術師1000人分にも匹敵する。例え三大名族が手を取り合い、結束して抗うとしても揺るがない。およそ半日で、カリギュアは火の海になる。ましてや此方には…』
ミュウの視線が、アールシティの方へと移る。
その意図は、彼女への期待値の表れ。
訓練生時代の時点でも魔術師としての才覚は抜きんでていたが、現在は正に破格の成長っぷり。
第三段階の魔術師、即ち統制機関の部隊長達の領域に最も近い。
また精神面の成長も著しい。
以前は細かな事で苛々を募らせ、取り乱す傾向にあった。
それが宛ら貴婦人の如く、普段から立ち振る舞いに余裕が見て取れる。
その総合力は第ゼロ部隊内、ひいてはアルバトラ内における最高戦力と呼んで差し支えないのだ。
「…何ですのハウゼン、ワタクシの顔に何か?」
「あ、いえ、何でもないですよ~。ちょっと夢中だったもので~」
「…大方、ワタクシを矢面に立たせた場合でも想定していたのでしょう?ワタクシが全てを凍らせば、手っ取り早いですものね」
「あ、あはは~………流石アールシティさん、鋭いですね~」
「…ハウゼン。白か黒かはともかくとして………貴女はやはり、三大名族は我々の意向に従わないと?」
「…彼らは気位の高さだけは天下一品ですからねー。何時でも高貴を笠に着て、決して下々のことを考えない………だからこそ、血みどろの歴史を繰り返してきた」
「ええ、ワタクシもその点は同意ですわ。けれど歴代でも屈指であられる女王陛下の威光を前にして、途端な暴挙に出るほど愚昧とは思えませんの」
「それは、確かにそうなんですけど…」
「…ワタクシは此度の一件、何か外的な要因があると見ていますの。恐らく何者かが、三大名族の裏で糸を引いている」
「…三大名族が、踊らされていると?幾ら落ちぶれたとはいえ、そんなことが…」
「ともかく、貴女は慎重に決断をなさいな。彼が本当に、決して判断を間違えない男なのだとしても………或いは正解は、最も凄惨な事態に繋がるかもしれませんわ」
「…そうですね。あの人が無駄に戦火を広げないよう、最大限に努めます」
フィーリアは最強であり、侵略者に非ず。
初代国王フィールドの思想は二人は勿論、現在も国民の多くが持ち合わせている。
しかし第ゼロ部隊長だけは初代の思想から、確実に外れていると二人は断言が出来る。
自ずと想定は、龍の行動に関しても多くの時間が割かれて行った。
その一方でアルバトラは、フィーリアとカリギュアの国境手前に存在する、広大な砂漠地帯へと進入する。
この砂漠地帯はネサラと名付けられた、大陸でも随一である灼熱の大地。
生物が住むのは至難であり、草一本と生えない正しく不毛の地帯。
もし此処を通るならば、アルバトラの様に空からが適切である。
「…え?」
思わず漏れた、動揺の声色。
動揺は操舵室にて、周囲の索敵を行っていた女性乗務員のモノ。
理由は突如として、レーダーに膨大な魔力の反応が出現したことに因る。
そして魔力は他でもない、飛空艦アルバトラに向けて一直線に差し迫る。
「ぼっ、防御壁を最大出力で展開して下さい!」
「っ!?りょ、了解!」
「どっ、どうしたんだ一体!?」
「判りません!とにかく衝撃に備え…」
その先の言葉は、乗務員達の悲鳴で掻き消える。
アルバトラの艦内全体が、それほど大きく揺れ動いたのだ。
しかし彼らは今回の任務の為、選りすぐられた乗務員達である。
直ぐに艦内へ向けて緊急事態を放送。
そして揺れの原因が高威力の魔術による、アルバトラ前頭部分への被弾と特定した。
幸い防御壁の作動が間に合ったので、飛行に影響が出る様な被害は出ていない。
ただし同じ様な被弾が起きれば、安泰の保証は何処にもない。
『こちら艦長!操舵室、応答を!状況をお願いします!』
「あ、艦長!どうやら前方より魔術に因る攻撃を受けた模様です!」
『なっ………被害は!?』
「現時点での被害は軽微です!しかし、防御壁の出力は30%ほど低下しており…」
「うっ、うわっ!もっ、もう一発来るぞぉ!」
乗務員の叫びから間もなくして、再び高威力の魔術がアルバトラへ向けて接近する。
しかも先程よりレーダーに映る魔力の反応は大きくなっており、出力の低下した防御壁で受けるのは非常に危うい状況だ。
また回避しようにも、余りの攻撃速度にままならない。
しかし今回は放送が艦内に行き届いていた為、既に第ゼロ部隊組が危機を察知している。
特に会議室にて想定中だったアールシティと、食堂室で給仕を手伝っていたカスパーゼの判断は速かった。
ほんの一瞬で娯楽室内を包んだ時と同様の結界魔術を、アルバトラ外部全体にまで施して見せる。
「んぐっ!?」
「アールシティさん!?」
会議室でアールシティが、思わず苦悶の表情を浮かべる。
また食堂室のカスパーゼも、同様の反応だった。
再びアルバトラを襲った謎の高威力魔術、それは二人の結界魔術をも貫通したのである。
しかし威力の大幅な軽減には成功しており、被弾したアルバトラへの被害は先程よりも軽い衝撃程度で済んでいた。
ただし結界魔術が打ち破られた二人には、相応の反動が入る。
防御魔術は強力な代物になるほど、文字通り神経を使うのだ。
今回の場合は共に、宛らスタンガンを浴びたような感覚に襲われている。
「くっ………ハウゼン、直ぐに退避指示を出しなさいな!この威力、尋常ではなくてよ!」
「…操舵室っ、直ぐに全速力で退避を!この領域より離脱します!」
『バーカ、間に合う訳ねぇだろ。尻を狙われて、仲良くお陀仏だぜ』
「はっ?えっ?リリリ、リュウさん!?」
突如として、龍の声が会議室全体へと届けられる。
ただし龍の姿は会議室どころか、その近辺にすら見当たらない。
あくまで通信機を使い、会議室に充てて通信を行ったのである。
しかも部隊長専用の代物で、権限を使い強制的な通話を開始している。
『ったく、俺より先に操舵室と通信してんじゃねぇよ。お陰で二度手間じゃねぇか』
「いや、するに決まってるでしょ!ワタシ、艦長ですよ!?」
『おっと、今はごちゃごちゃと話してる場合じゃねぇ。おい、俺の声は聞こえるか操舵室?』
『あっ、第ゼロ部隊長殿!?如何しましたか!?』
『このまま停止だ。で、この魔術の大本を探れ。そうしたら、俺が行って術者を仕留める』
「お待ちなさいヒライリュウ!それこそ間に合う筈が…」
『ねぇ、ってか?今更眠てぇ事を言ってんじゃねぇよ、俺の副長をやってるんだからよぉ?』
「む、むむむ…」
「…んもう。信じますからね、リュウさん…」
『ああ、安心しろ。丁度、良いラジコンも手に入ったからよぉ………絶好調だぜ、今の俺は』
「…操舵室、防御壁を最大出力で維持!そして件の魔術を探知し、術者の座標を割り出してください!」
「りょ、了解!」
凛とした艦長命令を受け、乗務員達は大急ぎで謎の高威力魔術の分析を開始。
彼等ならばほんの数分もあれば、龍が望む情報を提供可能だ。
しかしその間にも、アルバトラのレーダーはまたもや大きな魔力の反応を検出。
その強大さは二度目の時よりも、一層の威力を物語る。
そして標的に関しては、一切の変更がない。
「…座標、出たぞ!直ぐに第ゼロ部隊長殿に伝達を!」
「だ、駄目だっ!もう…!」
既に三度目の高威力魔術は放たれ、アルバトラの目前へと差し迫っていた。
無慈悲な魔術の正体は、直径10mほどの真紅の光線。
使い手の意図は未だ不明ながらも、光線は確実にアルバトラの防御壁を貫通するだろう。
操舵室に居る乗務員達は、総じて墜落の未来を思い浮かべた。
その一方で"彼"を信じている者達は、迫る危機を感じながらも全く動じていない。
「おぉぉぉぉぉっらぁぁぁぁぁぁ!」
突如として猛々しい咆哮と、耳を劈く衝撃音が連鎖する。
連鎖はアルバトラの船首から、僅か100メートル先で生じた。
そして連鎖の結果、真紅の光線は軌道を変えて彼方へと消えた。
正に一瞬の出来事であり、何が起こったのか正確に把握できる者は居ない。
しかしアルバトラの操舵室にあるモニターだけは、絶妙な瞬間で軌跡かれた漆黒の一閃を確かに記録していた。
『リュウさん!ご無事てすか!?』
「要らねぇ心配すんな。それより、艦を着陸させて周囲を警戒してろ。相手が単体とは限らねぇからなぁ」
『…解りました。でも、余り無茶はしないでくださいね』
「くはは、前向きに検討はしておくぜ」
龍は不敵に笑うと、空中用の形態と化した『万能くん二号機』を操作する。
あくまで掃除用なのだが、最早その様相は空飛ぶバイクと呼ぶのが相応しい。
これさえあれば魔術が使えずとも、空中戦が可能となる。
空を穿つ様な真紅の光線にさえ、干渉が出来る水準で。
「…流石に痺れたぜ、狙撃野郎。だがお陰で、大体の見当は付いたからよぉ………面ぁ、拝みに行くぜぇ!」
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




