第五幕・追跡
「…そろそろ、キミには退場してもらいたいな。戦っていると、どうにも気恥ずかしいからね」
国王が消息不明となったフィーリア王国、その城下より遠く離れた上空にて。
第一部隊長ことレイラが、人知れず戦闘を続行していた。
しかも普段のボディスーツではなく、給仕姿のままである。
そして相手と言うのが、自分自身。
正確には自分と同じ顔、同じ声、同じ格好をした偽者だ。
その上で同じ武器、同じ属性の魔術を操っている。
『ああ、手前も同感だよ。ひらひらした服装というのは、どうにも慣れない』
「…これは提案なんだが、今からでも手前の姉妹と言うことにならないかい?そして二人で協力し、王国を盛り立てようじゃないか」
『んふふ、偽者にしては魅力的な提案だ。しかし生憎と手前も、反乱因子を自ら囲うほど酔狂にはなれないよ』
「…まいったな、本当に…」
戦いながら本物のレイラは苦笑する。
偽者は姿や能力だけでなく、思考や言動まで完璧に同じだった。
とんなにらしくなさを誘っても、全くボロが出ない。
しかも別の場所ではカレンデュラ本部所属である、第六以下の部隊長達も同じ状況に追い込まれている。
故に彼等はその権力と魔術が悪用されないよう、偽者を引き付けざるを得なかった。
特にレイラは給仕に扮して国王の護衛を担っていた為、偽者を連れて真っ先に王宮から離れた。
その上で騒動が治まるまでは、自分を見かけ次第全力で攻撃しろと部下達に通達している。
『本当にもどかしいよ。何も考えず第三段階の魔術を使えば、キミの様な偽者は直ぐに吹き飛ばせるのに…』
「んふふ、偽者に使えこなせたら苦労はないからね。しかし、ここまで真に迫られると無視はできない」
『どんなに離れても、被害は甚大になるだろう。第三段階の魔術師同士が、激突するなんてね』
「…本当に、上手くやったものだ。素直に敬意を表するよ、キミ達には」
『同感だよ、偽者くん』
本物と偽物という関係ながら、お喋りは絶えない。
その上で共に吹き荒ぶ嵐の如く、激しい空中戦を繰り広げる。
これで第二段階に抑えているのかと、怪訝に思われるほどに。
「…おや?」
『…ふむ?』
いつ終わるとも知れない空中戦が、突如として中断する。
互いに魔術の気配を、同時に感じ取ったのだ。
しかも気配は転移魔術である。
そして実際に何者かが光の柱となって、空中を伝い何処かへ転移していた。
「…んふふ、良いのかい止めなくて。アレは恐らく、お目当てであるルナ王女の転移魔術だよ」
『…問題ないだろう。あの御方なら、或いは一人で解決してしまうかもしれない』
「同感だよ、偽者くん。精々、焦ってくれたまえ」
不敵に笑いながら、本物のレイラは更に加速を強める。
対する偽者も連動するが、実は既に殆ど余力はない。
変身魔術は容姿、性格、性能までは完璧に寄せようとも、本物が積み重ねた経験値までは真似できないのだ。
長期戦になれば必ず偽者は効率化を図れず、燃料切れになる。
ただし弱点は、変身魔術の使い手が自ら戦った場合だ。
他人を偽者に仕立て上げれば、使い手自身は危険を犯さなくて良くなる。
勿論これは無条件で使い手の身代わりとなってくれる、奇特な存在が居ればの話である。
「…ケヒヒ、何とか約束には間に合ったみたいだナ」
フィーリア王国から北へ遠く離れた、名もない平原。
一見して何の変哲もないが、実は知る人のみぞ知る隠し要素がある。
王宮から脱したゼルは周囲を確認した後、素早くその隠し要素へと飛び込んだ。
其処は表向きは小さな洞窟だが、更に地下へと続く防空壕が存在する。
フィーリア王国がこの世界を席巻するよりも遥か昔、即ち争乱の時代に用いられた代物だ。
旧いものながらある程度は生活空間が設けられており、数日程度の備蓄なら保管しておく事が可能。
ただし視界は最低限であり、深い造りにも拘わらず段差が激しいので落下の危険がある。
相応の身体能力と根性がなければ、此処での生活は自殺行為に等しいだろう。
「キシシ、遅いゾ兄ぃ。あと少し遅かったら、死亡判定にして魔術を解除するところだったゾ」
ゼルがシェルターの最下層まで華麗に着地してみせると、其処には自分と瓜二つの格好をした少女が待機していた。
ゼルとの違いと言えば桜色のボブヘアーと、泣き黒子代わりの髑髏マークが右目に位置している位だ。
容姿もまた、或いは少年とも取れるほど見目麗しい少女。
その名はテール、ゼルとは双子の妹である。
彼女こそが無条件でゼルの身代わりとなる、奇特な存在だ。
ただし無条件は、彼女が血縁だからではない。
実は彼女は強力な分身魔術の使い手であり、文字通り自分と同性能の個体を創り出して自在に操る。
制約として完全な分身は三人が限界だが、影程度に性能を落とせば百や千の桁でも容易く用意できる。
これに変身魔術を併せれば、一時的ながらもカレンデュラの部隊長クラスを勢揃いさせることさえ可能となるのだ。
「ケヒヒ、実際にお腹の辺りは冷えたナ。カレンデュラの第ゼロ部隊長、ゼルの変身魔術を初見で見破ってきやがった」
「キシ?さては兄ぃ、王女暗殺しくじった?」
「うん。ゴメンナサイって奴だナ。団長の言ったとおり、油断禁物だった」
「…どうする団長、コイツ失敗してるゾ。処す?処す?」
『…それには及びませんよ。彼のお陰で国王を確保した以上、今宵の任務は失敗とは言えませんから』
「良かった、危なかった。もし団長が兄ぃを処すなら、テールも死ぬしかないところだゾ」
「ケヒヒ、殺る気満々だった癖によく言うナ妹ぉ?」
「キシシ、オマエを殺してワタシも死ぬっていう愛だゾ兄ぃ?」
『…二人とも、騒ぐ暇があるなら先に拠点へ戻っていなさい。私は、国王と話があります』
双子からは見えない位置から、頭領から指示が下る。
その声色を受けた双子は、はーいと景気の良い返事をする。
そして軽快な動きでシェルター内を駆け上がると、瞬く間に防空壕と地上を隔てている天井まで辿り着いた。
後は専用の取っ手を引っ張れば、地上までの出入り口が開通する仕組みになっている。
しかし双子の足取りが順調だったのは、地上に出る所までだった。
理由は洞窟付近に存在している、確かな人影。
夜目が利くならば、洞窟に向かって仁王立ちしている姿まで捉えられる。
「…味方じゃないゾ。さては兄ぃ、尾行されたか?」
「馬鹿、そんな訳ない。此処まで気配がなかったし、転移魔術か何かだろうナ」
「…だとしても、変だゾ。此処は王宮から半日は距離あるんだゾ?探知魔術に引っ掛かるにしても、流石に早すぎるゾ」
「本当だナ、困っちゃうナ。このままだと団長の計画、ご破算だナ」
「…殺る?これ殺っちゃうか、兄ぃ?」
「そりゃあ殺る、絶対に殺る。合わせろ、妹ぉ」
双子は同時に愛用の武器である、普通の刃と櫛状の峰を持つ短剣を取り出した。
基本的な仕組みはソードブレイカーと呼ばれる代物と同じで、兄はこれを右手、妹は左手に構える。
そして呼吸を合わせ、同時に洞窟を飛び出した。
標的は誰とも知れぬ人影。
紛れもない全速力ながらも、動作は静音。
更には夜という視界が限定的な状況、奇襲としても申し分ない。
ただし奇襲とは総じて、相手が予期していた場合は効力を持たない。
「ギッ!」
「グッ!」
双子ならではの、息の合った左右からの同時攻撃。
二人で必殺を期した、鋭いV字を軌跡く鈍色の刺突。
しかし刺突も、漆黒の一閃が完璧に跳ね返した。
まるで最初から攻撃の角度、時期の全てを予測していたかのように。
「…第ゼロ部隊長、ヒライリュウだナ?」
「お前らに質問する権利はねぇよ。とっとと国王の居場所を教えて消えろ、ガキ共」
「キシシ、馬鹿なのかオマエ。そんなの教える訳ないゾ」
「なら、大人しく退け。そしたら更生の余地ありって、機関にも伝えてやる」
「ケヒヒ、笑えるナ。退く訳ないし………更生するのは、オマエ達の方だよナ!」
双子は再び短剣を手に、全く同時に連動する。
更に今回は直線的な攻撃だけでなく、幾つも牽制を織り交ぜる。
相手を翻弄し、失策を誘発する事が、二人の得意戦術なのである。
戦術に変身と分身の魔術が合わされば、更に攻撃は複雑怪奇と化す。
しかし対峙する三白眼の瞳は、決して陽動と本命を見間違えない。
双子にとっては、正しく最悪の相性と言える。
また今回に限って双子には不利が有る。
それは現時点でカレンデュラ本部所属組である、部隊長達の偽者達を操作している事だ。
この世界の誰であろうと、魔術の遠隔操作及び維持には相当の神経を必要とする。
しかも今は作戦中の為、魔術を解除する選択が取れない。
そしてその油断が、見逃される相手ではなかった。
「ウギッ!?」
「あに、ギャッ!」
然程の時間もかからず、勝敗は決した。
先ず兄のゼルが龍の動作に対応しきれず、漆黒の一閃を浴びて吹っ飛ばされる。
更に勢い余った事で、妹のテールも巻き込まれてしまった。
しかしそれがどんなに痛ましい姿でも、龍は容赦をしない。
双子を完全に再起不能へと追い込むべく、尚も猛獣の如く襲い掛かった。
「…ちっ!」
ガキィンと、明確な金属と金属がぶつかり合う音が周囲に響き渡る。
同時に振り下ろされようとした魔封剣は、本来の対象から逸れた。
原因は突如として双子との間に現れた、謎の人物である。
身長は170半ば程度だが、黒いフードと黒い装衣で身を包んでいる為、その正体は伺い知れない。
「ガキ共の仲間か………いや、さてはテメェが親玉だな?」
「………」
「…答えねぇんなら別に構わねぇ。直ぐに答えたくなるようにしてやるからよぉ、女ぁ!」
この相手は女性である。
三白眼の瞳が見出した、完全に理屈抜きな解答だった。
そしてそれは、図星だったのだろう。
ほんの一瞬、謎の人物の動作がぎこちなくなった。
それでも繰り出される魔封剣を、再び逸らして見せる。
両の手首付近に対として装着された、逆手に向けて反り返る白銀の双刃によって。
「随分と洒落た魔封器だなぁおい!漫画とかでしか視たことねぇぞ、んな物!」
龍は尚も魔封剣で果敢に攻め立てる。
最早、物理法則などお構いなしの乱撃っぷりだ。
しかし謎の人物も流れるような動作と最小限の力で、一歩も臆さず立ち回る。
そうして一呼吸、また一呼吸と、力と技の鬩ぎ合いが続く。
お陰で先ほど揃って吹っ飛ばされた双子が、十分に態勢を取り戻していた。
「…加勢、不正。でも、もう時間がないんだゾ」
「…悪く思うナ、第ゼロ部隊長」
双子は密かに位置取りを行うと、気を見計らって龍を背後から急襲する。
それでも鋭い三白眼の瞳は、双子の動きを捉えてはいた。
しかし現状では、目前の謎の人物を差し置くことができない。
なので龍は咄嗟に魔封剣を手放した。
正確には謎の人物に対して攻撃を振り抜いた直後、後ろに向かって魔封剣を投げ出した。
双子からすれば、予想外の投擲が向かってきた形である。
そしてその一瞬の躊躇を見越して、龍は謎の人物を捕えようと掴み掛かった。
例えその身を切り刻まれようと、決して離さないと覚悟を決めて。
「…そうでしょうね。貴方らしくて、実に解りやすい」
「っ!?」
この戦いの最中、初めて謎の人物が言葉を発した。
同時にしっかりと軸足を置くや、体を捻る様にして回転させる。
回転は龍から身を躱すのと同時に、準備を行ったのだ。
彼女の得意技を、最大限の威力で放つために。




