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アルター・ワールド  ~三画TRAVEL~  作者: 一夜一海
龍編・第三章
32/46

第一幕・第ゼロ部隊

 統制機関カレンデュラ第ゼロ部隊・王国内屯所(とんしょ)

 其処は飛来龍を部隊長とする新興部隊、第ゼロ部隊に用意された駐在所である。

 場所は丁度、フィーリア王国の王宮と城下町の間に位置する。

 様相は二階建ての新築で、会議や寝食を行う為の十分な間取(スペース)が設けられている。

 しかし基本的に第ゼロ部隊の面々が、この場所で揃う事は滅多にない。

 何故なら部隊長である龍が掲げた方針が、『好きな事を好きにやれ』だったのだ。

 また総帥であるドルガーからも、『第ゼロ部隊の主な役割は遊撃である、目標は各自に委ねる』と正式な通達が来ている。

 即ち何かしら有事が起こらない限りは、各隊員は職場である屯所に集合する義務すらない。

 ただし部隊長補佐であるミュウ・ハウゼンだけは、第ゼロ部隊結成からこの屯所を居住地とした。

 そして文字通り龍の代理となって、各隊員を総括している。


「失礼しますハウゼン様。只今、冷たいお飲み物をお持ちしました」

 

 やや曇天模様な、日中の頃合い。

 今日も今日とて膨大な書類と格闘するミュウの下へ、巷で【深謀の使徒】と謳われるカスパーゼが飲料(ドリンク)を差し入れる。

 彼は獣人族で、頭上から生える犬の様な直立した耳が特徴。

 恰好は黒を基調とした執事服に身を包み、銀色のロングヘア―を一本結びにして垂らしている。


「ありがとうございます、カスパーゼさん。其処の机に置いてください」


「…余り、ご無理はなさらないようお願いします。お一人で部隊の切り盛りをするのはご立派ですが、度も過ぎればお身体に障ります」


「あはは、大丈夫です。情報収集(こういうの)はほとんどワタシの趣味みたいなものですし、上級執事(カスパーゼ)さんにもこうして助けられてますから」


「恐縮です。このカスパーゼ、今後とも第ゼロ部隊に仕える所存です………が、一つだけ提言をお許しいただきたく」


「…なんですか?」


「誠に僭越ながら………本当にこのまま、ヒライリュウ様をお諫めせずとも宜しいので?ここ最近、悪い噂が絶えておりませんが…」


 第ゼロ部隊の部隊長として就任後、龍は特に部隊長(それ)らしい振る舞いを一切していない。

 ただ昼夜を問わずフィーリア王国領内を徘徊し、好き勝手をしている。

 そしてその中には、一般市民に対しての暴力沙汰も散見されている。

 自ずと第ゼロ部隊の印象は悪化の一途で、カレンデュラに対する陳情も少なくはない。

 これまで大事に至っていないのは、実は補佐であるミュウが素早く対処しているに過ぎなかった。


「…止められませんよ。立場に関係なく、気に入らない人を片っ端から吹っ飛ばすのが、あの人の在り方ですから」


「しかし、それでは…」


「安心してください、あの人は決して加減を間違えたりはしません。それに………何の理由もなく暴力を振るったりするほど、見境が無い訳でもないんです」


「…承知しました。ハウゼン様がそうまであの方を信頼しているのでしたら、このカスパーゼに言う事は何もありません」


「ありがとうございます。もし良かったらカスパーゼさんも一度、食事などであの人と話す機会を設けてみてください。きっと、あの人の印象が変わりますよ」


「ご助言、痛み入ります。しかしヒライリュウ様と親睦を深めるのでしたら、他の皆様もお呼びした方が宜しいのでは?」


「あー………親睦会(そういうの)は、止めて置いた方がいいかも」


「…それは何故でしょう?」


「カスパーゼさんの様な人が相手なら、あの人も()()()だと思うんです。ただ他の人が相手だと………経験上、色々と保証できないんですよねー」


 ミュウは言葉にしながら思わず苦笑する。

 対するカスパーゼは意図を図り切れず、始めは小首を傾げた。

 しかしミュウに何かしら確信がある事を理解し、自身の疑問を露わにする事なく会話を終えた。

 一方その頃、フィーリア王国の郊外から更に外れた場所にて大きな激突が発生していた。

 其処は特に名もなく、単に見晴らしが良い草原である。

 ただしこの瞬間においては、紛れもない戦場と化していた。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 大きな咆哮と共に、繰り出される漆黒の一閃。

 一閃(ソレ)は反応による回避は能わず、魔術による防御を許さない。

 斯くして名もなき草原の激突は決着。

 立っているのは第ゼロ部隊部隊長、飛来龍。

 一方で地面に倒れているのは、男女合わせて三人。

 一人目は赤い着物を纏い、茶髪を結い上げた矮人族の女性。

 二人目は功夫(カンフー)を想起させる様な、青を基調とする衣装の男子。

 三人目は黒いチューブトップを着こなす、金髪ツインテールの女性。

 実は彼等、共に第ゼロ部隊の隊員である。

 矮人族の女性は【豪炎の剣姫】ことクリス・ハイルディン。

 青を基調とする衣装の男子は【水流の槍術士】ことルードラット。

 金髪ツインテールの女性は【打撃娘】ことキャリープレイグという内訳となっている。

 

「つ、強いのは………公式戦(まえ)から、よく、解ってた、けど…!」


「…自分達三人掛かりで惨敗(これ)は、ちょっとばかし予想外っすねー…」


「…覚悟は、していた。どうあれ我々は、彼に逆らうと決めたのだから…」


 無力感に苛まれ、仰向けのまま瞼を覆うキャリープレイグ。

 一方で愛用である槍を放り出し、大の字になって脱力感に身を委ねるルードラット。

 そしてうつ伏せになりながらも、愛用の剣だけは離そうとしないクリス。

 本来なら性格や年齢に戦闘スタイルなど、あらゆる点で彼らは異なっている。

 しかし今回ばかりは、意思を統一していた。

 どうしても直接の上司である龍の素行が、見過ごせなかったのである。

 ただし三人とも、当初は荒事にする気はなかった。

 其々が些細な不満、元同僚としての忠告、道理に基づく説教で終わる筈だった。


「ぐちぐちとうるせぇな、文句があるんなら掛かって来いよ。もしテメェが俺に勝ったら、素直に大人しくしてやるぜ」


 後は売り言葉に買い言葉である。

 誰にも迷惑をかけない場所で、魔術も駆使した、三対一での対決となった。

 そして現在、勝敗は明白。

 正規員三人の連携をもってしても、部隊長となった龍の立場が揺らぐ事はなかったのである。


「…何だよ、もう終わりか?なら俺は戻るからよ、後は好きにしな」


「…もし、部隊長殿。我々の、処分については?」


「あ?何を言ってやがる。喧嘩は終わったんだ、これ以上テメェ等に求める事はねぇよ。ま、辞めてぇなら勝手に辞めやがれ」


「…無責任、過ぎない?あたいが言うのもなんだけど、さ………キミ、部隊長でしょ」


()()()最初に好きにやれって言っただろうが。俺は一度たりともその方針は翻してねぇし、テメェ等もそれを承知で意見してきたんじゃねぇのか?」


「そりゃまぁ、そうなんすけどねー…」


「…良いか、この際だから覚えとけ。俺は基本的に約束(ルール)は守るが、普通(ノーマル)に徹する気はねぇ。特に他人様が言う定石(セオリー)とかを押し付けられんのは真っ平だ。俺と最低限に付き合いてぇなら、その点だけは踏まえとけ。それが嫌なら、とっとと失せるんだな」


 三人に向かって一方的に言い放つと、龍はアカツキを背負いながら踵を返す。

 しかしその少し先の所で、ファーコートに袖を通した男性と出くわした。

 ピンクベージュの髪を持つ彼は、【華の魔術師】ことイルミー・カラット。

 長身痩躯で彫りの深い顔立ち、紫の口紅が特徴的な人物である。


「…何だよ、アンタも俺に文句があるのか?」


「ムフフ、そんな怖い表情(かお)しないで頂戴な。あたしはただ、皆が無茶をしないか様子を見に来ただけよ」


「そうかよ。なら俺に構ってねぇで、向こうで転がってる連中の世話でもしてやるんだな」


「ええ、了解よ。こう見えて、回復魔術は大の得意ですもの」


「…俺が見た人物評(プロフ)には、強化魔術が得意って書いてた筈だがなぁ?」


「ムフフ、乙女には秘密が多いモノなのよ。もしあたしの真心(こと)が知りたいのなら、(じか)に触れ合わないとね?」


「…生憎と()()()に興味はねぇんでな。ま、アンタが強化役(バッファー)だけでなく回復役(ヒーラー)もやれることは覚えておくぜ」


 龍はイルミーの長身痩躯を一瞥すると、フィーリア王国領内へと戻る為に再び歩き出す。

 一方のイルミ―は何処か怪しげに微笑みながらも、龍とは逆方向に向かった。

 そして程なく三人と合流すると、陽気な語り口で回復魔術を発揮した。

 その後も三人が動けるようになるまで、愚痴を聞いたりと世話(ケア)へと回る。

 しかしその脳裏には、魔封器を背負う雄々しい青年の姿が浮かんでいた。


『物事を善悪でなく、優劣でもなく。ただ強弱にのみ委ねる。まるで猛獣の摂理………ムフフ、あの子となら刺激的な日々が送れそうね…』


「…もし、イルミー殿。何故か貴殿の表情が、途轍もなく邪悪に見えるのだが?」


「あらやだ、邪悪だなんて酷いわねぇ。そう言うクリスちゃんこそ、女の子なんだからそんな仏頂面ばっかりしてちゃ駄目でしょう?」


「…我の(これ)は、生まれ付きなものでなんとも…」


「あらそう?でも自分磨きを怠っちゃダメだと思うわ。魔術師としてだけでなく、女としても気高くあれ。でないと実力主義(カレンデュラ)の思想に反するじゃない?」


「…ごもっとも」


「それと、結果はちゃんと受け止めなさい。悔しいでしょうけど、今の貴方達は敗者。勝者に対して意見が出来るほど、偉くはないんだもの」


「…耳が痛いっすねー。まぁ元から自分は、第ゼロ部隊じゃ明らかに格下っすけどー」


「確かに貴方はあたしより未熟だと思うわ。でもそれは他の二人も同じだし、()()()だってそうよ。今回の事だって、あしたからすれば可愛い可愛い出来事(やんちゃ)なんだもの」


「…悪かったわよ、迷惑かけて。でも部隊長(あいつ)を見てると、何だかつい熱くなっちゃったって言うか…」


「ムフフ、若さって言うものかしらね。でもそれって、とっても素敵な事だと思うわ。そういう熱量が有る内は、きっと無限の可能性が拡がっている筈だから」


「…無限の、可能性…」


「そうよー。だからあたしも負けてられないわー。どんなに体が成熟していても、心は何時だって乙女のままってねーん」


 イルミーは最後にまたムフフと笑い、三人に向かって手を振りながらその場を後にした。

 一方で残された三人は、その場で暫く押し黙る。

 イルミーの回復魔術のお陰で何時でも動けるが、心の方は違っていた。

 それでもイルミーの言葉を受け止め、部隊長の姿を思い返す内に、火種が灯る。


「…あたい、ちょっと訓練施設(クレマチス)に行ってくる。二人は?」


「…我も同行する」


「自分もお供するっすよ」


 三人は身を起こすと、揃って訓練生達が集うクレマチスへと向かった。

 そしてこの日より、クレマチスへと通うのが三人の日課となる。

 第ゼロ部隊は好きにやれるという特権を活かし、余暇を全て鍛錬に注ぎ込むと決めた。

 これは他の隊員達も同じで、元々の得意分野を伸ばし続ける。

 特に【奇天烈な学士】こと、ルービック・サーキュラが顕著な例である。


「研究っ、研究っ、研究ぅぅぅんんん最高(ハイ)ィィィっ!」


 彼は本来、第六部隊の所属だった。

 医療従事者としても優秀なのだが、研究に熱心なあまり無茶も多かった。

 それが第ゼロ部隊へと転身し、その方針により周囲からの停止(ストップ)が掛からなくなった。

 お陰で自分の研究に終日没頭できるようになり、人生の絶頂を迎えているに等しい。

 しかし誰よりも自己都合に時を費やしているのが、他でもない龍だった。

 相変わらず加護の効果に身を任せ、食べる事も眠る事も無く活動を続ける。

 

 (すべ)を求めて鍛錬。

 金を求めて仕事。

 (かつ)を求めて喧嘩。

 

 これが現在の生活における三点セットだ。

 そうして龍がこの世界に来訪してから、既に一年近くが経過しようとしていた。

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