第九幕・白熱
「むほほー、良き日和となったぞいなー。皆も盛り上がってるぞーい」
「初めドルガー殿の提案には驚かされましたが………妾も楽しみですわ、父上」
時刻は少しばかり日光が煩わしく感じる様な、快晴の日中。
輝くフィーリア王国では、より一層の熱量が噴出していた。
出所は新たに設けられた、円形状の建造物。
今日の為にカレンデュラ所属の魔術師と技術者が力を合わせ、わずか数日で造り上げた闘技場である。
その様相は古のコロッセオと言うよりは、現代におけるスタジアムに近い。
其処に満員の観客、そして特等席に王族であるサンタとルナ親子の姿もあった。
「さて、いよいよだ。不慣れな事で大変だとは思うが、各自しっかりと頼むぞ」
「りょ~。任せとけって~」
「んっんー 言われるまでも無イ」
公式戦の開始前、裏方ではレイラを中心とした部隊長十名によるミーティングが行われていた。
ただし東西南北の支部を預かる四名は立場上、遠隔通信による参加のみとなる。
それでも本部在中の六名は勢揃いし、順番に審判を務める手筈だ。
また王族や貴族が観戦する事態なので、彼等の身辺警護も代わる代わるに行われる。
「ぬっはっはーっ!若僧共ぉ、今日は存分に暴れろよっとー!」
大きな酒瓶を片手に、カレンデュラ総帥ドルガーは快活に笑う。
其処は単なる一般席で、一切の特別感はない。
姿もシャツとジャージと言う、外における何時ものラフ姿。
周りの者も、彼がカレンデュラ総帥とは思わない。
仮に知り合いでも、その溶け込み様に気付くのは難しいだろう。
「…よし、行くか」
鉄棒を片手に、控室から193cmの図体が出でる。
それは他でもないカレンデュラ第一部隊長の推挙枠。
故にこそ総勢64名となったトーナメント、その一回戦第一試合へと組み込まれた。
しかし当人は特に緊張もなく、東側の出入口より湧き立つ戦地へと姿を現す。
そして丸い形をした、試合場へと上がった。
同時に西側の出入口からも、対戦相手が姿を現す。
彼は一般枠からの選考を突破した、アルシートと言う名の器量の良い好青年だった。
「改めて魔術、武器の使用は自由。ただし、死傷は禁物。よって審判による勝敗判定は絶対であると心得てもらう」
「おいおい、何で俺だけを見ながら言ってんだよ女隊長。心配しなくても反則負けなんてダサい真似はしねぇよ」
「…また気絶を含め、戦闘意欲の喪失は敗北と見做される。例えば試合中にこの丸い試合場から外に出て、十を数えても復帰しない場合も同様とする」
「くははっ、だからそれは俺じゃなくてそっちの坊ちゃんに向けて言ってやれよ。無様に尻尾を巻いて逃げださねぇように、ってなぁ?」
遠慮の欠片もない発言と共に、鋭い三白眼が対戦相手を見下す。
好青年であるアルシートも、これには思わず眉を顰めた。
一方でこの試合の審判を務めるレイラは、ほんの少しだけ微笑んでいた。
そして間も無く、試合開始の合図が闘技場に響き渡る。
その直後、アルシートは魔術を展開。
彼は火属性魔術の第一段階に達しており、自在に炎を発生させることが出来るのだ。
「…生憎だったなぁ坊ちゃん。俺は其処等を飛んでる夏の虫の様にはいかねぇよ」
一瞬の出来事だった。
アルシートが炎を発生させた直後、龍は鉄棒を前面に押し出して突進。
炎が周囲で渦を巻く前にと、全速力で距離を詰めに行った。
対するアルシートは少し虚を突かれた形だが、直ぐに炎を放射して応戦。
しかしその熱量は、決して殺人には至らないという条件下。
真面に浴びれば大火傷を負う羽目にはなるが、直ぐに治療が可能な調整。
ましてや今の龍は、加護の存在を知っている。
故にその体躯が退くことはなく、その剛腕が留まることもなかった。
「…其処まで!アルシートを戦闘不能と見做し、勝者ヒライリュウ!」
レイラの宣言と同時に客席から歓声が上がる。
時間にすれば一分にも満たない対戦だったが、観客たちの興奮度は最高潮だった。
以降の一回戦も、内容の是非は問われない。
ただ勝者は大いに讃えられ、敗者は甚く惜しまれた。
斯くして二回戦、残りは32名。
その一試合目は、再び龍へと出番が回って来た。
相手はアルシートと同じ一般枠ながらも、属性魔術を二種類まで発生させる人物である。
しかしその内容に関しては、一回戦と殆ど変わらなかった。
並の魔術が効かないという前提の、単純な速攻。
鉄棒の長いリーチを生かした、広範囲の連撃。
アルシートより使える魔術が多いと言うだけでは、嵐の様な攻撃を防ぎきる事は出来なかったのである。
「うひ~、ヒライっちてばつんよ~。二回戦も楽勝じゃ~ん」
「それはそうさー。今の彼は、並みの魔術では倒れやしない。しかもそれが大衆には知られていないって言うんだから、とんだ不意打ちだよー」
「でもさ~。流石に第二段階相手だと~、そんな簡単にはいかないっしょ~?」
「そうだねー、あくまで彼の利点は魔術に対する防御面だけ。魔術による攻撃手段がない以上、第二段階に決定打を与えるのはとても困難だ」
「ま~でも~、困難をどうにかしちゃうのがヒライっちなんだけどね~。なんてったって~、あ~しの推しなんだから~」
「おやおやー、良いのかいそんな態度で?君の推挙枠は、確かゴーレスって言う鬼人族だった筈だろう?」
「別によくな~い?そっちは仕事で~、こっちは私事なんだも~ん」
ミストレイは余る両袖をぷらぷらと振り、けらけらとお道化て見せる。
そんな彼女の外れ推挙枠であるゴーレスだが、一回戦は龍と同じく危なげなく勝利していた。
そして続く二回戦も魔術師としての練度は負けていたが、鬼人族特有の断トツな身体能力を活かして突破する。
一方でクローケアに推挙されたアールシティは、魔術師としての別格ぶりを発揮。
一回戦に二回戦と、共に秒で相手を氷漬けにして終わった。
これには推挙したクローケアも、思わず破顔である。
また他の部隊長による推挙枠も、二回戦目まではまだまだ余裕を残しながら勝ち抜けた。
ただ、一人を除いて。
「よし其処まで、勝者ミュウ・ハウゼン!」
「はぁ、はぁ、はぁ………はぁ~ぁ…」
二回戦における最後の試合、ミュウは勝利を手にした。
しかしそれは、思わず膝から崩れるほどの辛勝だった。
相手は第一段階の魔術師で、一般枠。
それでも魔術が使えず、武術が伴わないミュウからしてみればとんでもない強敵だった。
強敵を得意の銃が使えるという事で、辛うじて戦いへと持ち込んだのである。
そして通常の実弾と対魔術用の衝撃弾を巧みに交差。
決して殺さないように配慮しつつ、それでも確実にダメージを重ねて行っての粘り勝ちだった。
「…キミ、大丈夫か?よければオレが控室まで送るけど?」
「…大丈夫です。お心遣いだけ頂きますね、シャルティ部隊長…」
シャルティ・デポン。
カレンデュラ第七部隊長にして、フィーリア王国の国境警備隊長。
城下で夜警の仕事に就く龍にとっては、一番の上司に相当する。
その容姿はサラサラとした長い金髪に、折り目正しい顔立ち。
そして西欧風の上衣とカウボーイの様な帽子を着こなす、お洒落な男である。
「…分かった、でも気を付けて行くんだよ。このまま三回戦も直ぐ始まるし、回復などの準備はしっかりとね」
「…はい、ありがとうございます…」
ミュウはよろめきながらも、何とか自力で闘技場から降りる。
その姿は明らかに憔悴しており、とても次の戦いを見据えられる様な状態ではない。
そもそも本人の見立てでは、一回戦の時点でこうなる筈だった。
しかし一回戦は同じく一般枠である相手が、銃という代物を単なる玩具と軽視している類だった。
故にその緩慢な足取りに何発も実弾を撃ち込み、その激痛を以ってすんなりと降参させることが出来たのである。
『…ヒュージンが推すから相当な曲者だとは思っていたけど、成程って感じだ。あの娘と同じことをやれと言われて、出来る者はカレンデュラには居ない。決して強くはないんだが………魔術が正義なこの世の中で、呆れるほどの反骨精神だよ』
「おい、何を呆けっとしてんだよアンタ。次の試合の担当はアンタじゃねぇんだろうが。とっとと変わって試合を進めろよ」
「…ああ、此処にも居た。呆れるほどの反骨精神の持ち主…」
「何をぶつぶつと言ってやがる。さっきから気色が悪いぜ、アンタ」
「きっ、しょっ!?失敬だなっ、これでもオレは列記とした部隊長で…!」
脇から現れた龍の態度に食って掛かろうとしたシャルティだったが、不意に背後から肩を引き寄せられる。
振り返れば其処には三回戦の初戦で審判を担当するレイラが、何処からともなく風の様に姿を現していた。
そしてシャルティと視線が合うや、穏やかな面持ちで軽く首を横に振って見せる。
無言ではあっても主張は、確かに制止を呼び掛けていた。
対するシャルティは不満気ではあったものの、レイラの顔を立てて渋々と試合場から引き下がるのだった。
斯くしてカレンデュラ公式戦は三回戦へと続いていく。
残るは16名となり、その内訳はいよいよカレンデュラの正規員ばかりだ。
即ち大半が、第二段階に達している魔術師同士である。
自ずと三回戦からは、お互いに遠慮が要らない。
火は猛り、水は穿ち、風は荒び、雷は奔り、地は躍る。
そんな第一段階とは比較にならない派手な応酬劇は、今までが単なる前座でしかなかったことを観客達に見せ付けた。
しかし中には例外もあった。
一人は手にした加護の効果でひたすら耐久し、消耗した相手を降参や条件勝利に追い込む。
もう一人は段階の見劣りを、種族による身体能力だけでごり押し。
更にもう一人は同じ段階ではあっても、明らかな上積みにより圧倒。
しかもこの三人は続く準々決勝すら、全くの従来だった。
そしてもう一人、異色な様式で勝ち抜く者が現れる。
「ほ~い、時間切れ~。ミュウっちの不戦勝ね~」
「…どういう、こと…?」
三回戦の最終戦、消耗していた筈のミュウは労せずして勝利した。
何故なら対戦相手が定刻になっても、闘技場に姿を現さなかったのだ。
後にその理由は日頃の寝不足による、転寝であったと判明する。
彼は他でもない第六部隊長ノエルによる推挙枠であり、非常に研究熱心な人物だった。
しかしその性質から大会前日も研究を優先してしまっており、この三回戦でとうとう睡魔に抗えなかったのである。
そして続く準々決勝の相手はと言うと、三回戦にて候補だった双方が激しい戦いの末に共倒れ。
トーナメントという形式上、ミュウは二度に渡る不戦勝によって勝ち上がったのである。
「おいおーい、こんなのありかよー。あの娘、殆ど戦わずして準決勝だぜ?」
「何だか白けるよなぁ、他の奴らが懸命に戦ってるってのによぉ…」
「そうよねー。残った他の三人に比べると地味だし………そんな幸運だけで勝ち上がってもねー…」
「ぬーっはっはっはっはっはーーーっ!」
「うぉわっ、何だよ爺さんいきなり!?」
「ってか、臭い!どんだけ呑んでるのよ貴方!」
「まーーーったく若僧共がっ、何を下らんことを言ってるんだっと!幸運だけで勝ち上がったって言うんなら、不運だけで負ける連中よりかはよっぽど上等だろうがっと!」
何本目かも判らない酒瓶を開けながら、ドルガーは身近な観客達の反応を笑い飛ばす。
そしてその声量は、闘技場全体にも渡る程だった。
そんな様子を遠巻きから、部隊長達がやれやれと苦笑する。
またフィーリアの王族親子も特等席から、そんな所に居たのかと哄笑する。
些細な事ではあったが、これにより粛々としていた進行に僅かな休息時間が挟まれる形となった。
「んふふ………これも運命の悪戯なのか。君達を見ていると、本当に面白くて仕方がないぞ」
部隊長達の業務スペースにて、レイラは四枚の資料を見ながら思わずにやける。
いよいよ準決勝、残るはたったの4名にして推挙枠。
第一試合は、飛来龍対ゴーレス。
第二試合はアールシティ対ミュウ・ハウゼン。
奇しくも訓練生時代に交えた一戦の再来が、巻き起ころうとしていた。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




