第七幕・加護と呪縛
「うふふ、時間通りだねヒライリュウ君。偉いよー、とっても偉い」
「…アンタがそうか。なんつーか………随分な見た目してんなぁ」
「おやー、何処か変かなー?これでも身だしなみには気を使っているんだけどー…」
ウンデュラタの医療室では、龍よりも先客が来ていた。
その姿は、一見して普通の少年である。
身長は150半ば、少し丸みのある穏やかな容姿。
髪はショートヘアーで、左右が白と黒のツートンカラー。
服装はブラウスと半ズボンを基本とし、ネクタイを装着しながらフード付きのハーフ・コートを羽織る。
その上で特徴的なのが、彼の耳である。
まるで犬の様なピンと張った耳が、彼の頭上から生えているのだ。
しかし当人はその点に触れる事は無く、龍の指摘に対して衣服にばかり気にしている。
「…一応聞くがよ、その耳は洒落で付けてるんじゃねぇんだよな?」
「勿論だよ。生まれた時からボクの身体の一部さー」
「そうかい………まぁ、カレンデュラには角が生えてる奴もいるんだ。今更驚きやしねぇけどよぉ」
「角という事は、君は鬼人族は知っているんだね。でもどうやら、ボク達獣人族は始めてかな?」
「獣人族、と来たか。やっぱそりゃあ、鬼人族ってのとは違うのかよ?」
「そうだね、一緒にすると怒る人も居ると思うよ。でも異世界から来た君にとっては、そんなに大したことではないのかもしれないね」
「…そうでもねぇさ。もしアンタと喧嘩になった時を考えれば、その特徴が解ってるのに越したことはねぇだろ?」
「おやおや、もしかしてボクは嫌われてるのかい?ボクは君の健康診断をしに来ただけなんだけど…」
「別に………だが、アンタも相当に強いんだろ。カレンデュラ第六部隊長さんよぉ?」
「うふふ、出来れば名前で呼んで欲しいかな。ボクはノエル・ミアキス………以後、宜しくねヒライリュウ君?」
カレンデュラ第六部隊長、ノエル・ミアキスは屈託のない笑顔で握手を求める。
対する龍は溜め息を一つ吐いたものの、素直に握手を返した。
その後は改めて龍の健康診断が始まる。
先ずは問診、龍の状況が整理される。
続いて触診、龍の肉体が調査される。
そして随時ノエルが内容を纏め、カルテに記していく。
その様子は現代の医療現場と何ら遜色はなかった。
「いやー凄いねー、凄いよー。全くもって健康そのもの。頑丈に生んでくれたご両親に感謝だねー」
「…そりゃあどうも。で、もう終わりで良いのか?」
「そうだねー、健康診断は終わりだよー。此処からは………研究の時間だ」
「っ…!」
龍は反射的に立ち上がって身構えた。
背中越しでカルテを整えていたノエルの声色に、異様を感じたからだ。
しかしその直後、龍はその場から動けなくなる。
宛ら自身の数倍は重量のある力士に、背後から圧し掛かられたかのような負荷だ。
その上で三白眼の瞳は目の当たりにする。
口元を三日月の様に歪め、豹変した少年の姿を。
「…何の、つもりだっ………クソガキぃ!」
「凄いねー、喋れるんだ。第二段階相当でこれなら、耐性はかなりのものだよ。これならもっと負荷を強くしても大丈夫そうだねー?」
「テメェ………イカレ、てんのかっ!」
「いやー、平常運転だよ。ボクは医術の発展の為なら、何でもヤるのが信条だからさー」
「ふっ、ざけんなっ…!」
「ああ安心して、殺したりはしないよ。ただほんの少し、痛くするだけさ」
その宣言は、まるで悪魔が囁きかけているかの様だった。
そして直後には、龍に対する負荷が倍増する。
普通の人間なら、この時点で卒倒しているだろう。
しかし龍は歯を食いしばって耐えた。
決してノエルの期待に応えている訳ではない。
コイツは絶対にぶっ飛ばすという想いが、意識の手放しを拒絶していた。
「よし、それじゃあ次は薬物に対する反応でも見てみようかー。君の為に、色々と用意して…」
「はい逮捕~。舌なめずりしてんなよ~、この性悪獣人が~」
「…ミスト、姐!?」
突然だった。
ウンデュラタ内の医療室へ、龍とノエル以外にもう一人が姿を現した。
それは他でもないカレンデュラ第九部隊長、ミストレイ・ル・フェルメール。
相変わらず背中が大きく開いている桃色のセーターの上から、わざわざ袖が余る白衣を着ている。
ただし以前とは違い、ボトムスとして桃色のペンシルスカートを着用していた。
「おやー、驚いたな。君が真昼間から資料室から出て来るなんて、どういう風の吹き回し?」
「第六部隊がヒライっちの健康診断やる~って聞いたからさ~………どうせロクでもない事になるって、思った訳~」
「失敬だなー、ボクや部下達は何時だって医術の発展の為に動いてるんだよ。だから、何時もの気紛れなんかで邪魔をしないでくれる?」
「いやそれこっちの台詞なんだよね~………あ~しの推しに手ぇ出しといて、無事で済むと思うなよ~?」
基本的に気怠い印象のミストレイが、一転して鋭い顔色へと変わる。
更に彼女の周囲が、空間が異様な歪曲を見せる。
実は歪曲こそ彼女が魔術師たる所以。
五大の一つである土属性の、第三段階・発展による芸当。
星が持つ重力さえ、思うままに歪曲収差する。
かつて龍の前で披露した際には、反重力を起こして浮遊する形だった。
そして今回は自身を中心に、半径十メートルの強力な重力場を布いた。
効果としては範囲内にいる物体の、脱出無効。
仮に人間がこの重力場から逃れようとしても、ミストレイから離れるほど凄まじい力で引き戻される仕様。
謂わば今の彼女は、小さなブラックホールにも等しい。
「おやおやー、まさかカレンデュラの規律を破る気かい?そんなの総帥が黙っちゃいないよー?」
「え~?まだあ~し、危害は加えてないっしょ~?」
「確かにねー。でも私闘目的で第三段階の発動はしてるよねー?」
「バ~カ。私闘になるか決めんのは~、あ~しじゃなくてアンタ~。アンタがヒライっちを離したら~、何もなかった~で終わるよ~?」
「あれあれー、今度は脅迫かーい?カレンデュラの隊長が、そんな野蛮で良いのかなー?」
「うっせ~、アンタも同格だろうが~。いっそのこと連帯責任にして~、一緒に殺されるか~?」
「お、おいっ………何っ、言ってんだっ、ミスト姐っ!?」
「そう来るかー………ま、仕方ない。今回は大人しく引き下がるよー」
ノエルはわざとらしくお手上げのポーズを取って見せる。
同時に龍に対する魔術は解除され、ミストレイもまた魔術を収めた。
しかしノエルの研究はまだ終わった訳ではなかった。
龍の身に起きている謎の不眠症など、見過ごせない要素が幾つかあるからだ。
ただしミストレイの監視がある為、強引な手段にはならない。
それでも様々な着手を行う事で、龍の実態に向けて差し迫って行く。
そしてその間に時刻は夕方を迎えようとしていた。
「いや~………ヒライっちてばホント、イイ身体してるわ~。あ~し的にはもうちょい、ここら辺の筋肉がゴツゴツしててもイイんだけど~」
「…いや、さっきから近ぇよミスト姐。あとべたべた触るなっつーの」
「なんでさ~、ノエルっちにはいっぱい触らしてんだから~、あ~しもちょっとくらいイ~じゃん」
「ちょっとじゃねぇから文句言ってんだろうが、ったく………おい第六部隊長さんよぉ、まだ掛かるのかぁ?」
「うーん、正統な手順で出来る事は全部やったかなー。ボクとしては不満だけどねー」
「はっ、俺はアンタを殴れねぇことが不満だぜ」
「んで~、結局どうよ~。あ~しもヒライっちのこと、詳しく知りたいんだけど~?」
「良いよー。でも長くなるから、休憩しながら話そっかー」
言いながらノエルはパチンと指を鳴らす。
すると医療室の空きスペースに、円いテーブルが出現した。
更にそのテーブルには温かい飲料と香ばしいお菓子が並んでいる。
これは五大の一つである雷属性、第三段階・発展による芸当。
遠くに存在する物体を対象とし、強制的に光よりも速くこの場に取り寄せた。
謂わば魔術による、ワームホール現象である。
因みに今回はカレンデュラの食堂、アザレア在中の品々が被害を被った形である。
「さてと、結論から言うと………君はとても強い加護を受け取ってる状態だよ」
「あぁん?俺は籠なんて貰ってねぇぞ?」
「加護だよ、加護。君には馴染みのない代物かもしれないけど………この世界には魔術を他人に施して特殊な効果を付与すること、これを加護と呼んでるんだ」
「…RPGゲームとかに出て来る、強化みたいなもんか」
「ちな、どんな加護よ~?効果って言っても色々あるじゃ~ん?」
「ボクの見立てでは先ず、運動能力が自動的に補給されてる。通常の人間は食事や睡眠などで補うものだけど、その必要性が殆ど無くなってる」
「…何だか、ゾンビみてぇだな…」
「後は魔術全般に対する異様な耐性だ。コレがとにかく興味深いね。普通は魔術師じゃない身で対策もなしとなると、第一段階の魔術ですら防ぐことは不可能なんだけど…」
「…確かに俺は、バドラックの野郎の魔術もあんまり効いてなかったなぁ」
「そうだろうね、さっきもボクの魔術に凄い反発が出来ていた………恐らく第二段階の魔術師でも、今のヒライリュウ君を傷付けるのは簡単じゃない筈だよ」
「凄ーい、つよつよじゃ~ん。誰から加護ったか知んないけど~、ヒライっちってばメチャ得したね~?」
「いやー、それはどうだろうねー?」
「は~?何よ~、何が言いたい訳~?」
「魔術への全般耐性………つまりこれは魔術による障害だけでなく、恩恵も受け付けないという可能性が高いんだ」
「…回りくどいなぁ。具体的にはどうなるんだよ?」
「例えば、君に魔術で回復や強化を施そうとしても効果が出ない。下手すると、効果を反射しちゃうまである」
「え~マジ~?どれどれ~?」
「はっ?おいこら…!?」
ミストレイは早速と言わんばかりに、龍に向かって魔術を発動する。
魔術は第二段階に相当する、雷属性魔術による筋力強化を目論んでいる。
要するに対象となった相手を、筋肉盛り盛りマッチョマンに仕立て上げる代物だ。
しかし実際の所、龍の身体に変化は起こらない。
一方でミストレイの身体は、龍と遜色ない図体にまで変化した。
そして当然ながらその変化に服装のサイズが見合ってないので、白衣以外が悲痛な音を立てながら破ける事態となった
「はい、ご苦労様ー。お陰で良い情報が取れたよー、ミストレーイ」
「ちょちょちょ~!み、見ないでってばバカ~!」
「いや、自業自得だろうが………言ーか、どんだけ筋肉が好きなんだよアンタは…」
「ま、彼女の性癖なんて放って置こうじゃない。それよりもヒライリュウ君、ボクは君の意見が聞きたいなー………医術に関わる者として、ね」
「あん?改まって何だよ?」
「うん、単純にね。このままこの加護を受け入れて放置するのか、それとも拒絶して治療を試みるのかなんだけど…」
「…話が視えねぇな。俺としちゃあ、そもそもこの加護を拒絶する意味が解らねぇんだが?」
「本当にそうかな?君はこれからも、就寝や食事が要らない生活が続くんだよ。幾ら加護のお陰で問題ないからと言って、何も対策しておかないのは気持ちよくないんじゃない?」
「…いや、別に?」
「…いやー、当人もうちょっと危機感を持ってー?後々にこの加護でどんな副作用が起こるのかーとか、そもそも加護が何時まで続くんだーとか、もうちょっと自分の未来を考えよー?」
「けっ、アンタなんかに言われる筋合いはねぇよ。このサイコ野郎が」
「そんなに冷たくしないで、ボクだって患者にはちゃんと向き合う。少なくとも君を、普通の人間の状態には戻してあげられると思う」
「…それでも要らねぇよ。医者としてのアンタを信じないとまでは言わねぇが………どの道、この世界で普通のままじゃ居られねぇんだからな」
「…良いのかい?正直言って、此処まで振り切ってる加護なんてもう呪縛の類だ。もしかしたら君の一生は、この加護に振り回され続ける事になるのかもしれないよ?」
「それがどうした。加護だろうと呪縛だろうと、何でも使い切ってやるよ。それで喧嘩が出来るってんなら、なぁ…」
「…成程、ねー。総帥が気に入る訳だよ、君…」
「…話は終わりか?なら、俺はもう行くぜ。夜はだるい仕事があるんでな」
「うん。くれぐれも、お大事にね…」
立ち去る龍の姿を見つめるノエルは、何処か憐れみを帯びていた。
その後は龍のカルテを整理し、魔術で大量に複製。
更にその複製を、魔術で一斉に転送。
これにより龍の状態は彼の部下である第六部隊の面々、及び上司である総帥ドルガーへと届く。
一方のミストレイは龍が居なくなるや、平静を取り戻して自身に跳ね返った魔術の効果を解除。
そして図体と衣服を復元し、ノエルの背後からカルテを覗き込んだ。
「…ねぇ~、ノエルっち~………コレがマジならさ~、ヒライっちってばもう~…」
「野暮だよー、言葉にするのは。少なくともボクは、患者の意思は尊重したい。君も推しなら、そうしたら?」
「…そっか~。ま、そうだよね~…」
ミストレイは難色を示しながらも、医療室の窓からフワフワと浮遊しながら退出した。
同じくノエルも龍のカルテを持ちながら、パチンと指を鳴らして姿を消した。
その後は医療室を使う者は現れず、長い静寂が訪れる。
やがて日も落ちて行き、フィーリア王国もまた静かな夜を迎えるのだった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




