表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルター・ワールド  ~三画TRAVEL~  作者: 一夜一海
龍編・第二章
25/46

第七幕・加護と呪縛

「うふふ、時間通りだねヒライリュウ君。偉いよー、とっても偉い」


「…アンタがそうか。なんつーか………随分な見た目してんなぁ」


「おやー、何処か変かなー?これでも身だしなみには気を使っているんだけどー…」


 ウンデュラタの医療室では、龍よりも先客が来ていた。

 その姿は、一見して普通の少年である。

 身長は150半ば、少し丸みのある穏やかな容姿。

 髪はショートヘアーで、左右が白と黒のツートンカラー。

 服装はブラウスと半ズボンを基本とし、ネクタイを装着しながらフード付きのハーフ・コートを羽織る。

 その上で特徴的なのが、彼の耳である。

 まるで犬の様なピンと張った耳が、彼の頭上から生えているのだ。

 しかし当人はその点に触れる事は無く、龍の指摘に対して衣服にばかり気にしている。


「…一応聞くがよ、その耳は洒落で付けてるんじゃねぇんだよな?」


「勿論だよ。生まれた時からボクの身体の一部さー」


「そうかい………まぁ、カレンデュラには角が生えてる奴もいるんだ。今更驚きやしねぇけどよぉ」


「角という事は、君は鬼人族は知っているんだね。でもどうやら、ボク達獣人族は始めてかな?」


「獣人族、と来たか。やっぱそりゃあ、鬼人族ってのとは違うのかよ?」


「そうだね、一緒にすると怒る人も居ると思うよ。でも異世界から来た君にとっては、そんなに大したことではないのかもしれないね」


「…そうでもねぇさ。もしアンタと喧嘩になった時を考えれば、その特徴が解ってるのに越したことはねぇだろ?」


「おやおや、もしかしてボクは嫌われてるのかい?ボクは君の健康診断をしに来ただけなんだけど…」


「別に………だが、アンタも相当に強いんだろ。カレンデュラ第六部隊長さんよぉ?」


「うふふ、出来れば名前で呼んで欲しいかな。ボクはノエル・ミアキス………以後、宜しくねヒライリュウ君?」


 カレンデュラ第六部隊長、ノエル・ミアキスは屈託のない笑顔で握手を求める。

 対する龍は溜め息を一つ吐いたものの、素直に握手を返した。

 その後は改めて龍の健康診断が始まる。

 先ずは問診、龍の状況が整理される。

 続いて触診、龍の肉体が調査される。

 そして随時ノエルが内容を纏め、カルテに記していく。

 その様子は現代の医療現場と何ら遜色はなかった。


「いやー凄いねー、凄いよー。全くもって健康そのもの。頑丈に生んでくれたご両親に感謝だねー」


「…そりゃあどうも。で、もう終わりで良いのか?」


「そうだねー、健康診断は終わりだよー。此処からは………()()の時間だ」


「っ…!」


 龍は反射的に立ち上がって身構えた。

 背中越しでカルテを整えていたノエルの声色に、異様を感じたからだ。

 しかしその直後、龍はその場から動けなくなる。

 宛ら自身の数倍は重量のある力士に、背後から圧し掛かられたかのような負荷だ。

 その上で三白眼の瞳は目の当たりにする。

 口元を三日月の様に歪め、豹変した少年の姿を。


「…何の、つもりだっ………クソガキぃ!」


「凄いねー、喋れるんだ。第二段階相当でこれなら、()()はかなりのものだよ。これならもっと負荷を強くしても大丈夫そうだねー?」


「テメェ………イカレ、てんのかっ!」


「いやー、平常運転だよ。ボクは医術の発展の為なら、何でもヤるのが信条だからさー」


「ふっ、ざけんなっ…!」


「ああ安心して、殺したりはしないよ。ただほんの少し、痛くするだけさ」


 その宣言は、まるで悪魔が囁きかけているかの様だった。

 そして直後には、龍に対する負荷が倍増する。

 普通の人間なら、この時点で卒倒しているだろう。

 しかし龍は歯を食いしばって耐えた。

 決してノエルの期待に応えている訳ではない。

 ()()()()()()()()()()()()という想いが、意識の手放し(ブラックアウト)を拒絶していた。


「よし、それじゃあ次は薬物に対する反応でも見てみようかー。君の為に、色々と用意して…」


「はい逮捕~。舌なめずりしてんなよ~、この性悪獣人が~」


「…ミスト、姐!?」


 突然だった。

 ウンデュラタ内の医療室へ、龍とノエル以外にもう一人が姿を現した。

 それは他でもないカレンデュラ第九部隊長、ミストレイ・ル・フェルメール。

 相変わらず背中が大きく開いている桃色のセーターの上から、わざわざ袖が余る白衣を着ている。

 ただし以前とは違い、ボトムスとして桃色のペンシルスカートを着用していた。


「おやー、驚いたな。君が真昼間から資料室から出て来るなんて、どういう風の吹き回し?」


「第六部隊がヒライっちの健康診断やる~って聞いたからさ~………どうせロクでもない事になるって、思った訳~」


「失敬だなー、ボクや部下達は何時だって医術の発展の為に動いてるんだよ。だから、何時もの気紛れなんかで邪魔をしないでくれる?」


「いやそれこっちの台詞なんだよね~………あ~しの()()に手ぇ出しといて、無事(ただ)で済むと思うなよ~?」


 基本的に気怠い印象のミストレイが、一転して鋭い顔色へと変わる。

 更に彼女の周囲が、空間が異様な歪曲を見せる。

 実は歪曲(これ)こそ彼女が魔術師たる所以(ゆえん)

 五大の一つである土属性の、第三段階・発展(サードステージ)による芸当。

 星が持つ重力さえ、思うままに歪曲収差(ディストーション)する。

 かつて龍の前で披露した際には、反重力を起こして浮遊する形だった。

 そして今回は自身を中心に、半径十メートルの強力な重力場を布いた。

 効果としては範囲内にいる物体の、脱出無効(ノーエスケープ)

 仮に人間がこの重力場から逃れようとしても、ミストレイから離れるほど凄まじい力で引き戻される仕様。

 謂わば今の彼女は、小さなブラックホールにも等しい。


「おやおやー、まさかカレンデュラの規律を破る気かい?そんなの総帥が黙っちゃいないよー?」


「え~?まだあ~し、()()()()()()()()っしょ~?」


「確かにねー。でも()()()()()()()()()()()()はしてるよねー?」


「バ~カ。私闘になるか決めんのは~、あ~しじゃなくてアンタ~。アンタがヒライっちを離したら~、何もなかった~で終わるよ~?」


「あれあれー、今度は脅迫かーい?カレンデュラの隊長が、そんな野蛮で良いのかなー?」


「うっせ~、アンタも同格だろうが~。いっそのこと連帯責任にして~、一緒に()()()()か~?」


「お、おいっ………何っ、言ってんだっ、ミスト姐っ!?」


「そう来るかー………ま、仕方ない。今回は大人しく引き下がるよー」


 ノエルはわざとらしくお手上げのポーズを取って見せる。

 同時に龍に対する魔術は解除され、ミストレイもまた魔術を収めた。

 しかしノエルの研究はまだ終わった訳ではなかった。

 龍の身に起きている謎の不眠症など、見過ごせない要素が幾つかあるからだ。

 ただしミストレイの監視がある為、強引な手段にはならない。

 それでも様々な着手(アプローチ)を行う事で、龍の実態に向けて差し迫って行く。

 そしてその間に時刻は夕方を迎えようとしていた。


「いや~………ヒライっちてばホント、イイ身体してるわ~。あ~し的にはもうちょい、ここら辺の筋肉がゴツゴツしててもイイんだけど~」


「…いや、さっきから近ぇよミスト姐。あとべたべた触るなっつーの」


「なんでさ~、ノエルっちにはいっぱい触らしてんだから~、あ~しもちょっとくらいイ~じゃん」


「ちょっとじゃねぇから文句言ってんだろうが、ったく………おい第六部隊長さんよぉ、まだ掛かるのかぁ?」


「うーん、正統な手順で出来る事は全部やったかなー。ボクとしては不満だけどねー」


「はっ、俺はアンタを殴れねぇことが不満だぜ」


「んで~、結局どうよ~。あ~しもヒライっちのこと、詳しく知りたいんだけど~?」


「良いよー。でも長くなるから、休憩しながら話そっかー」


 言いながらノエルはパチンと指を鳴らす。

 すると医療室の空きスペースに、円いテーブルが出現した。

 更にそのテーブルには温かい飲料と香ばしいお菓子が並んでいる。

 これは五大の一つである雷属性、第三段階・発展(サードステージ)による芸当。

 遠くに存在する物体を対象とし、強制的に光よりも速くこの場に取り寄せた。

 謂わば魔術による、ワームホール現象である。

 因みに今回はカレンデュラの食堂、アザレア在中の品々が被害を被った形である。


「さてと、結論から言うと………君はとても強い加護を受け取ってる状態だよ」


「あぁん?俺は籠なんて貰ってねぇぞ?」


「加護だよ、加護。君には馴染みのない代物かもしれないけど………この世界には魔術を他人に施して特殊な効果を付与すること、これを加護と呼んでるんだ」


「…RPGゲームとかに出て来る、強化(バフ)みたいなもんか」


「ちな、どんな加護よ~?効果って言っても色々あるじゃ~ん?」


「ボクの見立てでは先ず、運動能力(スタミナ)が自動的に補給されてる。通常の人間は食事や睡眠などで補うものだけど、その必要性が殆ど無くなってる」


「…何だか、ゾンビみてぇだな…」


「後は魔術全般に対する異様な耐性だ。コレがとにかく興味深いね。普通は魔術師じゃない身で対策もなしとなると、第一段階の魔術ですら防ぐことは不可能なんだけど…」


「…確かに俺は、バドラックの野郎の魔術もあんまり効いてなかったなぁ」


「そうだろうね、さっきもボクの魔術に凄い反発が出来ていた………恐らく第二段階の魔術師でも、今のヒライリュウ君を傷付けるのは簡単じゃない筈だよ」


「凄ーい、つよつよじゃ~ん。誰から加護ったか知んないけど~、ヒライっちってばメチャ得したね~?」


「いやー、それはどうだろうねー?」


「は~?何よ~、何が言いたい訳~?」


「魔術への全般耐性………つまりこれは魔術による障害だけでなく、恩恵も受け付けないという可能性が高いんだ」


「…回りくどいなぁ。具体的にはどうなるんだよ?」


「例えば、君に魔術で回復や強化を施そうとしても効果が出ない。下手すると、効果を反射しちゃうまである」


「え~マジ~?どれどれ~?」


「はっ?おいこら…!?」


 ミストレイは早速と言わんばかりに、龍に向かって魔術を発動する。

 魔術(これ)は第二段階に相当する、雷属性魔術による筋力強化を目論んでいる。

 要するに対象となった相手を、筋肉盛り盛りマッチョマンに仕立て上げる代物だ。

 しかし実際の所、龍の身体に変化は起こらない。

 一方でミストレイの身体は、龍と遜色ない図体にまで変化した。

 そして当然ながらその変化に服装のサイズが見合ってないので、白衣以外が悲痛な音を立てながら破ける事態となった


「はい、ご苦労様ー。お陰で良い情報が取れたよー、ミストレーイ」


「ちょちょちょ~!み、見ないでってばバカ~!」


「いや、自業自得だろうが………()ーか、どんだけ筋肉が好きなんだよアンタは…」


「ま、彼女の性癖なんて放って置こうじゃない。それよりもヒライリュウ君、ボクは君の意見が聞きたいなー………医術に関わる者として、ね」


「あん?改まって何だよ?」


「うん、単純にね。このままこの加護を受け入れて放置するのか、それとも拒絶して治療を試みるのかなんだけど…」


「…話が視えねぇな。俺としちゃあ、そもそもこの加護を拒絶する意味が解らねぇんだが?」


「本当にそうかな?君はこれからも、就寝や食事が要らない生活が続くんだよ。幾ら加護のお陰で問題ないからと言って、何も対策しておかないのは気持ちよくないんじゃない?」


「…いや、別に?」


「…いやー、当人もうちょっと危機感を持ってー?後々にこの加護でどんな副作用が起こるのかーとか、そもそも加護が何時まで続くんだーとか、もうちょっと自分の未来を考えよー?」


「けっ、アンタなんかに言われる筋合いはねぇよ。このサイコ野郎が」


「そんなに冷たくしないで、ボクだって患者にはちゃんと向き合う。少なくとも君を、()()()()()の状態には戻してあげられると思う」


「…それでも要らねぇよ。医者としてのアンタを信じないとまでは言わねぇが………どの道、この世界で普通のままじゃ居られねぇんだからな」


「…良いのかい?正直言って、此処まで振り切ってる加護なんてもう()()の類だ。もしかしたら君の一生は、この加護に振り回され続ける事になるのかもしれないよ?」


「それがどうした。加護だろうと呪縛だろうと、何でも使い切ってやるよ。それで喧嘩が出来るってんなら、なぁ…」


「…成程、ねー。総帥が気に入る訳だよ、君…」


「…話は終わりか?なら、俺はもう行くぜ。夜はだるい仕事があるんでな」


「うん。くれぐれも、お大事にね…」


 立ち去る龍の姿を見つめるノエルは、何処か憐れみを帯びていた。

 その後は龍のカルテを整理し、魔術で大量に複製。

 更にその複製を、魔術で一斉に転送。

 これにより龍の状態は彼の部下である第六部隊の面々、及び上司である総帥ドルガーへと届く。

 一方のミストレイは龍が居なくなるや、平静を取り戻して自身に跳ね返った魔術の効果を解除。

 そして図体と衣服を復元し、ノエルの背後からカルテを覗き込んだ。


「…ねぇ~、ノエルっち~………コレがマジならさ~、ヒライっちってばもう~…」


「野暮だよー、言葉にするのは。少なくともボクは、患者(かれ)の意思は尊重したい。君も推しなら、そうしたら?」


「…そっか~。ま、そうだよね~…」


 ミストレイは難色を示しながらも、医療室の窓からフワフワと浮遊しながら退出した。

 同じくノエルも龍のカルテを持ちながら、パチンと指を鳴らして姿を消した。

 その後は医療室を使う者は現れず、長い静寂が訪れる。

 やがて日も落ちて行き、フィーリア王国もまた静かな夜を迎えるのだった。

此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>




拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。




良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ