第十幕・楔
「ふぁっくしょおぉい!」
「うひゃっ………んもうー、リュウさんったら。くしゃみするならせめて、手で押さえてくださいよー」
「あー………すまねぇ、何だか急に悪寒がしたもんだからよぉ」
「汚らわしいこと………何処までも下品な犯罪者ですわね、貴方は」
「けっ、お上品も度が過ぎると煙たくて仕方ねぇよなぁ」
「…何ですのぉ!?」
「何だこらぁ!?」
「お、おいぃ………おまん等よぉ?」
「あれ、どうかしましたゴーレスさん。何だか震えてますけど…」
「何だぁ、お前も寒いのかデカブツ。まぁ夜中に外でそんな格好してたら当然だがよぉ」
「そういうんじゃ、ないんだべ………あらぁ………あらぁ、何だべ?」
ゴーレスは唇を震わせながら、とある一点を指さした。
残る三人も従い、視線を同じくする。
其処はグリュン砦の上空。
星々の光に照らされた、当たり前な筈の光景。
ただ一つ違和感があるとすれば、無数の線から成る網。
宛ら遺跡全体を覆うかのような、巨大な蜘蛛の巣。
そして巣の中央には、たった一つの人影。
燕尾服を纏い、不敵に笑う白面。
隠れる気など毛頭ない、露骨な高笑い。
その正体を問うのは、最早意味がないだろう。
少なくとも砦付近を警戒していた正規員達は、一斉に標的を同じくしていた。
「ふほほほほーっ。温いっ、なんと温いのであるか凡俗共っ。これでは却って血行が悪くなるという物であーる!」
空中で平然と多数を相手にするその姿は、宛ら指揮者だった。
数々の楽器隊に向かって、的確な指示を出し続ける合奏の指揮者。
目まぐるしいその動きは一辺の淀みがなく、一切の躊躇いもない。
題目を付けるとしたら、ソレは自由に奏でられる狂詩曲。
ただ笑い、ただ見下し、ただ殺す、バドラック・マージが為の叙事。
対する正規員達も、決して落ち度はなかった。
其々が得意とする第二段階の魔術を行使し、全力を持って立ち向かった。
それでもたった一人の犯罪者に手が届く事はない。
やがて一人、また一人と無念を残して倒れ逝く。
「っ………逃げなさいっ、貴方達!」
先程まで三班を預かっていた女性の正規員が、必死の形相で叫んだ。
そしてそれが彼女の最後の言葉だった。
無数の鋼線は彼女の防御魔術を貫通し、その四肢を無残に散らす。
同時に此度の狂詩曲はフィナーレを迎えた。
後に残ったのは絶頂を迎えた指揮者と、訓練生の四人だけとなる。
其処からは感想の時間。
言葉によるモノではなく、視線による四つの訴え。
一つ目は、冷嬢の通称にあるまじき剥き出しの憤怒。
二つ目は、一番の巨体も形無しとなる止まらない恐怖。
三つ目は、幼気な容貌からは想像し難い確かな嫌悪。
そして四つ目は、渦中とは思えない全くの退屈。
まるで子供が興味のない玩具を与えられ、不貞腐れているかの様だった。
「ふほほ、何やら野鳥共の囀りが聞こえるであるが………吾輩は寛大なれば、笑顔で見送るのである」
バドラックは踵を返し、グリュン砦の内に姿を消す。
彼の視界には、確かに訓練生四人の姿は映っていた。
しかし彼の興味はカレンデュラが誇る第一部隊長にだけ向いている。
四人を放置するという判断は、当然の帰結だった。
ただし気位の高いアールシティだけは、これを侮辱として受け取った。
そして怒りに任せた独断行動を起こそうとして、背後からゴーレスに抑えられた。
こうなると二人の間にある圧倒的な体格差は覆らない。
後にはひたすら罵倒を浴びせるアールシティと、適当に聞き流すゴーレスの構図が出来上がった。
その一方で、ミュウは通信機を使ってカレンデュラ本部に連絡を取る。
内容は選りすぐりである第一部隊の、予期せぬ壊滅。
また第一部隊長当人も行方不明と言う、由々しき事態。
現状の全てを包み隠すことなく、自身に与えられている役割を全うする。
最後に正規員を数十人追加する程度では足りないと、通話相手に意見を添えた。
「…んで、どうすんだこれから。一応、逃げろとは言われたがよぉ?」
「…とりあえず、本部は援軍を承諾してくれました。恐らく、本部在中の第九部隊長と第十部隊長が動いてくれると思います」
「ミスト姐さんとガリガリ先公か。なら後はどうにでもなりそうだな」
「んがが、そうだべアールシティ。あんの御二方ぁが来るってぇなら、俺っち達の出番なんちゃあないだべ」
「…一つ、聞かせなさいなハウゼン。本部からの我々に対する指示はどうなっていますの?」
「…ありません。ワタシ達訓練生に対する言及は、何もありませんでした」
「何だそりゃ、好きにしろって事かよ。随分と無責任じゃねぇか、カレンデュラ?」
「…うふふ、当然ですわね。カレンデュラは絶対の実力主義。訓練生もまた、その資質を常に問われているのですもの」
「うっ………うぎゃあ!?」
突如としてゴーレスが悲鳴を上げた。
その原因は彼が抑え込んでいるアールシティに有る。
彼女は先程までと打って変わって平静を取り戻すや、自身の魔術を発動したのだ。
ソレは身も凍る様な冷気を、全身に纏わせる。
更に氷の様に冷たく尖った爪と、小さな雪の結晶が散りばめられた専用衣装を形成する。
分類は水属性魔術、第二段階・発揮。
攻撃と防御、何れの方面でも高水準。
彼女がカレンデュラにおいて、正規員候補筆頭として挙げられる最大の理由である。
「貴方達は引っ込んでいなさいな。ワタクシ一人で片を付けて差し上げます」
宛ら氷の女帝を思わせるその艶姿は、説得力の塊だった。
先程まで単独行動を止めに入ったゴーレスも、頻りに首を縦に振る。
また魔術を扱えない龍も、お手上げのポーズだ。
しかしただ一人ミュウだけは違った。
彼女だけはグリュン砦に向かおうとするアールシティの前に、堂々と立ち塞がって見せた。
「何のつもりですの、ハウゼン。貴女の出る幕じゃありませんわよ」
「それは此方の台詞ですよー。貴女の強さと気高さは良く理解してますけど、今回ばかりは自重してくださーい」
「…不愉快ですわ。貴女如き劣等生が、ワタクシの何を理解していると言うんですの?」
「少なくとも、犠牲になる気満々だって事は解りますよ。貴女ほどの魔術師が、バドラック・マージの実力を見極めらない訳ないですもんね?」
「…どの道、楔役が必要ですのよ。此処で件の罪人を取り逃がすとあっては、カレンデュラの沽券に関わりますわ」
「ソコは全くの同意見です。だからこの場は、ワタシに任せてもらえませんか?」
「…ふざけないで下さるっ。この期に及んで、貴女如き劣等生に何が出来ると!?」
「うおっ」「だべっ」
女性陣二人がやり取りする最中、外野の男性陣が素っ頓狂な声を上げる。
予めミュウが制服の袖口に秘匿していた、ギミックの発動を目の当たりにしたのだ。
ソレは断トツの劣等生にも許される、単純明快な攻撃手段。
即ち小型のシングルアクション拳銃、現代ならばデリンジャーと呼称される一品だ。
因みに彼女のソレは上下二連の中折式で、最大二発の装填を可能としている。
ただしその短筒から放たれるのは単なる鉛玉ではない。
物理的な貫通力を捨て、対象の防御魔術を突破する事に特化した衝撃弾となっている。
「これが、ワタシに出来る事です。納得してもらえましたか?」
ギミックの発動後、ミュウは迷いなくトリガーを引いた。
自ずと弾丸はアールシティに向け、真っすぐに突き進んだ。
その性質上、専用衣装の防御性能は当てにならない。
また完全な不意打ちだった為、アールシティは回避行動が取れない。
しかし今回はミュウが意図的に外していたので、専用衣装の一部が吹き飛ぶだけで終わった。
同時にミュウが本気で当てに行っていたなら、大きなダメージは免れなかった事を証明した。
「ひゅー、格好良いじゃねぇか。まるでスパイもののドラマに出て来る奴だぜ、ミュウちゃんよぉ」
「えへへー、良いでしょー。今回はドルガーさんにも許可を得たんで、遠慮なしに撃てますからねー」
「…下らないっ。そんな玩具が、件の罪人に通用するとでも思っているんですの?」
「あはは、別にコレは通用しなくたっていいんですよ。要は援軍が来るまで対象を釘付けにすること、それがワタシ達の勝利条件な訳です」
「…くははっ、成程な。確かに足止めしようってだけなら、必ずしも戦う必要はねぇか」
「流石はリュウさーん、話が早くて助かります。と言う訳で………戦うしか能のないアールシティさんは、引っ込んでてくださいよ」
普段と打って変わって、ミュウの語気が冷たくなる。
説得力と言う点ならば、アールシティとも遜色がない。
しかし肝心のアールシティは納得しなかった。
更には身が震えるほどの憤怒を伴い、持てる最大級の魔術を発動しようとする。
ただし意識が前にしか向いていなかったので、迫る背後の一撃に気付けなかった。
「…アレだべ。やっぱここぁ、ハウゼンを支持しとくんだべ。オレっちも、戦うしか能がないだべな」
ソレは正しく世界最強を謳う鬼人族の本領。
例え魔術の才気に乏しくとも、武術のみで同等の威力に辿り着く。
元よりゴーレスが本気と言うなら、実力的にアールシティも平気ではいられない。
それが不意を打たれたとあっては、専用衣装を纏っていようと意識を保てる道理はなかった。
「お手数をお掛けします、ゴーレスさん。序でで悪いんですけど、アールシティさんの事はお任せしますね」
「任せとけだべ。ただぁ、砦内は奴さんの巣窟だべよ。迂闊に近付きゃあ、一気に殺されるかもだべ?」
「んーと、多分大丈夫ですよー。本当に話す余地がない様な人なら、ワタシ達はこうして無事に話してられませんから」
「俺もそう思うぜ。案外、お邪魔しますって挨拶して行きゃあ普通に許してくれるかもよ?」
「いいですねぇソレ、採用します。それじゃあお二人は此処で待機しててくださいねー」
「おいおい待て待て、大事なものを忘れてるぜミュウちゃんよぉ」
「…忘れ物、ですか?」
龍の言葉を受けたミュウは、先ず拳銃の弾数装填を確認する。
また袖口に秘匿しているギミックが、ちゃんと発動するかも確認する。
その他にも指摘された忘れ物らしきを探すのだが、一向に見付けられない。
そんな様子を見ていた龍はすっかり呆れ顔だった。
そして間も無く自身の制服の内を探り、長さが均一になっている三本の棒を取り出す。
ソレは龍が今回の任務を受ける上で支給された品。
現代の三節混とはまた違った連結を施す事で、振り回すに丁度いい一本の棍棒へと早変わりする。
性質もこの世界特有の金属で出来ており、単純な打撃武器として高い機能を持っている。
反面、非常に重量があるので一般人が扱うには苦労する。
ましてや小柄なミュウには、持っているだけでも大変な代物である。
だからこそ龍が言わんとする大事なものが、本当は何であるかを悟らせるには十分だった。
「…あのー、もしかしてリュウさんも一緒に行くつもりなんですか?」
「何だよ、別に問題はねぇだろ。俺は戦うしか能がねぇなんて、言うつもりはねぇぜ?」
「でもリュウさんってば、ついさっきまでは全然やる気がなさそうでしたけど…」
「そりゃあ魔術師が相手なら、今の俺じゃ喧嘩にもならねぇからよ。ましてやあの女隊長を差し置く様なやべぇ奴なら、猶更だ」
「…それなら、どうして行くんですか。何だかんだ言って、レイラさんのことが心配なんですか?」
「バーカ、誰があの女隊長の心配なんてするかってんだよ。するだけ無駄だろうが」
「…じゃあ、どうして?」
「そりゃあお前が、やべぇ奴の根城に行こうってんだぜ。危険と解ってて、黙って見送る理由が何処にある?」
「ふ、ふーん………何だか大袈裟ですねー。でもまー、そこまで言うんならー、別に付いてきても良いですけどねー?」
「んがっがががっ、なんか顔が紅いだべなハウゼン。風邪でも引いたべ?」
「何でもないですーっ、気のせいですーっ。ほらー、さっさと付いてきてくださいよリュウさーん!」
「くははははっ。良いぜ、そうこなくっちゃなぁっ!」
青年と少女は自ずと足並みを揃える。
片や上機嫌で、片や上気して。
しかしグリュン砦の入り口にまで差し掛かると、二人の顔色は等しく切り替わる。
その後は其々の流儀で、また大きな声で他所様の家に上がる様な挨拶を行った。
ソレが実際に届いていたかは、結局誰にも解らない。
ただ二人がグリュン砦の探索を始めても、無数の鋼線が襲い掛かる様な事態にはならなかった。
やがて二人はグリュン砦の指令室に空いている穴と、其処から先に続く地下空間を発見する。
そして無数の蝋燭が灯された、聖堂を思わせる場所へも無事に辿り着くのだった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




