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アルター・ワールド  ~三画TRAVEL~  作者: 一夜一海
龍編・第一章
14/46

第九幕・バドラック・マージ

「…レイラさん、本当に一人で大丈夫でしょうか。何だか心配です…」


「ふんっ、相変わらず根暗なことっ。レイラ様が卑しき罪人如きに後れを取るとでも思っているんですの?」


「…アールシティさんだって、何だか苛々してるじゃないですかー。本当は心配してるんでしょー?」


「う、煩いですわねっ。ワタクシはレイラ様の判断を信じて待つのみですのよ!」


「んだども正規員の人達さぁ、()()になってたんだべ。あっね奴さぁ相手に、一人はやっぱあっぶねぇんだべ」


「…余計な心配してんじゃねぇよ。そもそも俺達が居た所で、邪魔にしかならねぇだろ」


「それはまぁ、訓練生のワタシ達が出る幕はないみたいですけどー………でも正規員の人達を置いてくのは、幾ら何でも独断専行が過ぎるかなって思うんですよー」


「くっははははっ。随分とまぁお優しいな、ミュウちゃんよぉ?」


「むむっ、どういう意味ですかそれー?」


「もっとはっきり、皆に聞こえるよう言ってやれってんだよ。正規員(おまえら)訓練生(おれたち)と同じだ。あの女隊長にとっちゃどっちも同じ………単なるお荷物にしかなってねぇんだってよ」


「…そんな、ことは…」


 ミュウは否定しようとして、そのまま言葉を飲み込んだ。

 同じくアールシティーとゴーレスも、不満気ながら異見は挟まない。

 実際に龍の言葉は、カレンデュラに所属する上で誰もが思い知る事実だった。

 そもそも訓練生から正規員までの道のりは、努力次第で十分に辿り着ける。

 実力主義であるカレンデュラの訓練生にスカウトされること、即ち正規員に成れる才能を見出されているも同然なのだ。

 しかし正規員から部隊長を冠する為には、決して越えられない壁が存在する。


 ソレは五大属性魔術における、段階(ステージ)の違い。

 

 もし魔術師同士が単純に戦闘する場合、属性よりも段階の違いが勝敗に大きく関わる。

 特に第三段階(サード)ともなれば、多くの魔術師にとって異次元の領域に等しい。

 その格差は現代における、ボクシングの階級差よりも残酷だ。

 そしてカレンデュラが誇る十人の隊長は、漏れなく第三段階(サード)へと到達している。

 即ちカレンデュラ所属の正規員全員が総力を結集したとして、部隊長の一角にすら及ばないのだ。


「まぁ、俺達はのんびりしてようぜ。どの道あの女隊長で敵わないってんなら、それこそクソジジイを呼んでこなきゃだからよぉ」


 龍はへらへらと笑いながら、砦の方向から背を向けて寛ぐ。

 残る三人は思うところはあったが、あくまで役割に徹する。

 これは四人のやり取りが聞こえていた、正規員達一同も同じ考えだった。


 一方その頃、レイラはグリュン砦の指令室だった場所へと赴いていた。

 其処で瞳を閉じながら神経を集中させると、彼女が得意とする風属性魔術を発動する。

 当然ながらソレは、彼女が第三段階(サード)へと至っている証。

 もし力任せに()()させたなら、都市一つを容易く崩壊へと追いやるだろう。

 

 今回の場合はしっかりと()()させており、探知魔術の一種として使用した。

 正しい地形を大気の流れから把握、生命反応を呼吸の有無で伺う。

 その上で暫くすると、レイラの視線は自身の足元へと向いた。


「…成程。蛮族の様に遺跡を荒そうとでもしなければ、基本的に辿り着けないという訳か」


 レイラは姿勢を落とすと、古くなっている指令室の床へ触れる。

 途端に指令室の床は、一陣の風と共に大きく刈り取られた。

 其処から下には広い空間が広がっており、最近になって人の手が加えられている事が明らかだった。

 対するレイラはそのまま地下へと足を向けると、探知魔術の効果に従って行動する。

 やがて無数の蝋燭が灯された、聖堂を思わせる場所へと辿り着いた。

 其処には蝋燭の灯が照らし出す、確かな人影がある。

 その姿はおよそ190cmの優男。

 出で立ちは燕尾服と黒いシルクハットが特徴的で、現代の英国紳士を思わせる。

 ただし顔立ちに関しては白塗りの化粧で判断が難しく、異様に輝く二つの緑眼だけが象徴的だった。


「これはこれは………ようこそ吾輩の帳へ。招待をした覚えはないのであるが………大いに歓迎するのである、見目麗しいお嬢さん」


「お嬢さんとは、照れくさいな。こちらこそお邪魔するよ、皮だけは真面な重罪人くん」


「ふほほ、どうやら名乗るまでも無さそうではあるが………初めまして、吾輩の名はバドラック・マージ。しがない探究者である」


「レイラ・ロードス。統制機関カレンデュラ第一部隊長………本部の指令により、君を拿捕しに来た」


「ふほほほほっ、恐ろしい恐ろしい………彼の有名な第一部隊長殿が、吾輩如き凡俗を追い求めるなどとは…」


「良くも抜け抜けと。既に数十人の女性を誘拐した上、手前の部下達への殺害容疑………言い逃れの余地があるとは思えないが?」


「はて。確かに吾輩、数々の女性との逢瀬を果たした記憶はあるものの………後はそう、幾らかの羽虫共を蹴散らした事は記憶に新しいのであるが…」


「…どうやら、問答は無用のようだ。即刻貴様を捕らえ、然るべき罪状を与えよう」


 凛とした宣言と同時に弦を伴わない合成弓が標的を見据える。

 かつて龍に向けて使用した時と相変わらず、通常なら矢の装填さえままならない。

 それでも皮手袋を填めた彼女の右手は、やはり存在しない筈の弦を引き絞った。


 対するバドラックは特に身構えず静観する。

 寧ろ両手を広げ、受け入れる様な態勢だ。

 しかしレイラに迷いはなく、引き絞る指先を離して鋭い一閃を放つ。

 ソレは大気をも震わす威力で、その上で姿形も見せぬまま容赦なくバドラックを襲った。


「ふほほっ………小手調べでこの威力、思わず背筋が凍るというものであるな」


 終始静観を決め込んでいたバドラックだったが、その様子に変わりはない。

 彼への影響は僅かな衣服の乱れと、シルクハットの位置が少しばかりズレた程度だった。

 実はバドラックの周囲には、既に特有の防御魔術が展開されていた。

 

 ソレは幾重にも連なる鋼線。

 一本一本はピアノ線程度の代物だが、現在は蜘蛛の巣の様な形を象っている。

 この緻密な防御魔術が、レイラの風属性を伴う攻撃魔術を相殺したのだった。


「…第二段階(セカンド)の地属性魔術か。気配遮断と言い、よく練度されている。只の犯罪者と済ませるには惜しいほどだよ」


「お褒めに預かり恐悦至極。では誉れ高き第一部隊長殿にも、遠慮なく味わって頂くのである!」


 バドラックの宣言と共に攻守は入れ替わった。

 彼の指先が乾いた音を立てるや、防御に回っていた無数の鋼線が一挙に攻撃へと転じる。

 その展開速度は勿論、襲い来る軌道も単なる人間では反応のしようがない。


 対するレイラはすかさず風属性魔術で自身の移動面を補助、そのまま回避を念頭とする。

 そうして僅かな間隙を探し出し、すかさず転じてバドラックに対し反撃の一矢を放つ。

 しかしバドラックにもまだ備えは有り、反撃を浴びる度に攻防の両方面で鋼線の数を増やす。

 自ずと地下の聖堂における安全圏は酷く狭まり、閉鎖された殺人領域へと化して行った。


 ただしバドラックには、未だ負傷と呼べる箇所はない。

 一方でレイラの方は時間経過と共に、鋼線を完全に回避しきれなかったツケが増え出した。

 欠点のない肉体と顔色には無数の切り傷が浮かび上がり、流血している個所も少なくない。

 その上でバドラックは更なる攻撃密度を増していく。

 表向きは余裕を持って、内心では舌なめずりをして。


「ふほっ?」


 ほんの一瞬だった。

 この戦いにおいて、初めてバドラックがレイラの姿を見失った。

 同時に激しい衝撃と爆音が両立する。

 ソレは現代で言うなら、単なる飛び蹴りに過ぎない。

 ただし速度と威力は、音を超えた領域の代物。

 風属性魔術、その第三段階(サード)に至る者の片鱗。

 少しでも侮る者は、天災を侮るも同義。

 そしてバドラックもまた、為す術無く地面に叩き付けられるのだった。


「…しまったな。この程度なら死にはしないと、高を括ったか」


 レイラは罰の悪い面持ちで、バドラックの有り様を見下ろす。

 既にバドラックは白目を剥いて口から泡を吹き、関節が曲がってはいけない方へと折り曲がっている。

 それでもレイラからすれば一応の生体反応が残っているので、魔術でしっかり拘束を掛けた。

 その一方で通信機を使い、外で待機しているであろう第一部隊のメンバーに連絡を試みる。

 しかしレイラの通信機は、何時になく不調だった。

 本来なら地下だからと言って、通信に問題は生じない。

 戦闘での故障なら、そもそも平常時の操作を受け付けない。

 故に可能性があるとしたら、それは第三者からの妨害に他ならない。

 そうしてその事実にレイラが思い至った瞬間、事態が急変する。


 突如として地面から飛び出した無数の鋼線が、レイラの四肢を拘束しに掛かった。

 僅かに反応が遅れたレイラは、宛ら首から下が包帯に巻かれたミイラの様な有り様となる。

 しかもその状態から抵抗しようにも、思うように力が入らない。

 この世界の魔術には攻撃や防御の他にも、対象の肉体や能力へ干渉する補助魔術も豊富に存在する。

 この時のレイラはまるで大地その物を相手にする様な、膨大な重力を感じていた。

 それでも抵抗を諦めはしなかったが、その最中に捕まえている筈のバドラックが何食わぬ顔で姿を見せるのだった。


「…驚いたな、確かに手応えがあった筈なんだが?」


「あれは吾輩が魔術で作り上げた疑似生命体………即ち身代わりである。流石の吾輩も彼の統制機関カレンデュラ第一部隊長殿と真っ向の勝負など、御免被るのであるからして」


「そうか、それは不覚だった。随分と付き合いが良いものだから、君にも一片の男気がある物かと思っていたよ」


「これは申し訳ないのである。しかしながら疑似とは言え、吾輩の分身を意図も容易く打ち破る使い手………穴に隠れて戦う吾輩の判断を、誰が卑怯と罵ろうというのである?」


「そうだな、君は正しかった。そして何より勝利した。後はこの首を取って、何処へなりと逃げ果せればいい」


「ふほほっ、これは異なことを。貴女ほどの実力者を手に掛けるほど、吾輩は愚鈍ではないのである」


「ほほう、ではこの期に及んで手前を見逃すと?」


「よもやよもや………吾輩は、貴女が欲しいのであるよ。貴女を手に入れれば、それこそ吾輩の邪魔者は居ない………彼の麗しき王女を手中にする日も、近いというものである」


「…やれやれ、戯言を。手前も、そしてルナ王女も、君の様な輩に手駒にされるほど愚かではない」


「それはどうであるかな、こう見えて吾輩は女性を口説くのが得意であるからして………貴女もこれまで通り、必ず口説き落として見せるのである」


「…好きにしたまえ。ただ絶好機にその様な緩手を打つようでは、どの道これから先を生き残れるとは思えないが」


「ふほほっ、その恰好で強がりとは存外に………くっ!?」


 バドラックは思わずその場から大きく飛びのいた。

 次の瞬間、バドラックの白面から紅い鮮血が飛沫を上げる。

 ソレは単なる吐息。

 口腔を発生源とした、微かな空気の流れ。

 しかし卓越した風属性魔術の使い手なら、それすらも真空の刃と化す。

 もしバドラックの反応が少しでも遅れていたら、確実に首から上が失われていた。

 そしてこの事実を、バドラックは我が身を持って思い知った。

 慌てて鋼線を操るや、レイラの視界を完全に塞ぐ。

 その上で更なる拘束を追加し、レイラの身体をうつ伏せになるように引き倒すのだった。


「…いやはや、失敬したのである。確かに貴女ほどの実力者、塞げるものは塞がねばならないであるな」


「そう言いつつも、口は塞がないのか。そうまでして、手前と話がしたいのかい?」


「ふほほっ、然りである。貴女は気付いていないかも知れないのであるが、貴女の美貌は彼の麗しき王女にも劣っていない………世界でも五指に入ろうというモノである」


「それは面映ゆいな………手前も、容姿を褒められて悪い気はしないよ。何分、異性に褒められた試しはないのでね」


「なんとっ、世の凡俗共は真に見る目がないのである。出来得るなら今すぐにでも其の凍て付いた心を解して差し上げたいが………今宵は少々、邪魔な虫が多いであるな」


「…何をするつもりだ?」


「決まりきったことである。外に屯する凡俗共が、下手な事を考えぬよう始末しておくのである」


「…手前を怒らせたいのなら、確かに正解ではあるな」


「ふほほっ!良い、実に良い激情であるなレイラ殿!いずれは貴女の全てを、覗かせて貰うのであるよ!」


 盛大な高笑いを残すや、バドラックの姿が立ち消える。

 一方のレイラは再び抵抗を試みるが、途端にこれまで以上の負荷が襲い掛かった。

 常人なら()っくに苦痛に耐えかね、生を手放しているだろう。

 しかもバドラックの拘束には、単なる動作だけでなく魔術の発動をも封じる効果が有る。

 これは無防備で受ければ、第三段階(サード)に至る者ですら例外とはならない。

 ()()された地属性魔術としては、特に上積みの領域と言える。


 その上でレイラは、薄れ行く意識の中で少しだけ哂った。

 其処にはバドラックへの賞賛がある。

 また残してきた第一部隊の者達への謝罪もある。

 そして本当に微かな、期待を込めている。

 その期待が誰に向けてかは、彼女にしか知り得ない。

 ただその誰かにとっては、本当の始まりである事だけは確かだった。

此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>




拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。




良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。

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