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第一幕・日常

最終的に長編となりますので、適度に分割してお送りします。

 青年は走っている。

 鬱蒼(うっそう)と茂る植林地帯を、ただひたすらに走り続けている。

 その後方からは鋼鉄の鎧兜(よろいかぶと)を纏った、西洋風の武装集団が迫っている。


 決して何かの企画に因る物や、一風変わった鬼ごっこが行われている訳ではない。

 片や明確な命の危険を感じて逃走する。

 片や命に代えても取り逃すまいと追走する。

 そんな殺伐とした双方の思惑は、何時しか植林地帯から視界の開けた場所へと躍り出た。

 其処には既に別の集団が待ち受けており、総じて弓矢を構え見事な隊列を整えている。


 ソレは謂わば走者を讃えるゴールラインに等しい。

 見事に一位で辿り着いた者を、決して濡れない雨で祝福するのだ。

 当然ながらその後に約束されるのは、人間ならば等しく死である。

 自ずと西洋風の武装集団の足は立て続けに停止した。

 一方の青年は僅かな逡巡の後に迂回を決断した。

 しかし誰かの凛とした号令を合図に、ゴールラインは自ら動き出したのである。

 そして気付けば青年の全身は、文字通り針鼠の様に成り果てていた。


「…ああ、()()()()はお前らの勝ちだ。だけどよぉ、これで御仕舞いなんて言わねぇよなぁ?」


 突然の激痛と理不尽を前にして、青年は揺るがなかった。

 寧ろ勇んで人生を引き換えとし、あらゆる柵を捨て去った。

 其処から先は自己の認識さえままならず、ひたすらにどす黒い感情を撒き散らして回る。

 しかしそんな暴走を、突如として強烈な物理衝撃が覚醒を促した。

 そして次の瞬間には椅子に腰かけたまま、学生机に向かって突っ伏しているのだった。

 実は最初から、謎の武装集団や濡れない雨は実体を伴っていない。

 全ては中高一貫制度を採用している、私立ライラック学園で垣間見ていた夢物語に過ぎなかったのだ。


 代わって顕わになったのは、腰まで届くポニーテールが特徴的な女性である。

 彼女の名前は寿々奈明日香(すずなあすか)、他でもない学園の生徒会長を務めている。

 その容姿に関しては端麗で凛々しく、制服姿も様になっている。

 また学業においても全国模試で常に最上位の偏差値を誇り、才色兼備の優等生として呼び声が高い。


 一方で夢から覚めたばかりの青年は、飛来龍(ひらいりゅう)という名前である。

 学園の生徒の中でも最高となる193cmの身長、筋骨隆々の体格が特徴だ。

 その上で制服は指定通り着用しておらず、胸元が開けていて酷く野暮ったい。

 特に尖る様なオールバックと吊り目から覗く鋭い三百眼からは、他を寄せ付けない威圧感を醸し出している。

 素行面に関しても目上に対して全く憚ることがない為、学園の歴史においても屈指の問題児という扱いだ。


 そんな正反対の二人だが、入学当初から些細な事で衝突を繰り返している。

 今となっては定番の夫婦漫才として、学園でも学年を問わず有名だ。

 高等部三年生として新学期を迎えたばかりのこの日も、そんな何気ない日常からスタートした。


「くあー、いってぇなおい。大事なシエスタを邪魔するとは、どういう了見だ生徒会長さんよぉ?」


「良くもぬけぬけと。新学期早々から遅刻に始まり、昼休みまで爆睡する体たらく。もう最終学年に入ったというのに、本当に貴方は懲りませんね」


「そりゃこっちのセリフだ。新学期早々、お決まりの様な説教を垂れてくれるんだからよぉ?」


「貴方が今からでも素行を改めるのなら、私とてそう口出しはしないのですが。いい加減、卒業に向けて真面目にしたらどうです」


「してるだろ、テスト前とかにはきっちりと山を張ってる。それでこの六年間、トップ10入りを逃したことがねぇのは誰かさんもよく知ってる筈だ」


「学業には内申点というものがあるんです。このままでは就職するにしても進学するにしても、貴方の余り有る非行は確実に足を引っ張りますよ」


「だったら生徒会長、お前が俺の専属家庭教師にでもなれば良い。こう寄り添って、しな垂れて、甘ーい声で囁いてくれたら俺も言う事を聞くかもよぉ?」


「自惚れないで下さい。私は曲がりなりにも全ての生徒の手本となるべき生徒会長、貴方一人の為に無駄な時間を割くほど暇ではありません」


「良いねぇ、その在り来たりなツンデレキャラ。流石は生徒会長、キャラ付けに関しても抜け目ない。まぁ俺的にはちょっとストライクゾーンから離れてるけどなぁ?」


「ふっ、ふふっ………本当に人の神経を逆撫でするのが上手ですね貴方は。まぁ出会った時から分かってはいましたけども?」


「いやぁ、照れる、ぜぇああああっ!?」


「くっ、これに反応するとは流石…」


「おまっ、いけしゃあしゃあと不意打ちかよっ!」


「生憎と私、無礼に対する礼儀は持ち合わせておりませんので!」


 自ら全ての生徒の手本となるべきと称する生徒会長は、早くも外聞をかなぐり捨てて腕力に訴える。

 普段は品行方正で通している彼女なのだが、実は一皮を剥けば全国でも名を馳せる極真空手家なのである。

 体格に関しても男子達と変わらない調子で成長し、現時点で身長170cm半ばと一般的な女子高校生の平均値を大きく上回る。


 一方の龍だが此方も腕力に訴えるなら負けてはいない。

 喧嘩の腕前は中等部の頃から有名で、過去には百名近くから成る暴走族グループをたった一人で叩き潰したという経歴を持っている。

 そんな二人がいざこうして争えば、宛ら教室を舞台にした格闘ゲームの様相だ。

 

 「うーわ、また始まったよ…」

 「はい、退いた退いたー。毎度おなじみ、痴話喧嘩よー」

 「飽きもせずよくやるよなー。飛来はともかく、素々奈もさー」


 二人のやり取りに対し、周囲の同級生達は巻き込まれないよう避難する。

 そして何時も通り、ほとぼりが冷めるまでは傍観の構えだ。

 しかしたった一人だけ、黒縁眼鏡を掛けたプラチナブロンドの青年だけは颯爽と二人の下へ向かった。

 その名は黒崎信(くろさきしん)という変哲のない物ながらも、学園はおろか世間においても知らぬ者の方が少ない。

 何故なら彼は母親が英国出身のハーフであり、弱冠十二歳にして彼の国の高名な大学を卒業したIQ200越えの持ち主である。

 わざわざ日本の私立学園へと入学したのは異文化交流の観点と、学園のOBにして語学を重んじる父親の希望だった。

 

 加えて日本のメディア関連がその恵まれた才能と境遇を見初め、早くから天才少年の枠として取り上げ出した。

 この折に流暢ながらも独特な偏りがある日本語が披露され、お茶の間から大きな反響を得る。

 程なく有名なドラマの子役としても抜擢され、以降も優れた演技力を発揮し続けた。

 そうして現在は中性的な容姿と艶のある声色の、歌って踊れるアイドルとしても世間に浸透しつつある。

 こうなると学園側も特待生として扱う他になく、その名声は既に教師達はおろか学園長でさえ頭が上がらない。

 ただし同じ生徒達の間では浮いており、特に男女でハッキリと評価が別れる傾向が強い。

 例外があるとすればこの特待生を前にしながら、今も平然と乱闘を続ける二人のみである。


「暫く、暫く。当方において此れなるは日常茶飯事なれども、やはり学園内における両人の蛮行を見過ごすべからず」


「おう相棒、良い所に来た。ちょっと加勢してくれ、そうしたら直ぐに終わる」


「良い所に、信。ちょっと手伝ってください、そうすれば直ぐですから」


「これはこれは光栄の極致………さりとて先ず我が友には反省を促したく(そうろう)。また姫君もその豪華絢爛なる技、披露する程の場面ではないと心得る」


「いいえ、今日と言う今日はこの男の性根を叩き直さねば。さもないと後に必ず世の災いとなりますので」


「待て待て、そもそも何で俺が悪者扱いなんだよ。俺はただ生徒会長さんに、正直なお願いをしただけなんだぜ?」


「我が友の悪しきは、即ち贅沢三昧。姫君こそは絶世の美女、此れを独占するなど以ての外なれば」


「何だよまさか嫉妬してるのか?心配すんなって、最初から俺はお前と一緒に生徒会長で筆下ろしするつもりだったからよぉ」


「生憎と当方は既に童貞を失っている故、我が友の表現は正しく非ず。然れども姫君の純潔を奪えるとあらば、これほどに股座(またぐら)がいきり立つ事も無し」


「…それで褒めてるつもりですか貴方は。毎度の事ながら、ふざけるのもいい加減にしなさい」


「これは心外、当方の姫君に対する思いの丈は明鏡止水が如し」


「俺も生徒会長の事は大好きだぜぇ。だからよぉ、そろそろ素直になっちまえよぉ?」


「ふっふふっ………そうですね、確かに私が間違っていました。では此処からは私も精一杯に努めますので、覚悟しなさいこの凸凹コンビ」


 明日香は軽く腰を落とすと、そのまま両の平手を胸と腹の前で重ねるように構えた。

 ソレは彼女特有の構えで、得意とする蹴り技を繰り出す前段階でもある。

 ふと見れば学生用スカートの下から覗くしなやかな生足も、今は名工の手で鍛え上げられた刃を遥かに凌ぐ威容を醸し出している。

 そして凍て付く様な声色と、怒りを通り越した破顔までもが添えられている。


 対する龍と信は互いに顔を見合わせた後、素早くその場から逃走した。

 すかさず明日香も怒号を発して追走し、文字通りの鬼ごっこが幕を開ける。

 廊下を走ってはならないという学園の不文律など、三人の前には意味を成さない。

 また途轍もない剣幕なので、学園の教職員達さえ臆して口出しが出来ない。

 最終的には進入禁止の屋上まで事態が縺れた末、三人分の腹の虫が休戦を告げるのだった。


 因みに私立であるライラック学園は、独自の方針で食堂を校外に設置している。

 土日の際は一般にも公開され、高等部のアルバイト先としても機能している。

 これは早くから生徒達に社会人としてのノウハウを培ってもらうための仕組みだ。

 単純に食事をする場所としても世間的に評価は高く、平日の昼休みともなれば生徒達で満員御礼となる。


 しかし其処へ鬼ごっこを終えた三人組が姿を現した。

 すると先ず食券を片手に列をなしていた者達が次々と順番を譲り出した。

 更に席を探すのに苦労している生徒達が居る最中、食堂の片隅にある円卓のテーブル席だけは放置されている。

 其処はかつて信と明日香の二人、即ち学園の二枚看板がお気に入りと発言していた。

 以降は学園内において一種の聖域と化しているのだ。 

 ただ一人だけは例外で、今日も今日とて何食わぬ顔で同席を果たしている。

 もっともこの円卓のテーブル席を支配するのは、常に生徒会長と相場は決まっている。

 彼女は見た目とは裏腹に、大変な健啖家なのだった。


此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>


拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。


良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。

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