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嵐を呼ぶお姫 第二部 (39) 背中

嵐を呼ぶお姫もいよいよ大詰め。

アナの決意の一撃の行方。

悪魔と化した哀れな学者を救えるのか。

見守ってください。

 

 ――震えよ止まれ、応えてッ!

 限界を超えたアナの両足が痙攣する。

 極限の疲労、激戦のダメージ、魔力の過剰供給がアナから力を奪っていく。

 出血で身体に力が入らないのだ。

 悪魔に狙いを定めるも痙攣が照準を震わせる。

 当てねば全滅。

 当てれば哀れな学者は死ぬ。

 十四歳の少女の肩にここにいる全員、デイビーデレの街、タエトの運命が圧し掛かっているのだ。パンチョスはいざとなればアナをひっつかんで逃げる算段を打っていた。

 ヴォーティー船長は退路の確保に動いている。

 面識はなかったが優秀な軍人だ。

 先刻、手を合わせて理解した。

 王都に居た無能な将軍と比べようがない歴戦の勇士だ。

 ほんの数舜の間にパンチョスの脳裏に様々な選択肢が過ぎる。 


 ――当てろよ、姫さん。


 アナはパンチョスの祈りに答えるように頷くと引き金に力を込めた。

 自分が決めたのだ、悪魔を討ち、仲間と街を、国を救うと。


 不意に背中に温かさを感じた。

 支えるような温かさ。

 脚の痙攣を補助し背中を支えてくれる重みと安心感。


「ゴメン、アナ遅くなった」


 追いついたラマンチャがアナを後ろから支えたのだ。

 ラマンチャは震える銃口に手を添え、後ろからアナに囁いた。

「支えるからアナは狙いに集中して」

「ラマンチャ…」


 ラマンチャの手が痛い程強くアナと銃を抑え込んだ。

 震えが止まる。

 痛みも。

 皆を救えない恐怖も。

「エドアールさんを助けたいんだろ?」

 ラマンチャの言葉に頷くとアナは悪魔となったエドアールの背中に銃口を向けた。

 支えがある今なら正確に狙い撃てる。


「心臓を避けて背中から卵を撃つ…ラマンチャ、力を貸して」

「わかった」

「決着だ姫さん」


 魔導盾を放り投げ、パンチョスもアナの支えに加わった。


「光が…」

 戦場の誰もがアナの方を見た。


 アナを中心に輝く魔素が収束し一条の光となって悪魔の背中を焼いた。

 薄れゆく意識の中、アナは悪魔の背中を見つめていた。

 背中に穴が空き、大天使の卵が露出している。


 戦場の風が変わった。


 背中に大きなダメージを受けた悪魔は突進を止めた。

 膝をつき、大地に両の手をついて倒れたのだ。


 丘を駆け下りて来たセバスチャンが小瓶を投擲する。

 閃光を伴う信号弾だ。

 悪魔の顔の前で炸裂し、顔をしかめる悪魔。

 その一瞬の隙にヘンリエッタが鼻の下にある急所を射た。

 人間であれば人中の急所である。

 見えない状態で顔面に走る謎の激痛が思考を奪い去った。

 歯車が噛み合うように状況が好転する。

 そして最強の騎士キャリバンが悪魔の前に躍り出た。

 アナの捨て身で渾身の一撃が戦場の風を変えたのだ。


「キャリバンが間に合ったぞ!」

「いけパロの騎士!」


 キャリバンが前に回り強力な膂力で悪魔を打ち付ける。

 立ち上がる間もなくこめかみ、人中、顎の先端を打つ。

 顔を押さえて暴れる悪魔の巨体を正面から受け止める。

 拳を剣でいなし、膝、小手、脛、小手、脇腹と痛覚が集中する部分に剣を打ち据える。

 ひざ関節の裏に半片手剣をフルスイング。

 再び膝をつく。


 剣風が悪魔を圧し留めた。

 唸りを上げる刀身が的確に悪魔を削っていく。

「圧し切れ!」

 願うように大楯隊と海賊共は大楯を支えた。

 キャリバンが突破されれば自分たちが、悪魔を圧し留めるのだ。

 一瞬も気が抜けない。

 追いついた騎士タッソが大楯隊に号令をかける。

「ガッチリ組むな、あの巨体を受け止めたら死ぬぞ! 怯ませるだけでいい。突破されたキャリバンが再び追いつく迄が仕事だ」」


 この人数でも止められない怪物をパロの騎士キャリバンは留めて見せているのだ。

 キャリバンと対峙した大楯隊はその強さに息をのんだ。


「間もなく装填完了!」


「もう少しだ、頑張れキャリバンさん!」

 ラマンチャが叫ぶ。

 ラマンチャは気を失ったアナを抱きとめ、祈るように叫んだ。


 暴れる悪魔の拳がキャリバンを襲う。

 辛うじて受け流したが大きく態勢を崩してしまった。

 大楯隊に緊張が走る。

 間に合え。

 間に合え。


 態勢を崩したキャリバンに再び悪魔の拳が襲い掛かる。

 しかしこれを避ければ大楯隊迄の道が開けてしまう。

 もう少しだ。

 あともう少し。


「装填完了!」

「悪魔の胸を狙え、あの卵を破壊するのだ!」


 しかし悪魔は十字に腕を交差させ防御姿勢を取りながら立ちあがった。

 これでは致命傷を与えられない。

「ヘンリエッタ様!」

「わかっている、望みは捨てるな」

 ヘンリエッタは矢筒に残った最後の矢を番えた。


「少年! 姫さんの手当てを」

 パンチョスが腰のポーチから清潔な布を取り出す。

 小瓶に仕込んだ薬剤をアナに飲ませる。

「意識を切らすな姫さん、正念場だ」

 アナが頷く。

「お姫さんの役割は士気だ、まだその銃の一撃があれば勝てるという希望だ」

 ラマンチャはアナを抱きかかえて支える。

「そっとだ、傷が開く、立っているだけで良い、王族の仕事は存在だ」


 闇の触手がキャリバンに迫る。

 瀕死となった悪魔の最後のあがきなのだろう。

 防御の姿勢で触手を活性化させたのだ。

 遊撃隊を指揮してきた副長ケンブルも押し込まれてじりじりと後退。

 アナ達の周囲を守る水兵長ロブスも触手の圧に飲まれる。

「ヤバいな、退路が断たれる」

 パンチョスは最悪を想定して周囲を見渡した。

 悪魔の十字ブロックが急所を守り、ヘンリエッタは射撃命令を下せない。

 キャリバンもいつまで持つか解らない。

 この怪物を一人で相手しているのだ。

 タッソ、セバスチャンも触手を切り伏せるのに手いっぱいである。


 ついにキャリバンが突破された。

 大楯隊が楯を二段にして怯ませるも悪魔の強烈な一撃で吹き飛ばされる。

 ヘンリエッタの最後の矢が悪魔の目を射貫いたが焼け石に水であった。

 触手がアナ達にも迫ってくる。水兵長ロブス達が討ち漏らしたのだ。


「少年、姫さんを頼む!」

 パンチョスがロブスの援護に回る。



「ラマンチャ、盾を拾ってくれる?」

「アナ…意識が?」

「もう一度、エドアールさんを撃つわ」

「でも、そんな事をしたら今度こそ死んでしまうよ」

「私は大丈夫よ、ご飯いっぱい食べましたし」

 アナが微笑む。

 ラマンチャはアナの覚悟を読み取って頷いた。

「ハムエッグおかわりしてたもんね」

 強がっているのは解っているが他に手が思いつかない。

 ラマンチャはパンチョスの放り投げた魔導盾をアナに渡すと背中合わせになりアナを支えた。

「早く終わらせて踊る羊亭で美味しいもの食べましょう」

「うん」

 アナの体に魔力が流れ込む。

 急激に流し込むと血管が破裂しそうだった。

「アドリア山羊のチーズ、炙って食べたいわ」

「セバスチャンの好物だね」

「あと、ラマンチャのアラのスープ」

「お店の物と比べると恥ずかしいけどね」

「美味しかった」

「うん」

「ラマンチャ、もう少し右に」

「うん」

 ラマンチャは背中に熱を感じた。

 魔力が再充填されているからなのか、アナの体温と決意が伝わってくる。

「羊の香草焼き…ライ麦パンに挟んで食べたいわ…」

「アナは食いしん坊だな」


 ラマンチャは自分の無力さを呪った。

 剣も使えずアナを守れない。

 非力で大楯を支える事も出来ない。

 弓も引けない。

 出来ると言えばアナを支える事ぐらいだ。

 今戦場で最も役立たずなのは自分だ。

 しかしへこたれている暇はない。

「キャリバンさんが持ちこたえている間に決着を付けなくちゃ」


 ラマンチャは自分にできる事を必死に探した。

 自分にできる事。


 キャリバンが再び突破され、大楯隊が吹き飛ぶ。

 再びキャリバンが正面に回り足止めをする。

 どんどん戦力を削られジリ貧だ。

 悪魔の防御姿勢を崩すことが出来れば、石弓隊の斉射が通れば、アナの射撃が背中を正確に打ち抜き大天使の卵を悪魔から分離できれば。

 勝利は目前なのに後、勝利へのピースが1ピース足りない。


 アナが全力で魔導銃を撃てば勝利できるだろう。

 でもそうすればアナは今度こそ死んでしまう。

 アナの望みは悪魔となったエドアールさんを救い、みんなの命を守り、街もタエト王国も守る。

 しかしあと一歩のところで勝利の女神の手を掴めない。


 三度目の突破。

 大楯隊が吹き飛ぶ。

 もう組織立っての防御は不可能だ。

 ヘンリエッタが斉射を命じるため手を挙げた。


 ――ダメだ今撃ったら勝機を失う



 多くを犠牲にしてキャリバンが再び前に回り込んだ。

 ――悪魔が巨大化しすぎてキャリバンさんでも倒せないんだ。


 ――倒せない?

 ラマンチャは考えた。

 何か手はないか。

 あの巨体を倒す方法。


 ――倒せばいいんだ。

 倒しさえ、尻もちをつく、怯ませる。

 両の手が防御から外れれば…。

 このままではみんな死ぬ、アナは自分の命を賭してもう一度魔導銃を最大出力を超えて撃つだろう。

 キャリバンさんも疲労が溜まり、大楯隊や海賊達も限界だ。

 あの石弓を指揮している女性が苦し紛れに石弓を撃てば勝機はなくなるだろう。


 ――倒しさえ

 ラマンチャが何かを思いついたように顔を上げるとアナの両肩を掴んだ。

「アナ! 全力じゃなくていい背中の穴を狙って」

「ラマンチャ?」

「チャンスはやってくる、アナはここで倒れちゃダメなんだ」

「タエトを救う女王だもんね」

「違う!」


 ――僕が嫌なんだ


「キャリバンさん! 小指だァーーーー!」

「む? ラマンチャ君?」

 戦場に響く精一杯の声。

「キャリバンさん、エドアールさんの小指を狙って!」

 人間は反射的な痛みに弱い。

 悪魔と化したエドアールに果たして通じるか賭けだったが、剛毛に守られた部位より効果的だろう。


 キャリバンは暴れる拳を掻い潜り、半片手剣の刀身を持って振りかぶった。

 ハーフソードと呼ばれる技術だ。

 キャリバンは剣のグリップを使いウォーハンマーの如く悪魔の脚の小指に向かって振り下ろした。

 タッソのロングソードをひん曲げ、重武装の鎧も破壊するキャリバンの一撃だ。

 悪魔は足を押さえてうずくまった。

 苦しみを逃すように仰け反り胸の魔導器大天使の卵が露になった。


「今だ! 一斉射!」

 ヘンリエッタの号令で石弓の矢弾が悪魔に吸い込まれる。

 近距離からの石弓の斉射が悪魔に強烈な打撃を与えた。

 仰け反る背中がアナの銃口と重なる。


「アナ! 今だ!」

 ラマンチャの支えを得たアナは確信をもって引き金を引いた。

 ラマンチャの言葉が無かったら悪魔を殺してしまう所だった。


 ――ありがとうラマンチャ


 魔導銃から放たれた一条の光は背中に空いた穴から大天使の卵を押し出した。

 ついに大天使の卵を引きはがしたのだ。


「やった!」

「やったぞ!」

 海賊共と大楯隊は抱き合って涙を流した。

 石弓隊も油断なく再装填をしながら泣いた。

 呪われるような断末魔を発し、悪魔は大地に倒れた。

 のたうち回る悪魔は大天使の卵を探し回るように悶えながらやがて動かなくなった。

 大地から生えていた触手も消え、もうもうと煙を上げながら悪魔は収縮していった。

 後に残ったのは貧相な身体をした学者エドアールであった。


ラマンチャ君が頑張る回です。

アナへの気持ちが溢れています。


さて次回は戦後の協定です。

一時停戦と共闘が解かれた後の黒の教団陣営、パンチョスの動向は如何に。

第二部の完結迄あと少しお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
ラマンチャーーーーーっっっっっっ!!! ひ弱なんかじゃない! 君はヒーローだよ!! 皆んなカッコよかった。一人でも欠けていたら成せなかった。 ただ、大天使の卵は、このあとどうなるのか。 アナの傷も深い…
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