嵐を呼ぶお姫 第二部(38)アナの決意
前回までのあらすじ
7年前、竜人族との戦争で圧倒的不利に陥った人類。
そのもっとも苛烈な戦場となったタエト王国では王都防衛のため魔導障壁を発動。しかし未完成であった魔導障壁は暴走し、タエト王都は王族や有力貴族を呑み込んで障壁の中に没してしまった。
主人公ドルシアーナ公女は王族の血を引く生き残りとしてタエト復興と滅亡のカギを握っている。
公女の胸にある天使の卵と呼ばれる魔導具はこの戦争で使用された防壁のエネルギーでもあり、神の時代に悪魔が作ったとされる天使を閉じ込めた呪物でもあった。
黒の教団と呼ばれる魔導研究組織に狙われたアナと天使の卵。
海底から引き揚げられたピスケースの孵卵器から出て来た大天使の卵の呪いにより巨大な悪魔と化した学者エドアールの暴走を止めるべく、元タエトの将軍で黒の教団の傭兵であるパンチョスと一時手を組んだアナ達一行の運命はいかに。
朝日を背に悪魔が動き出す、次第に加速をつけヘンリエッタと石弓隊に迫る。
大楯隊を任されたクロが悲痛な叫びをあげる。
「何としても止めろ! ヘンリエッタ様が勝利の鍵だ!」
ヘンリエッタと石弓部隊を失うわけにはいかない。
今の所、有効打は石弓のそれだ。
最大火力アナの魔導銃だが魔導銃のエネルギーは悪魔の体毛が避雷針のように分散させてしまう。
キャリバンの剛剣も致命打にはならない。
今一番、悪魔に効いているのは貫通力のある石弓だ。
「手伝うぜ壁野郎」
大楯隊に海賊たちが次々と合流し肩を組んで大楯を支える。
「お前ら…」
まさしくここは今から死地となる。
巨大化した悪魔を止める壁となるのだ。
「半数は死ぬぞ?」
「なに、うちの姫様を守るためだ、気にするな」
「あの方はタエトの希望だ、失うわけにはいかねえ」
「それにディビーデレは俺の故郷だしな」
「ストマックブラボーのパスタも喰いてえしな」
海賊共は黄色い歯を見せた。
「止めるぞ海賊共、恩に着る」
巨大化した悪魔に衝突されればひとたまりも無いだろうが数舜は稼げる。
相手は手負いだ、次の斉射で力尽きるだろう。
いや力尽きてくれなければ打つ手がない。
「槍を突き出せ!」
「大楯隊は止めてなんぼだ」
「「サッコーイ!」」
大楯隊は悪魔の進路に陣取る。
横に広い陣形で通せんぼするのだ。
その命がけの遅滞行動に石弓隊は声を上げた。
「装填はもう少しだ、頼んだぞ!」
しかしそれが気休めだとヘンリエッタもセバスチャンも分かっていた。
「あれでは止まらぬ、間に合わぬ」
横長だが高さが足りぬ。悪魔は盾の上を悠々と飛び越えヘンリエッタに迫るだろう。
間に合わない。
セバスチャンは瞬時に策を巡らせた。
「三手だ、あと三手あれば」
キャリバンが正面に回りさえすれば時が稼げる。
間近に迫る悪魔を見て大楯隊はその脅威を実感する。
確かにあれは止まらない。二十フィル(約6m)にも達する巨体を受け止めるのは無理だ。
だがやるしかない。
さっきまでは悪魔にちょっかいを出し、気を引いて狙いを分散し、炎を防ぐ。
それさえ出来ればよかったのだ。
悪魔の体躯も6.5フィル程度だった。体重は考えたくもない。
だが今は違う。
決死の覚悟で悪魔を止める。
悪魔は瀕死だ。手負いの獣のように悪あがきしているだけだ。
そう信じて防御陣を組む。
「アナ様!」
セバスチャンが吼える。
手負いの悪魔は最も脅威であるヘンリエッタに向かう。
もはや戦場の風向きは完全に変わってしまったのだ。
どんなに急いでも装填に30秒。悪魔の体格なら走り始めれば20秒とかからない位置だ。
「ヘンリエッタ、なんとか食い止める故、心配するな」
セバスチャンのそれが気休めだという事もわかる。
しかし諦める事はない。
石弓兵達は腕の筋肉が悲鳴をあげても全力で装填している。
――散開して勝機を待つか?
ヘンリエッタの脳裏に選択肢が浮かぶ。
今、散開させれば兵は一時助かるだろうが勝機を失う。
手負いの悪魔は大地の力を吸い取り復活して我々を襲うだろう。
魔術や魔物に詳しくないヘンリエッタでもわかる。
あの大地から生える黒い触手はあの悪魔に力を注いでいるのだ。
今はタッソとパンチョス、海賊共を信じて装填するのみ。
兵はヘンリエッタの采配を信じて黙々と自分の仕事を全うするのみだ。
悪魔が猛然と走る。加速がつくとその脅威が現実となる。
「クロ! 盾を高く掲げろ! 糞。聞こえねえか」
タッソが吼えた。
巨大化した悪魔に大楯はもはや障害物にすらならない。
楯を二段に高く上げて怯ませるのだ。
「頼む、高くだ!」
戦場の喧騒でタッソの声は大楯隊に届かない。
走り出した悪魔をキャリバンが追う。重心を抜く歩法で信じられない速度で悪魔に迫る。
しかし足りぬ。
止めるためには前に出ないと妨害できないのだ。
アナは汗で霞んだ瞳でその光景を見据えた。
足はもう動かない。
魔力は切れた。
魔導銃に残る魔力もそう長くは持たない。
パンチョスの魔力吸収盾は魔力の過剰吸入で暴走気味だ。
パンチョス卿も悪魔の気を引くために全力で動き回り、息も絶え絶えだった。
遊撃として散開している魚介水兵共は凶暴化した闇の触手に薙ぎ払われる。
しかしアナは諦めていなかった。
まだ勝機はある。
「パンチョス卿! 魔力を私に!」
パンチョスは吸い取った魔力で自身を強化していた。
ともすれば魔力を伝達できるのでは?
アナはパンチョスに手を伸ばした。
「ダンスのお誘いなら嬉しいンですけどね、そりゃぁ無茶だ、そんな身体で暴走した魔力を受け止めたら死んじまいますよ?」
「今撃たねば皆死にます」
アナの目は真剣だった。
残った魔力を振り絞り、悪魔の注意を引くために銃を乱射する。
「ダメだ野郎こっちを向かない、姫さん一旦退却だ!」
「パンチョス卿! 魔力を」
アナが手を伸ばす。
「貴方も石弓隊ももちろん私の仲間もタエト復興の要、失うわけにはいきませんわ」
「まだ動けるうちに退却して勝機を作りましょう」
そう言ってアナを振り返ったパンチョスはギョッとした。
アナの脇腹に血が滲んでいる。
パンチョスに刺された傷が開いたのだ。
「姫さん…あんた」
しかしそんな事で怯むアナではない。
「時間がありませんわ、早く魔力を!」
「これ以上はマジで死ンじまうぞ姫さん!」
魔力を吸い過ぎて異常振動する盾をちらと見る。
膨大な魔力を左腕が受け止め切れず激痛が走る。大人でも制御不能な魔力をこんな少女に流すのか。
「構いません、魔力を早く! この威力では足止めできない!」
何度も魔導銃を放ってわかったことがある。
悪魔の体毛は魔力を分散させる避雷針だ。
生半可な威力では貫通出来ないだろう。
「姫さん…」
パンチョスは騎士だ。
魔術の事は専門外だが魔導具から通る魔力の流れから相当な負荷がかかると予測できる。
しかしアナの眼は決意をはらんでいた。
その目に死をも恐れぬ決意がある。
「アンタ、将来の女王なンだぜ?」
――今は聖騎士王の盟約による制限でこの国は持っている。あんたが生きてないと本当にタエトは滅びる。何もかも「パロ王の思惑通り」だ。
パンチョスは一瞬怯んだ自分を恥じ、ぴしゃりと頬を叩いた。
「くそ、何を弱気になってンだ」
パンチョスは楯から流れ込んでくる身体強化の魔力を折れた右手に集約した。
「死ぬなよ姫さん、そういう覚悟、嫌いじゃないぜ」
パンチョスは腹をくくった。
タエトの存亡も黒の教団との契約もあるが、今はこの化け物を何とかしないとならない。
逃げても良いが、たぶん今始末しないと手に負えなくなる。パロを始め騎士王の連中が派兵する口実にもなる。各国が祖国を切り取り、毟り、分割するだろう。
内陸の国家にとって海路の確保は今後、死活問題なのだ。
「まあ、他所モンに支配の口実を与えるのも癪だしな、姫さん準備は良いか?」
アナは無言で頷いた。
パンチョスが魔導吸収盾からアナに魔力を注ぐ。
暴走した魔力がアナの全身を駆け巡り魔導銃に充填されていく。
過充填の魔力の暴走だ、アナの身体が悲鳴を上げ、喰いしばる歯から吐息が漏れる。
アナの衣装が血に染まっていく。
激しい動悸で胸が痛む。
心臓が耐えられないのだ。
「海賊の! あと頼んだぞ!」
パンチョスは近くでアナを守るように戦っていたヴォーティー船長に向かって叫んだ。
魔導銃を撃ったらアナは倒れる。
自身ももう限界だ。
そう判断したパンチョスは海賊たちに倒れた後のアナを託したのだ。
「わかった任せろ!」
ヴォーティーはパンチョスの一言ですべてを理解したように返す。
巨漢の水兵長ロブスと副長ケンブルに指示を出し自らは戦場を離れた。
「うああああああああああッ」
激痛に呻き、耐えられず叫んでもアナは魔力充填を止めなかった。
魔導銃が熱くアナの手を焼いても、心臓が悲鳴を上げ激痛が走ってもアナは銃口を悪魔に向け続けた。
激痛で呼吸が浅くなり、出血が体温を奪っていく。
寒い。
酷使した両脚は痙攣し、神経の高ぶりから耳の奥で鼓動を感じる。
それでもなおアナは全神経を魔導銃に集中させていた。
できれば悪魔を殺したくない。
あれは巻き込まれた哀れな学者のなれ果てだ。
しかしこの一撃で決めないと仲間が皆死ぬ。
チャンスは一度だけ。
外したら全滅。
撃たなければ全滅。
この怪物をイシュタルの駐留兵は対処できまい。
ラマンチャの故郷は蹂躙され、罪なき市民が虐殺される。
アナは失血で冷えた体を奮い立たせた。
「エドアールさん…ごめんなさい」
異常振動する魔導銃の先を必死に抑え込むとアナは悪魔の頭に照準を合わせた。
走馬灯のようにこの数日間を思い出す。
初めてできた友達、信頼できる仲間。
ヴォーティー、船員さん達、デニ、そしてパンチョス卿。
撃てば死ぬかもしれないという事は本能が告げている。
しかし決意は変わらなかった。
霞んだ眼に光が宿る。
「ラマンチャ…」
さようならという言葉は飲み込んだ。
弱気になるな、決意は固い。
――脚よ、ひと時でいい力を貸して。
疲労にけいれんする脚に喝を入れて無理やりしゃんとする。
数舜が何分にも感じる。
過充填の魔導銃が悲鳴を上げる。
アナは一度深呼吸をすると呼吸を止め、全神経を集中させた。
ようやく続編が出来ました。
第二部のラストに向かってのこのお話。
幾度も悩みましたがようやく落ち着きそうです。




