嵐を呼ぶお姫 第二部 (31)ドルシアーナ女王?
対峙するアナことドルシアーナ公女と元王都守備騎士団長のパンチョス。
変る戦況。
アナはパンチョスの目的を探ろうと、パンチョスはアナが何故王位を継がぬか探ろうとするが。
――姫とパンチョス
一方でヴォーティーが墨を吐き、形勢を逆転した頃、アナの停戦交渉は腹の探り合いと化していた。
「パンチョス卿、私は王位を継ぎません、しかし私たちは互いに力を合わせる事が出来る」
ジリと靴底がわずかに滑る。
「それは奇遇ですな、私も賛成です」
パンチョスは肩をすくめながらも間合いを外した。
痛みで鈍ったアナに対し、間合いで戦わなければ危険は少ない。
「ならば兵を引いていただけませんこと? パンチョス卿」
額から流れる汗がダメージの深さを悟らせる。それを見逃すパンチョスではなかった。
「なに、まだ大勢は決しておりませんよ姫」
単純な話、今のタエトに必要なのは王家の血筋であり、アナは正当な王家の血を引く公爵家の令嬢であるのだ。パンチョスの主張はもっともな話でも合った。
しかしアナはかたくなに拒絶。パンチョスはその理由を推察する。
「なに、王都奪還の際、継承権争いで内乱に発展することを恐れているのでしょうが奪還前に旧勢力の後継者問題を解決すれば良い」
七年も物流が止まった結界の中、王侯貴族が生きているとは思えないが万が一がある。
ドルシアーナ女王の元、主権を回復した後、救出された王侯貴族と、復興後に出来た勢力は必ず衝突する。この問題を解決してやる必要があった。
「私が女王とならず王を救出することが出来れば、内乱は回避できます」
「手がかりもなく、あと1年ほどで王都の封印が解けますかな?」
内乱が起これば、これに軍事介入し、海運事業の利権を得たいパロ、海運事業の優位を保ちたいイシュタル、パロの勢力拡大を懸念するエルオンドなど多数の国家が絡む複雑な情勢になるであろう。しかしこのままでいけばタエトは他国によって二分される。聖騎士王の盟約の期限が迫っているのである。
「聖騎士王とやらは神の元に「正義を行使してきた事」になってますから盟約は守るでしょうが、まあこれだけ世界が変化したあとだ盟約の期限が切れた後はわかりませンよ? 正義では飯は食えんでしょう?」
竜人戦争での魔術研究再開、そして世界経済の変化。海洋進出が著しい昨今、正教会の教えよりも貴族の資本が正義となりつつあった。悲しいかな騎士の時代の終焉はそう遠くなさそうだ。陸路通商の時代の覇者パロはタエトの航海技術の発展により、かつての利益は衰退した。竜人戦争は各国に疲弊をもたらしたが、パロには海洋交易路とエルオンド帝国との国交回復と陸路での利益をもたらした。今更この美味しい汁をパロが大義名分程度で手放すとは思えない。
「何があろうと私は王位を継ぐことはできません、私はタエト人同士で血を流すことは望みません」
アナは毅然と言い放った。その目に強い意志を感じる。
パンチョスはその瞳に14歳の少女とは思えぬ意志の強さを感じた。
「それよりパンチョス卿…いえ王都守備騎士団長サンチョパンサ卿はどうして黒の教団にいますの? あなたほどの騎士が一介の傭兵とは…」
「またその話ですかい? それにその名前、道化師みたいで嫌いなンですよ。まあ少しは手札見せないと信用できませンかね?」
パンチョスは肩をすくめた。
「黒の教団ったぁ、まあ正教会の奴らが悪役に仕立て上げてる…まあ反体制なンで間違っちゃいないですがね、そいつらが握ってる情報が欲しいというのもあるンですが、こいつ等意外と金持ってましてね」
「貴方がお金の為だけに動くとは思えませんわ?」
「まあ、金が無いと軍は動かせません、正義や裂帛の意思とやらで兵の腹は膨れませんからな」
とぼけた表情で溜息を吐く。
「タエトの復権には軍資金と兵が必要という事ですね?」
アナはパンチョスの表情を注意深く観察しながら言葉を選んだ。
「買い被りですよ、姫様。それに出会って数日だ信用するにはまだ早い、もっとも信用はしてほしいンですがね?」
「信用に足る人物かは剣を交えたので分かります、少なくとも貴方は味方になれば部下を無駄に死なせない方ですわ」
アナはパンチョスの剣に未来を見ていた。志のベクトルは違えど、先を見ている。ラマンチャを無下に殺さなかったことも、自分を屍人にして傀儡の政権を樹立しなかったのも、こうして部下を助ける為に動いていることも、アナは評価していた。
魔力が尽きたスケアクロウを引っ張って来た。
最初にスケアクロウに向けた刃は寸前で引いていた。
ベッドの中で敗北を呪った時、呪詛のように恨み言を呟きながらもその事を考えていた。
アナは必要とならば荒事を躊躇わない。
賊として成敗するつもりならデイビーデレの街で殺していた。
利き手を叩き折った後、一突きで命に届いた。
殺すのを躊躇ったのではない。
パンチョスを評価していたのだ。
「へえ」
アナの表情から何かを読み取ったパンチョスは意外そうな顔をした。
「まあ説得は気長にという事にしましょうか」
そう言いつつもパンチョスはアナの後ろで展開される戦況を確認する。
混迷の戦場ではあるが終息も近い。
「兵を引いていただけないのなら、ここで大将首を上げねばなりませんサンチョパンサ卿」
「形勢はわが軍有利、引くと思いますか? ドルシアーナ姫殿下」
空の白さが増していく。
戦場音楽が流れる草原でアナは刀を腰に戻した。
戦いをやめたわけではない。
抜刀の機を敏と感じているのである。
その殺気にパンチョスは背中に冷たいものを感じた。
アナの金色の前髪が朝風に揺れる。
間合いは遠い。
しかしこの姫から発する殺気は本物であった。
パンチョスは戦いに関して違和感があった。
違和感。
その正体はこれだ。
パンチョスはアナ姫から感じる初めての殺気に全身の毛が総毛だった。
ヴォーティー船長との戦いの際、初めて戦った際、そして自分を打ち負かした際も感じなかった。
王位を継がず、気ままに旅をするお嬢様ではない。
正義に酔ったお子様でもない。
覚悟が出来ている目だ。
正中線はまっすぐに重心と共に綺麗な垂直が見える。
其れなのに身体が揺らいで見える。
昔ミフネと戦った時には見たことが無い動きだった。
重心は変わらず、身体が揺らぐ。
武人だけがわかる違和感。
ありえない。
「説得するより先に死にそうなンだが?」
引き潮のように殺気が消え、剣の気も収束していく。
しかしアナが戦意を失ったわけではないことは判る。
剣の気も殺気も間合いも読ませぬという事か。
パンチョスはアナの背にする白む空を睨んだ。
アナ自身を見るのではなく、背負った何かを見た。
「まあ正念場だわな」
複雑に絡み合う国際情勢の中、お互いの最善手を求めるアナとパンチョス。
二人は敵対したままなのか?
戦いの行く末は?
待て次号!