第一部 嵐を呼ぶ少女(3)ラマンチャ
街にあふれる呪われた魚介水兵。退路は断たれたドルシアーナことアナ姫は街の少年ラマンチャとデニの力を借りてこの危機を脱することに。
第一部 嵐を呼ぶ少女
(3)港の少年ラマンチャ
「ところでアナさあ、これからどうする?」
ラマンチャはスイカに似たウルの実を切るとアナに渡した。
大きさは小玉スイカぐらいで野生にも自生している。庶民の夏の味だ。
井戸水に入れてあったのだろうか?
適度に冷えていて薄っすらと甘みがある。
ラマンチャは匙か何かを渡そうとしたが意外にもアナはそれをそのままかぶりつくと目を細めて味わった。
頬張ったウルの実を飲み込むとアナは少し考えて。
「そうですわね、私の連れの者と合流したいですわ」と答えた。
セバスチャンは上手く逃げ切ったと思いたい。
種子はこちらにあるので自分ほど執拗に追いかけられないとは思う。
出来れば戦力として連携したいが今は連絡手段がない。
「そうだね、お連れってあの船員さんたち? なんか逆の方に逃げて行ったけど」
「いえ、私の執事ですわ、あの巻き込まれた方たちを助けるために分れたのだけれど…」
正直、敵の数が予想の倍以上だった。
「貴方も巻き込んでしまって申し訳ありませんわ」
「まあ逃げて正解だよ、奴ら人間じゃないし、街中にモンスターって駐屯兵何やってんだって感じ」
「そうですわね…」
そういいながらアナの頭の中ではキッチリやっつける算段を組んでいた。数パターンの戦闘プランが頭の中を駆け巡る。
「とりあえずあの魚人間をなんとかしないといけませんわね」
少し悪い顔で笑う。
「アナって見た目と違って結構血の気が多いよね」
かあっと耳まで紅くなる。
「そんなことは…」ある。
「ま、その前に腹ごしらえしよっか」
そう言ってラマンチャは魚介のスープと固いパンを差し出した。
パンは薄く切りスープに浸して食べる。ラマンチャがナイフで削るように切り分けて差し出すとアナは慣れた手つきでそれを食べた。
「コレ、とてもおいしいですわ?」
「んまあ、たいした材料は使ってないんだけど」と笑う。
「港で加工したあとの粗とか切れ端を煮たスープ。仲間にも好評のなんだけど…アナの口に合ってよかった」
と少し照れる。
アナはお腹がすいていたのか、あっという間にぺろりと平らげた。
「へえ、アナってナイフとフォークが無くても大丈夫なんだ」
ウルの実と言い、これと言い手掴みに躊躇がない。
「私もこう見えて旅慣れていますのよ」と笑う。
まあ酒場での大立ち回りを見る限り、深窓の令嬢と言うわけではなさそうだ。
「ご馳走様、ありがとうございますわラマンチャ」
フルーツから食べるのはビックリしたがウルの実は食前に食べると食中毒を防ぎ消化を助けるらしい。ともかく疲れた体に甘みはありがたかった。
お腹が膨れたところで作戦会議だ。
ラマンチャはすっかり協力する気だが危ない目にはなるべく合わせたくなかった。
とりあえず現状確認。
街の地理はかなり頭に入っているアナだったが、細かい抜け道なんかはラマンチャの方が詳しそうだ。
ラマンチャにこのあたりの様子を尋ね頭の中の地図を整理する。
ラマンチャはアナの方向感覚と地理の理解の速さに舌を巻いた。
「アナって何者?」
「うーんそうですわね、旅行好きのワケ有りお嬢様かしら」
「荒事好きな?」
「ここまで来たら否定はしませんわ、自ら進んで仕掛けませんけれど」
ペロッと可愛く舌を出す仕草をして肩をすくめた。
ラマンチャの隠れ家は民家の半地下にあった。
元は倉庫らしい。狭いベッドというより長箱の上に毛布が折りたたまれて置いてあるほか、家具は何も置いていない。
同居人もいるらしいが質素な部屋に整頓された荷物。
部屋は薄暗いものの清掃され整頓されていた。
低い天井の近くの明かり窓には路地を通る人の足首が見える。
ラマンチャがそっと立ち上がって様子を見ると首を振った。
足首に鱗がある男たちが見える。頻繁に行き来しているところを見るとこの辺りに目星をつけているのか、時折立ち止まって何か話している。
相手の配置が分からない以上、取り囲まれて多勢に無勢ではさすがのアナも分が悪い。
「まだうろついてるね、暗くなるのを待とうか?」
「そうですわね、ちょっと準備もしなくてはいけませんし」
とアナは腰のベルトに目をやった。
「準備?」
「そう、準備ですわ」
そう言うとアナは腰のベルトから色々と荷物を取り出した。
酒場でぶっ飛ばした単筒を整備する。
「アナ、何それ?」
「この穴から弾を飛ばす武器。覗いちゃだめよ」
似たようなものが顎割れのヴォーティーも持っていた。
あれ、短い銃だったんだと感心する。
見事な装飾が施されており、見るからに高価そうだ。
余計なものを触らない様にラマンチャは手を引っ込める。
ホント、アナって何者なのだろう?
夜になるとラマンチャの同居人が帰ってきた。
同年代の少年で名前はデニと言った。
「ヤベエよ、ヤベエよ、ラマンチャ!ウヨウヨいるぜ魚人間? 頭が鯖だ! メバルも海老もいた」
興奮気味に語る。
「駐屯のイシュタル兵が五人殺された」
「街では家から出るな!って役人が喚いてて大騒ぎさ」
「船もみんな沖に出て様子を見ている。一隻だけ、顎割れのヴォーティーの船だけ港に居てさ、陸に残された船乗りたちはヴォーティーの船で雇ってくれないかと話している!」とまくし立てるように話すと傍らのアナに気が付いて急に赤くなった。
「わわわ、女の子…可愛っ…えっと誰?」
年頃の女の子と言えば男と変わらないような粗雑で野蛮な幼馴染しか見たことがない。
いつも口煩くデニをひっぱたく。ラマンチャの前では大人しい癖に。
紹介されるとデニは慌ててズボンで手を拭いて右手を出した。
「お、おれ…デニ…ってんだ」
「よろしくデニさん」
優しく握られた掌は柔らかい感触と、少しひんやりしていて、いい匂いがした。
「デニ…さんとか…おれ…あの」さん付けで呼ばれたことなんて初めてでビックリする。デニは真っ赤になりながら早口になった。
「ああああああ、あのなんか喰う? ラマンチャは料理がウメエんだ」
「さっき喰ったよ」
「ああああ、じゃあウルの実喰う? コレ、角の婆から貰ってきた、いま」
「落ち着けって」
「だってよ、こんなお姫様みたいな子、どうすればいいんだ?騎士の誓い立てる? 忠誠誓う? 手にキスとかおれ恥ずかしくて無理!」
「ふふふ、面白い方」
「お、おれ? えええええ? 面白い…って! なあラマンチャ! おれ面白いかな?」
「バカ、恥ずかしいからホント落ち着けって」
ラマンチャは呆れながら言った。
「だって俺の知ってる女の子は粗野で乱暴ですぐ手が出る、姉貴かレイナくらいだぞ?」
「すぐ手が出るのはまあ同じかな?」
「ラマンチャ?」ちょっと怒った顔でほほを膨らますアナ。
「アナ、いや、そういう意味じゃないんだけど、あはは、そういやデニ、外の様子は?」
話題を振るとデニは木皿を街に見立てて説明した。
「新市街の海岸沿いで駐屯兵と魚介が睨みあい、んで、山の方には海老の顔した大男」
と欲しい情報をすらりと話す。
「デニ、すごいですわね」
「ええええ、おれ褒められた? マジ?」もじもじと身をくねらせる。
「マジですわ」
アナは素直にデニを褒めた。
「おれ、配達の仕事してっから街の事ならラマンチャより詳しいぜ?」
「調子に乗るなって」
「乗ってねえよ、褒められるなんてめったにないんだからチョット調子に乗ってもいいじゃんかよー」
「乗ってるじゃねえか」
「ツッコみスルドイなー、細かい男はモテないぞ? ラマンチャ」
「うるせえなあー、で? 港は?」
「港には顎割れヴォーティーさんの船だけ、あとは沖に逃げてる」
しっかりと包囲されている様子だ。陸路も海路も。
アナは少し考える。
さてどうしたものかしら。
「逃げて逃げ切れる相手じゃなさそうね、退路をキッチリ塞いでいますわ?」
所詮は魚介水兵、港を離れて陸路を行けば逃げきれないことはないが、そこは相手も同じことを考えているだろう。逆を突いて海に逃げる手もあると良い。複数のプランがアナの頭を駆け巡った。
化け物になってしまったとはいえ顎割れヴォーティーの動きは軍隊経験者だ。
蛸の頭になってもこの状況を見ると指揮能力は落ちていなさそうだ。
あの魚介水兵達も知性は人間のままかもしれない。
アナは情報を分析し整理してみた。
時間にしてものの数秒だったがデニは待ちきれずに提案した。
「顎割れヴォーティーさんって言えばこの街の英雄だろ? 助けてもらおうぜ?」
「バカ、その顎割れの奴が今はタコの化け物になったんだって」
デニはにわかに信じられないと抗議した。
「ヴォーティーさんはこの国を守った英雄なんだぜ? ドラゴン人間どもを追い払って、戦争が終わっても帝国船からお宝分捕って、この街に金を落としてくれて」
「今はタコだ」
「そんなふうに言うなよー、お前も世話になったろ? ヴォーティーさんは分捕った麦を孤児にも分けてくれてさ」
デニがラマンチャをゆすって抗議する。
「そりゃあ少しは恩義に感じてるけど、今の顎割れは人間じゃなくなっちまった。呪われたんだ」
「呪いがなんだよ、何とかなんねえのかよラマンチャ」
そう言われても、まだ子供の自分にはどにもならない。しかしデニはラマンチャなら何とかしてくれると思っている様だった。
「無茶言うなって、顔を銃で撃たれても死なねえんだぜ?」
「撃ったのかよ! ってか銃ってなんだラマンチャ」
「オレじゃねえよ、ちょっと見かけただけだ」
まさかアナが撃ったとはいえずラマンチャは言葉を濁した。
それを聞いていたアナはにっこりとほほ笑んでデニに言った。
「あの海賊さんは貴方たちの恩人でもあるのね?」
「特にコイツはな」とラマンチャ。
「オレは特に世話になってないけど、この街を救ってたのは確かだ、イシュタル兵が威張らないのも顎割れのお陰だって言われてるしな」
アナは顎割れの話を聞いてなるほどと頷く。
ラマンチャがどうして自分を助けてくれるのか少し引っかかったが、今はまあどうでもよい些事なこととした。
重要なのは目的を果たすことだ。
ゴールを明確にする事とそのための手段とルートを複数考える。
アナはデニの手を取るとしっかりとした瞳で答えた。
「顎割れの海賊さんを救う方法はありますわ、でもそのためには二人が必要です」と。
次回、顎割れのヴォーティーとの対決!お楽しみww