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嵐を呼ぶお姫 第二部 (27)包囲

妖精銀の合成弓を操る弓の魔女ヘンリエッタ。

その弓はセバスチャンを牽制し、キャリバンとの位置を知らぬ間に誘導するのだった。

――包囲殲滅


 状況は最悪と言っていい。

 セバスチャンはキャリバンと持ち場を入れ替わり、一方的な不利を打開したが相手が悪すぎる。

 こんな手練れを教団が用意するとは思いもよらなかった。セバスチャンの情報網には無かった情報だった。よほど腕の立つ傭兵団を組み込んだと見える。しかしセバスチャンが知りうる限り、この近辺の傭兵団ではない。

セバスチャンは闇に紛れて石弓隊に近づこうと試みたが大柄の女弓兵がそれを阻止する。

間接射撃というのに予測が正確過ぎる。何か魔法でもかけられている様だった。


「魔法か? 黒の教団が相手だ、それはあり得るかもしれんな」

 魔法により戦力をブーストしているのかもしれない。明らかに異常な正確さであった。

 嘆いていても状況は変わらない。フェイントをかけて移動しても矢の着弾点は正確に自分を狙ってくる。

「この腕、ヘンリエッタか?」

 タエト随一の弓の名手と言えば彼女しか思い当たらない。

1000フィル(約330m)先の竜人将軍の目を射抜いたと聞く。

 まさか彼女が黒の教団に与しているとは思いもよらなかった。そもそも彼女は七年前に死んだと思われていた。彼女の所属していた王都防衛部隊は壊滅したのだ。

「あの戦いで生き残っていたという事か…味方なら頼もしいが、さて」

 並みの弓兵ならこの暗闇に乗じていくらでも打つ手はあるが、こうも正確に位置を把握されては無暗に突撃ともいかぬ。かと言って留まっても頓死だ。

「せめてあの石弓兵列がキャリバンに向かぬようにせんと」

 石弓兵の弱点は装填時間にある。

ロングボウ兵の平均は一分間に十から十二発だが石弓兵の発射速度は一分間に二回程度で、三十秒もあれば有効射程距離から一気に踏み込める。

 しかし相手はあの弓の魔女と呼ばれたヘンリエッタだ。

彼女が指揮をしているのが厄介極まる。

 ヘンリエッタは女伊達らに男でも引けない剛弓を引き、しかも1分間に16発という速度で矢を放つ。

通常のロングボウの射程の外から正確に、早く、しかも高威力で矢を放つのである。キャリバンの装備では防げない。

 矢が切れるまで逃げ回っても良いが、どうやらそんな時間はなさそうだ。

セバスチャンが石弓兵の注意を引き付けて移動している間に、キャリバンと合流した船長達は大楯兵に取り囲まれている様子だ。とうやら敵は後方からの部隊と合流したらしい、退路を断たれ圧をかけられている。


「なかなか粘るわね、あの執事」

 ヘンリエッタは感心したように呟くと次の矢を番えた。

 短めのボブカットが風に揺れ、その揺れ具合で風をを読む。

ヘンリエッタの弓は一般的なロングボウと違い妖精銀とイチイの木を貼り合わせた合成弓である。通常、合成弓は短いのだがヘンリエッタの其れは普通のロングボウと同じ大きさであった。

弓の強さは張力だ。この妖精銀の弓は通常の三倍以上の張力が必要でヘンリエッタにしか引けぬ代物であった。加えて妖精銀と呼ばれる精霊金属が風と距離を教えてくれる。

「距離350フィル、あの執事…距離を知っている」

 石弓兵の数が圧倒的であれば適当にまとめて撃つことも可能であるが、有効射程より少し遠い。撃ちたくなる距離だが石弓の矢は距離が離れると安定しない。

 撃ってしまえば30秒の間に350フィル(約110m弱)を詰めるのは容易い。

馬防柵などあればよいが、夜襲を受けて急遽展開した部隊であれば贅沢も言えない。

「まあ、あっちは旦那がなんとかするでしょう」

 ヘンリエッタは矢を降ろすと髪をかき上げ騎士タッソの布陣を見やった。

もう一人の騎士から遠ざける様に着弾点を調整して誘導したのだ。今の位置から合流すれば後ろから射貫く算段である。


「逸るなよ、あの騎士、見てくれは若造だがありゃ化け物だ」

 騎士タッソは大楯で包囲した中心にいる若い騎士を観察した。なるほど隙が無い。

一人だけなら包囲が完成する前に突破して退けそうだ。

キャリバンは半片手剣を両手に持ち、後ろの仲間を庇う様に立っていた。

鋭い眼光がタッソを射貫く。


「やはりアレは剣を交えたくない類の奴だ」

 タッソは手を挙げると「輪を!」と短い号令をかける。

 傭兵団にしては訓練が行き届いている。元正規兵か、正規兵の訓練を受けた者の動きだった。

 後方部隊と合流した大楯兵はバックアップも含めて二重の壁になり、キャリバンの半片手剣を槍で牽制する。

 ツナとスピンジャックの石弓は外したら最後、戦力外である。腕も素人以下の為、「装填されている石弓がある」という意味以外に用途はなかった。


 騎士タッソの号令でさらに包囲の輪が狭まる。

 このまま圧力をかけられ、範囲外から槍で突き殺される。

詰みである。


――パンチョスとアナ


 パンチョスはその様子を遠目に見ながらアナに手を差し出した。

「協力してくださいよ、姫様」

 折れた右手を痛そうに差し出して笑う。

「貴方の本当の目的は何? 黒の教団が何をするのか分からず協力などできませんわ」

 パンチョスはキョトンとして尋ねる。

「あれぇ? 姫様、私は今脅迫しているんですよ? しかも時間はあまりない」

 伏兵の屍兵がアナの後方にも迫る。

一体どこから、どれだけの屍を準備したのかアナはスケアクロウを甘く見ていた事を後悔した。

「いいですか? あなたはタエトの女王になる、同盟国は聖騎士王の誓い通り王位を簒奪できない」

「私は女王になるような身分ではありませんわ?」 

 王族が生きていれば血は繋がっているとはいえ公爵の息女など王位継承権の端も端だ。

「でも今は王位継承権第二位です、お父様がもしお亡くなりであれば第一位。十分に資格はおありになる」

 アナは頭を振るとそれを否定した。

「王都にはまだ王族が残っている筈、臣下として救出が先ですわ」

「七年間籠城ですか? 飢えて死にますって、まあ内壁にいる民草を皆殺しにしていれば王侯貴族と親衛隊ぐらいは生きていそうですかね? ははぁゾッとしますな」

 パンチョスは養豚場の豚の糞でも思い浮かべる様に顔をしかめた。

「そんな王侯貴族を守って、この国が平和になるとも?」

 パンチョスは呆れたように鼻を鳴らした。

「決まったように言いますわね」

「決まってるでしょう? 内堀の外の人間を見殺しにして自分たちだけ助かろうとした王族なンですよ? 兵も民も」

 貴族も同様だ、自分の領民を守る義務を放棄して王都に逃げ込んだ。

英雄として名高い女聖騎士王タエトの子孫とは思えぬ脆弱ぶりである。外壁を守る砦の騎士も、展開した兵も、もちろん内壁に入れなかった市民も難民も全て見捨てて自分たちだけ籠城する作戦だったのだ。

 皮肉なことに、内壁から向こうは暴走した結界に阻まれ入ることも出る事も出来ない呪われた地になったのだが…。

「あれは事故です」

「当時、初等学院に通い出した頃の貴女がどう教えられたかわかりませんが、事故が起きても起きなくても、奴らは閉じ籠る気だったンですよ姫。エルオンド帝国と仲直りした聖騎士王の連合が竜人共を駆逐するまで」

 パンチョスは肩をすくめると差し出した手を引っ込めた。

「交渉は決裂でよろしいのですな」


 

――騎士タッソの大楯部隊


 夜明けが近い、ずいぶんと東の空が明るくなってきた。朝の空気がひんやりと足元から這い上がる。

 大楯兵達は隙間から槍を突き出して整列し圧をかけていた。

 大楯の部隊がキャリバン達を一気に制圧しなかったのは、後続の部隊の合流を待っていたからだ。隊商を装った全部隊が集結する。

 初期の包囲段階でも十分鏖殺出来たと思うが、あの筋肉ゴリラを易々と屠って退けた怪物が相手だ、念には念を入れて入れすぎる事はない。それに明るくなれば数の有利が生きるとタッソは機を待った。

 

「ああー今、パンチョス卿が姫に降伏勧告を行っている最中だ、剣を収められよ異国の騎士殿、疲れるだろう?」

 タッソはキャリバン達に座るように促した。

 その立ち振る舞いは紳士的だったがタッソの瞳から殺気が消えていない。あれだけ仲間が殺されているのだ当然と言えよう。


「本気と思いますかな? キャリバン」

「油断を誘うためでしょう」

 キャリバンはちらりと後ろを振り向くとヴォ―ティー達の後ろに展開する大楯屍兵を見た。

「後方は屍兵か。ふふふ弱兵だと良いのですが船長」

 ヴォーティーは水兵長ロブスの怪力と海老の装甲で圧し通れるか思案した。

「そうですな操っている魔術師を抑えられればあるいは」

 キャリバンが大楯の向こう側にいる筈のセバスチャンを見やる。

 夜明け前のこの暗さでは視認できないが弓兵部隊がこちらに合流しないのが無事な証拠であろう。


「まあ、折角ああ言ってくれているのだ余興でも見せるとするかな」

 ヴォーティーは周囲に目配せすると襟を正し、帽子を被り直して前にでる。

 対峙してからの緊張が嘘のように、にこやかな笑顔でヴォーティーはキャリバンの前に進んだ。

「紳士淑女、それに伊達で酔狂な教団の諸君」

 ヴォーティーは両手を広げ、まるで雑技団の前口上のように声を張り上げた。

 やや低めの声なのによく徹る声。戦場の空気が変わり、皆がヴォーティーを見る。

「なんだ海賊、気でも触れたか?」

 騎士タッソは小馬鹿にしたように嗤った。

 しかし油断はしていない。

「ヴォーティー殿?」

 キャリバンも呆気にとられる。

 ヴォーティーはキャリバンに片目を瞑ると前に向き直って更に両手を広げた。

「ああ、哀れな諸君はこのヴォーティーの首級も取らずに勝ちを確信しておられるな?」

 当たり前だと兵が呟く。

 勝ち筋など見える筈もない。

 質問をすることによって観客の意識を自身に集める。海賊の交渉術だ。

「左様、諸君らの奮戦は誠に見事である、このヴォーティーが戦場でまみえたどの敵よりもだ」

 おいおい降伏宣言なのか? と兵士たちが沸き立つ。

 ヴォーティーは兵士たちの様子を眺めながらこの場の空気を支配し、相手に聞く姿勢を無意識に強要したのだ。

「しかし!」

 と大きな声で否定を入れて更に注目を集める。

「勝ちもせず勝ち戦の幻想に酔いしれる諸君には絶望すら覚える」

 兵士たちの間に動揺が走る。

「最後まで戦士として戦おうではないか? 我が祖国の勇敢なる兵士諸君」

 勝ち戦を確信していた兵らの気持ちに付け入るような、そんな問い駆けの後。

「余興として敗北を見せて差し上げよう」

 ヴォーティーはそう言うと腰に下げた陶器を割ると海水を被り、蛸の怪物に変化していった。

 肩が盛り上がり、髪の毛が触手に変化する。

「バカな、想定済みだ海賊」

 タッソが攻撃の号令をかけようと手を挙げた瞬間、タッソや大勢の大楯兵、さらに言うとキャリバン達の前からヴォーティーが姿を消した。

「な?」

 まるで手品師のショーの様だった。

 しかし手品の仕掛けなどは無い。

 騎士タッソは背筋に寒気を覚え、咄嗟にシールドを掲げた。


優秀な部下タッソとヘンリエッタに翻弄されるアナ一行。

突如姿を消したヴォーティーの策とは一体?

包囲を突破できるかキャリバン!

緊迫の次回をお楽しみに!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 各方面で切羽詰まる中で、ヴォ―ティーはどんな手を…!? [気になる点] その立ち振る舞いは紳士的だったがヴォーティーはタッソの瞳から殺気が消えていない。 ↑ちょっと変に感じました。何か抜け…
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