嵐を呼ぶお姫 第二部(18)アナ姫も走る
パンチョスを撃退したアナ一行だったが、学者エドアールの乱入で事態は思わぬ方向に。
アナが勝つかパンチョスが勝つか、セバスチャンが出し抜くか、さてはお立合い!
(18)アナ姫も走る
――スケアクロウの廃屋。
地元のゴロツキもビックリなドア蹴りで瞬く間に侵入したアナに何もさせてもらえず、スケアクロウは座っていた椅子ごと床に叩き伏せられた。
奥歯を嚙みしめながらフーフーと肩で息をするアナを恐怖におびえる目で見つめ、両手を前にして懇願する。
「あの、アナ姫様、どうが後生ですから命だけは」
全身が総毛立つ。
逆蜻蛉の構えでにじり寄るアナの刃は峰を向けていたが鉄の塊で殴られては命の保証はない。すでに額、両手を打ち据えられ、許しを請うこのポーズだけでも精いっぱいである。
パンチョスと違い防具の無いスケアクロウは魔法陣防御が無ければ裸同然だ。
護衛の屍兵が音もなく両断されたことは記憶に新しい。
手のひらの魔法陣は切り裂かれ役に立たない。
何かこの状況から脱するすべはないか? とあたりを見渡すが世話係として作った女性型の屍人では心もとない。
そこへ血相というか魚相を変えて魚介水兵が飛び込んできてアナに報告した。
アクアパッツアと呼ばれていたメバル顔の魚介水兵だ。
「アナ姫様、大変です!」
「何事です?」
「卵が!」
「卵がどうしたんですの?」
メバル顔をパクパクさせて、しどろもどろに説明する。
「私は卵を見張ってなかったのですが、ツナ達がですね」
「卵がどうしたんです?」
「いや落っことしてませんよ、壊れてません」
「だから卵は?」
「私はちゃんと見張っていろとあれ程」
「ですから卵は?」
「あの何といいますか、端的に言いますとつまりそのう…」
アナは後ろを振り向くと切っ先をスケアクロウに向けた。
「逃げようとなさらないでおじ様。今宵の私、ちょっと乱暴ですのよ?」
痛みを奥歯に押し込めて睨む。
「ひい?」
「で? 卵はどうしましたの?」
「あの、怒らないでくださいね」
「怒りませんわ」
「本当に?」
「本当ですわ」
「あの、私のせいでは…」
「怒りますわよ?」
「ひいい、やっぱり怒ってる」
アナは無言で右手に鋲の付いた皮手袋をはめた。
「それ何ですか?」
「いいからお話なさい」
「はい! あの、卵はいつの間にか無くなってまして」
「盗られたということですか?」
「丸いから転がったかも…」
アクアパッツアが言うが速いかアナは駆けだした。
「アクアパッツアさん、そこの人をお願いします、逃がさないで」
右腕を脇に固定しながら走る。
パンチョスに刺され傷ついた筋繊維がもうやめてくれと悲鳴を上げた。
一歩ごとに激痛が走るがそんなことは言ってられない。
パンチョス卿以外に手勢? アナは状況を思いだしてみた。
「気配はありませんでしたわね」
毛布の中で感じた気配を整理する。
殺気を出していたものは全て視界に居りましたし、スケアクロウさんも感知出来ておりましたから…。
アナは担架の場所に戻ると情報を整理した。
「ヴォーティー船長! 卵は?」
「アナ様、ご無事でしたか」
「天使の卵が奪われたと聞きましたが」
「我々が戦っている最中での事、目撃したクルーはおりません、ですが戦闘が終わったこちらに来る確率は低く、私も見ておりません」
新月に決行したことが仇になったか、第三の勢力がいるとは思わなかった。
白い石造りの家並みが星明りで薄っすらと照らされるが漆黒に近い。
確かにこの光量では闇に紛れるのは容易であろう。
「抜けるとしたら手薄な副長の方ね」
「確率は高いかと」
「パンチョス卿は?」
「パンチョス卿も騒ぎに乗じて逃げられてしまいました」
「卿の逃げ足では仕方ありませんわ、それにセバスチャンの想定内です」
パンチョス卿の戦術眼は確かで撤退の判断は速い。
パンチョスが引いた場合のプランに移行せねばならない。
少し悔しいがパンチョスは暫く戦闘不能であろうとアナは判断し、すぐに別の判断に移った。
この暗闇で大天使の卵を奪還するが優先なのだ。
「少し、恥ずかしいですが已むを得ませんわね」
アナは再び大きな声で胸の石に祈ると光の精霊たちが指し示す方へと駆けだした。
夜明けが迫るデイビーデレ。
パンチョスが呼びし援軍か迫る。双方時間との戦いにて、走れ走れ!
次回、少年も走るに乞うご期待!




