嵐を呼ぶお姫 第二部 (17)学者走る
ヴォーティー船長に魔導器を奪われた学者エドアール。
彼は今宵、アナ一行が襲われる情報を得て魔導器の中にあった大天使の卵を奪うため屋根に潜む。
(17)学者走る
エドアールは走った。
あの極悪非道な令嬢から魔導器を奪い返すために。
エドアールは激怒した。
解析の悪魔に魂を売ろうか悩むほどに魔導器に賭けていた。
パロを出て順調な船旅。聖地エリンで行われる実験の為になれない船旅をしてきた。
途中、小型の海賊船に遭遇したが蹴散らした。
海なし国のパロを出て初めて外海に出た時の感動を忘れない。
期待に膨らむ胸、見渡す限りの大海原。東から立ち昇る朝日に未来を予感した。
それがどうだ?
船は拿捕され、騙されて顎割れのヴォーティーとかいう海賊に洗いざらい話してしまった。魔導院から預かった大事な魔導器、ピスケースの孵卵器だ。
あれは増幅器で、その燃料は天使の卵と呼ばれる石であることも、タエト防衛の際に障壁を張る他の魔導器と連動させる事も洗いざらい吐かされた。
しかし誓いは積み荷の魔導器についてのみだったのが幸いした。
あれは障壁を抉じ開けるためだけに使うものではない。
知らないことは話せないし、誓いにはない他の魔導器の事も話す必要が無い。
不幸中の幸いと言えば海賊船カーラ・ロウィーナ号にあった船長の蔵書にヒントがあった事だ。
カギは正教会が握っている。
「運命の奴隷、運命を打ち破る。宗教画。大神の聖印。聖者メビウス。有限と無限。宗教画。人だけが知りえる。神話。大地の女神。天使の卵。冥王をそそのかした悪魔。魔導器。ラファロックの目的。聖騎士王。正教会。世界の真理。魔導器」
渡すものか!エドアールは強く思った。
あれは私のものだ。
楽園への手掛かりはあれが握っている。
正教会、魔導器、天使の卵、そして小娘の父親だ。都合よく滅亡前に脱出した?
違うね、あれは計画的に魔導器を持ち去ったのだ。
エドアールは走った。
今宵、この新月の暗闇であの小娘は襲われる。
確かな情報だ。
パンチョスとかいう騎士を出し抜いて大天使の卵を奪い返すのだ。
エドアールは胸の苦しさを握りつぶし、星を見上げた。
北にある不動の星が輝いている。
月の光のない新月の夜、北の不動星が輝いている。
星の神ホリシスの加護が私を導いてくれる。
エドアールは星に願った。
剣戟が響く、現場はすぐそこだ。
「情報通りだ」
エドアールは高揚を抑え物音を立てないように、そっと剣戟のする方向へ屋根を伝った。
屋根の上からそうっと戦況を観察する。
息は上がっている。落ち着け、落ち着けと念じゆっくりと深呼吸した。
「ああ、大神よ、そしてその娘ホリシスの加護に感謝いたします」
エドアールは口の中で唱えながら機会を待った。
――激戦のT路地
「姫様、無茶です!」
今にも飛び出そうとするアナを担架を持つ魚介水兵が止めようとするが両手が塞がっていてはどうにもならない。
「姫様は重症なのですよ? 船医に言われたでしょう?」
「もう我慢できませんわ!」
担架の上で毛布が動く。
あの小娘の声だ。
エドアールは狂喜の声を喉奥にしまい込んで身を潜めた。
蛸の怪物…ヴォーティー船長が圧されている。
いい気味だとエドアールは口角の端を上げた。
天罰が下ったのだ。
向かいの屋根の上ではおぞましい屍と魚が戦っている。
形勢は屍と騎士にある。
このまま見届ければチャンスが回ってくる筈だ。
ウォーサイトの勝負の様に勝負は最後までわからない。
栄光の騎士団(最強の役)とて負ける事はある。
「プリンセス! ホーリーパワー―――ッ!」
胸のペンダントから無数の白い精霊が飛び出しアナの身体を包んだ。
「おおお、これだこれだ! カーラ・ロウィーナ号で見た天使の卵」
エドアールは興奮した。
「やはりあの中には精霊の類が閉じ込められているのであろう」
懐から愛用の手帳を取り出すと夢中でメモを取る。
新月で手元は暗いが後で自分が解ればいい。
まばゆい光に包まれるアナ。
「光の精霊か?」
その直後、光の精霊を纏ったアナが騎士に突っ込んで行く。
「今だ」とエドアールは用意していたロープを垂らすと魚介共がその戦いに夢中になっている隙に大天使の卵を抱え、そろりとその場を立ち去った。
辺りを見回し、比較的手薄なケンブルの方を見やると姿勢を低くして闇に紛れた。




