嵐を呼ぶお姫 第二部(13)さらば海の戦友
アナ姫をめぐり激突するヴォーティー一家とパンチョス卿の戦い。
T字路に分断された副長ケンブル、水兵長ロブスの二人はスケアクロウの操る屍兵に大苦戦。
一方、ヴォーティー船長は冷静に戦況を読みながらパンチョスの攻撃に耐える。
アナとヴォーティー一家の運命や如何に?
(13)さらば海の戦友
ヴォーティーはサーベルを前に突き出し半身に構える。
決して自分からは切りかからない。
身体を前後にゆすって牽制だけに努めた。
パンチョスはそれに合わせて間合いを詰める。
盾のないパンチョスの右サイドを占有したい処だが、パンチョス相手にそう簡単にはいかない。
パンチョスもそうはさせぬと自分の右側にプレッシャーをかける。
踏み込んだら斬る。そこから先は必殺の間合いだぞ? と。
パンチョスはヴォーティーの意図を読み取っていた。
時間稼ぎをして屋根の上の石弓兵でこちらを攻撃する意図。
もう一つ、部下が包囲を突破するまでの時間稼ぎである。
「そろそろ石弓兵の装填時間か?」
パンチョスはそう呟くと、大きく後ろに飛び退った。
パンチョスのいた場所に石弓の矢が四本。
「練度が低いなぁ石弓兵」
パンチョスは笑いながら再び間合いを詰めヴォーティーに突きを食らわせた。
これは「受けてはいけない」突きだ。
ヴォーティーは咄嗟にバックステップをするとサーベルを引いた。
ヴォーティーは昔、パンチョスの試合を見たことがある。
この剣を受けるとサーベルを絡め獲られて詰む。
手首の返しが異常に強く、巻き取られるように剣を奪われる。
悔しいが剣の腕においてパンチョスが数段上だと承知していた。
「パンチョス卿、何故アナ様を狙う?」
ヴォーティーはパンチョスの気を引き、いったん体制を立て直すため問いかけた。
もちろんそんな駆け引きが通用する相手ではないがタエト再興を願うならこちらに協力してもおかしくはない。その疑問がヴォーティーの脳裏に引っかかっていた。
ヴォーティーの牽制の突きを軽く弾いてパンチョスが答える。
「時間稼ぎで話しかけても無駄だよヴォーティーガン大尉」
「いやなに、王都を守ったサンチョパンサ卿が名を変え、王家の血筋に仇なすというのだから興味も湧こう?」
ヴォーティーは下段の構えから小手を狙うパンチョスの間合いを外す。
「別に不思議ではなかろう? この七年間というもの王家は王家の役割をしていない」
「アナ様は王都の封印を解くために奔走しておられる」
危うく牽制の突きを大きく弾かれてしまいそうになりヴォーティーは体制を僅かに崩した。
「話してやってもいいが、戦いが疎かになっては話の途中で死ぬことになるが?」
その機を逃さず間合いを詰める。
「是非聞きたいですな」
ヴォーティーは後ろに引いた左手の中指だけを僅かに動かす。
その動きを察知したパンチョスが石弓を避ける。
石弓兵に合図を送るハンドサインを盗まれたとヴォーティーは苦い顔をした。
再び四本の矢が地面を叩き、石畳に弾かれて転がる。
「残念、目論見は外れたか?」
「まさか、この程度で倒せるパンチョス卿ではあるまいに」
ヴォーティーは不敵な笑顔で間合いを取ると体制を立て直した。
ヴォーティーの後ろから剣戟が聞こえる。
音からするとケンブルが優勢の様だ。
ヴォーティー聞こえてくる戦場音楽から戦況を読み取った。
ロブスは大楯で敵を防いでいる、苦戦はしていないが数が多そうだ。
四名の魚介水兵がそれぞれ二名ずつ二人の援護に回るが、相手の屍兵も手練れなのだろうか、一進一退である。
ケンブルの方が圧している、剣劇の数も少ない。
できれば石弓兵を向かわせて一気に突破したいところだが、パンチョス卿の相手をするのに一人では荷が勝ちすぎている。
石弓兵の援護があって初めて足止めできているのだ、ここを突破されればアナの担架まで一気に詰め寄られる。
副長ケンブルの腕を信じ突破できるまで時間を稼ぐ必要があった。
一方副長ケンブルはというと最初のうちは屍兵をばっさばっさと斬り捨てていたが、イシュタル騎士の屍兵が出てきたあたりで事態は一変していた。
剣の腕はケンブルが上であったが、何せ装甲が違いすぎる。
相手は鎖帷子の上に鱗鎧を重ね着しており、鋼の小手を装着していた。
狙う箇所が少ないうえに多少切りつけられても平気な屍兵である。
攻撃の支配権はケンブルにあったが、とにかく防御が固い。
下手に防具で受けられて相打ち覚悟で来られては生身のケンブルでは分が悪い。
数の有利で取り囲もうを魚介兵を背後に回らせようとするが、狭い路地ではそれもかなわず一進一退の攻防を余儀なくされていた。
水兵長ロブスは大きな盾で奮闘したが、相手の動きは明らかに遅滞行動である。
おそらく、パンチョス卿が船長を倒し、アナを奪取するまで時間稼ぎだろう。
後方のケンブルにはシャムシールと呼ばれる長剣を振るう騎士がいる。
ライオンの尻尾のようなしなやかなカーブを描くイシュタル騎士の主武器である。
雑兵が持つものも正確に言えばシャムシールなのだが、材質の鋼そのものが違いエルオンド読みでシミターと区別されている。
波のような紋様をもつ黒光りする刀身。
イシュタル独自の鍛造技術で作られたその剣は斬撃に特化した恐るべき剣であった。
妖精銀を編み込んで作られた鎖帷子を斬り裂いたとも、あの硬い竜人の首を抵抗もなく斬り飛ばしたとも言われる剣である。
ロブスはケンブルの腕は知っていたが嫌な予感がしてならなかった。
目の端で見るに重装甲の騎士に対し攻めあぐねている様子だ。
ケンブルと位置をスイッチ出来れば事態は好転するのだが…とロブスは考えた。
「少しでも数を減らさぬと、戦線を維持できなないな」
目の前にいる屍兵を数えてロブスは唸った。
ヴォーティーの方も一方的に圧されていた。
剣術の手の内がバレてしまったからだ。タエト流儀の剣術に海賊との戦闘で培った変則的なフェイント。最初は通じていたが相手が悪すぎた。
相手はアナを子ども扱いしたタエトの元騎士、手練れ中の手練れだ。
もっともアナは子供ではあるのだが、初動の速さ、読みの鋭さ、独特の体術、運足ともに大人の騎士を凌駕する。そのアナが手も足も出ないのだからアナに負けた自分が敵うはずがない。
しかしその敗戦が功を奏した。
自分の腕を過信して斬り結べば恐らく十合と打ちあわずに負けていただろう。
「先ほどの話の続きですが、アナ様を助ける側に回っては?」
「雇い主が変わっている。給金ぐらいは働かんとな」
王家が滅亡したとなると新しい雇い主に忠誠を誓うのも不思議ではない。騎士とは職業軍人なのだから。
「なるほど、騎士の鏡ではありますな」
気を逸らそうと話しかけるも、パンチョスの攻撃の手は緩まない。
盾を前に掲げグイグイと前進して来る。
アナの担架まで20フィル(約6m)まで押し込まれる。
サーベル一本では全く歯が立たない。
手の内を読まれては足止めもおぼつかない。
他に手と言えばヴォーティーの腰の単筒だが威力からすると盾を貫通するか怪しい。
ヴォーティーはT字路の所まで下がると左にサイドにステップしてその切っ先を躱し、盾の無い方向から突きを繰り出した。もちろん牽制である。
深く突けば、パンチョスの術中にはまる。少し広い場所にパンチョスを誘い、護衛の魚介水兵に介入させる為の誘いだ。
予想通りパンチョスは身体を回転させるとその突きをするりと躱し、横薙ぎにヴォーティーに斬りつけた。
戦場を飛び回る燕の如く目まぐるしい足捌きでヴォーティーを翻弄した。
軽くフェイントをかけると屋根上にいる石弓兵に狙いを定めさせない様に魚介水兵を盾にし、また蹴りを入れて縺れさせる。
乱戦こそタエト騎士の真骨頂であった。
悔しいが腕が違いすぎる。
ヴォーティーは防戦一方になりじりじりと後退した。
すぐ後方に担架が迫る。
もはやここ迄かと覚悟を決めたようにヴォーティーは担架を庇い立つ。
タエト式の誓いの儀式の様にサーベルを立てて言った。
「このヴォーティー、盟約にしたがいアナ様をお守りすると誓った、パンチョス卿、お覚悟」
「はは、男だね大尉」
パンチョスは笑いながら間合いを詰めた。
アナの担架迄一足。
するとヴォーティーは二本指を立てて石弓兵に合図する。
「撃て!」
その合図に反応してパンチョスは半歩後ろに下がった。
二本の石弓の矢がパンチョスのいた場所を撃つ。
半歩下がったのは残りの矢に警戒したためだ、大きく下がって体制を崩せばそこを狙われる。パンチョスの騎士としての勘だった。
すかさずヴォーティーが全身を使った鋭い突きを放つ。
今まで見せていた突きとは比べ物にならない速さの突きだった。
パンチョスの感覚を狂わせるため速度をわずかに落としていたのだ。
パンチョスはその突きを盾で弾き返すと、回転して残りの石弓をも避ける。
「なかなか駆け引き上手だ」
「それはどうもパンチョス卿」
ヴォーティーは突きを弾かれ、苦笑いしながら体勢を泳がせた。
「海の戦友よ、さらばだ」
パンチョスもまた今までに無い速度で踏み込むと鋭い突きを繰り出した。
ヴォーティーの策は通じないのか?
天才戦術家のパンチョスは「海の戦友よさらばだ」というセリフと共にヴォーティーに鋭い突きを見舞う。
どうなるヴォーティー船長!?
待て次号!




