嵐を呼ぶお姫 第二部 (11)猟師と猟師
ロウィーナ号に避難するため、魚介水兵どもは踊る羊亭に集結した。
元情報将校VS天才軍師の策はどちらに軍配が上がるか?
ヴォーティー一家はアナを守り切る事が出来るか?
嵐を呼ぶお姫 第二部 (11)猟師と猟師
パンチョスは兵站の見積もりを多く見せかけた。
理由はアナ一行が防衛拠点を確保するために戦力を分散させるため、兵站が整うまでの時間的猶予を計算させるためであった。
焦ったアナ達が郊外にある砦を拠点にすることを読んだ作戦である。
分散した戦力を確固撃破する。
もし砦に逃げられても確実に追い込み逃げ場を失くす。籠城とは援軍が到着する前提での作戦であり、逃げてくれれば包囲して消耗させる。どちらに転んでもパンチョスの手の内だった。
セバスチャンは敵戦力の見積もりを多く予想して見せた。
黒猫の使い魔に気がついていたからに他ならない。
パンチョスの意図を汲んで戦力を分散した。
早期に、しかも戦力が整わない状態で襲ってくれれば、そこでパンチョスを討つ。
飛び道具を持たないパンチョスと手の内が分かったスケアクロウの二人だけなら勝機はある。ここで撃ち漏らしても砦に立て籠る。
援軍を期待するわけではない。
アナの回復の時間を稼ぐのだ。
包囲してくれればしめたもの、スケアクロウと屍兵を一人で圧倒するアナだ、包囲網を破って抜け出すことも可能であろう。
セバスチャンの予想では包囲戦を行う兵の数が足りない。
郊外とはいえイシュタル軍の駐屯地近くでの軍事展開である、建前上イシュタルも出兵しなくてはならない状況を作る準備もある。
セバスチャンはパンチョス陣営に手ひどい打撃を与える策を練っていた。
パンチョスは包囲戦の兵員不足について承知していた。
包囲網を突破される前提で布陣している。
セバスチャンが突破を試みた場合、手ひどい罠に陥る。
地形の起伏を利用し、退路を絞って罠を張る。
どうせ籠城し、アナ姫を回復させようというのであろう。
だがそうはいかないと算段する。
この戦いの目的はアナの奪取だけではない、それが難しい場合は最低でもセバスチャンを殺害する。ブレインを失えばただの戦闘力が高いだけの小娘だどうとでもなる。
イタチと猟師の知恵比べ。
両方が猟師であり、両方がイタチである。
狩るか、それとも狩るかの知恵比べ。
情報将校の策か、天才戦術家の策か。
作戦が決まるとヴォーティーは伝令を出して副長に救出部隊を編成するように命じた。救出部隊が到着するとセバスチャンとキャリバンは砦への偵察と確保に向かい、ラマンチャはスケアクロウが潜伏していると思われる廃墟を偵察に向かった。
「陸上兵力だけなら鉄壁なのだが」
ヴォーティーは停泊中のロウィーナ号を遠目に見て思う。
鎧を着こんだ騎士や兵士が海に浮かぶロウィーナを攻撃するとすれば火矢だろう。
しかし敵陣営に火矢を放てるロングボウ兵は居ない。
他にロウィーナを有効に攻撃するなら攻城弩、大砲だが、軍隊でもない教団が大掛かりな攻城兵器を用意するとも思えない。攻城櫓も海に浮かんだ船には効果が無い。
流石に街中で攻城兵器やら大砲やらを使ってドンパチやられたら駐屯軍も黙ってはいまい。
アナとの戦いで戦闘施設の大半を失ったロウィーナ号だったが二門ほど大砲が生きている。火力としては上々だ。
しかし相手に魔術師がいるとなると話は変わってくる。
通常の戦闘の常識が通用しない。
自然の理を超えて来るからだ。
アナ達を隔離した「意識を遠ざける魔法陣」と通路を封鎖した「障壁を出す魔法陣」。
スケアクロウの使った「魔法障壁」「恐怖を生み出す魔法陣」「衝撃波を打ち出す魔法陣」
どれも必殺の威力を持つ魔法ではないが、使い方次第で大きな脅威になる。
街の住民に「ここを通りたくない」と何となく思わせるだけの魔法陣が「なんとなく、ここを見張りたくない」と思わせる事が出来るなら秘密裏に敵の懐に入り込む事が出来る。
効果の範囲や、効果の時間、どの程魔法が度効くのか未知数だ。
実際に可能かはさておき、魔導との戦いに不慣れなヴォーティーはあらゆる可能性を探っていた。
――踊る羊亭 深夜
「諸君、作戦決行の時が来た。我らに課せられた使命は重い」
ヴォ―ティー船長はカウンターの前に立ち、集まったクルーの顔を一人ひとり見回した。
「我らの使命は大恩あるドルシアーナ様の警護であり、安全にカーラ・ロウィーナ号へとお連れすることである」
穏やかだが張りのある声に集まったクルーたちは身が引き締まる思いであった。
声を張り上げて魚介たちが船長を称える。
まるで池に集まった鯉のようだ。
「流石船長!」
「姫様を守るぜ!」
「姫を守るは騎士の誉ってな」
「お前、騎士じゃなくてマグロだろ?」
「そういうお前はカツオじゃねえか」
「まあまあ、仲間割れしてる場合じゃないでしょ先輩」
「アクアパッツアは黙ってれ?」
「ひどいな」
「コラお前たち、静かにせんか!」と魚介を掻き分けて巨漢の水兵長が頭をゴツンとやる。
「あ、水兵長! アナ様は大丈夫なんですか?」
「水兵長、今夜の作戦お任せください」
「水兵長、オレ、アナ様命がけで守ります!」
わちゃわちゃと水兵長に詰め寄る魚介水兵。
「ええ、一度に話すな、誰が何言ったかわからんだろ?」
大騒ぎの魚介共。
「静粛に諸君!」
ヴォーティーが手を上げるとピタリと黙り、姿勢を正し、揃って傾聴する。
よく訓練された魚介共だ。
「スピンジャック、そしてツナ」
真っ先に呼ばれたのは二人の新入りは背筋を伸ばして敬礼した。
もちろん本名ではない、カツオとマグロの頭をしているのでそう呼ばれている。
「お前たちは足が速いと聞く、アナ様の担架を担当してほしい、重要な任務だ」
そう言ってヴォーティーは二人の肩を叩いた。
「俺達が?」
「アナ様を?」
スピンジャックとツナはハイタッチで大喜びだ。
「アクアパッツアは斥候だ、お前の観察力に期待する」
「了解であります!」
役立たずと言われたアクアパッツアが拳を握りしめる。
そのように一人ひとり役割を伝えた。
新兵である三人は直接、船長に命を受けて興奮気味にもう一度背筋を伸ばす。
「デニ、お前も斥候だが役割は魔法陣の発見だ。街を隅々まで知るお前にしかできない任務だ、頼めるか?」
「もちろん…です! 船長」
デニも初の任務に興奮したが、その重要性を理解してはしゃぐのを抑えた。
そうやって役割分担をヴォーティーが伝えた後、水兵長ロブスと副長ケンブルが二班に分かれて詳細を伝達する。
前衛はタワーシールドを持ったロブスと古参の精鋭水兵。
斥候役のデニとアクアパッツアを含む。
後衛は副長ケンブル。
剣術に秀でるケンブルは予想される襲撃に備える。
中段の担架係と建物の屋根に配置した石弓兵に指示を出した。
アナは急ごしらえの担架に乗せられて夜中に移動することにした。
担架の準備が出来ると二階の客室から降りてくる。
「皆様、本日はよろしくお願いいたします」
優雅な足取りでアナは階段を下りながら魚介水兵達に向かって語り掛けた。
顔には微笑みを称え、一人一人に目線を送る。
「こんなにも頼もしい護衛がついて私は幸せ者ですね」
アナは酒場のカウンターの前まで来ると、そう言ってスカートの端を軽く持ち上げる。
「大丈夫かよアナ! すげえ怪我したって聞いたぜ?」
デニが心配そうにアナに駆け寄る。
駆け寄って気が付くがアナの額には脂汗が滲んでいる。
「痛くない訳ないよな」
そう小声で言うデニにアナは黙っていてと目線で合図をする。
「大丈夫よデニ、ロウィーナ―の船医さんの腕は確かでしたわ」
スカートで隠した拳を握りしめて痛みに耐える。
「この戦いにはタエト王国の未来がかかっています。魔導器と卵を黒の教団渡してはなりません」
「アナ姫様ぁ、」
「アナ様ぁ!」
魚介共が一斉に拳を振り上げる。
「私たちは魔導器を集め、王都を奪還いたします。私たちの手で同盟国に同盟保護という名目で占領されたこの国を解放し、元の平和なタエトを取り戻しましょう」
アナの演説に魚介たちは意気軒高でアナに向かって何度も拳を振り上げ叫んだ。
「アナ様!」
「アナ様!」
「アナ様!」
「アナ様、オレ達やりますぜ!」
「風呂に入ってきました!」
「ぜひ、握手してください!」
「俺達の手で祖国タエトを!」
「諸君、それぐらいにしないか! アナ様は怪我をされている」
ヴォーティーは手を振り上げ魚介共を追い払った。
「アナ様、あまり無理を」
ヴォーティーは心配そうにアナの手を取った。
「ありがとう、ヴォーティー…」
アナは微笑むと皆に手を振った。
「それでは予定通り、担架で運びます、脇腹の傷に障りますのでこのクッションをお使いください」
船長室にあったクッションをアナに抱かせ、担架に乗せる。
「恐らくパンチョス卿は道中待ち伏せをしているでしょう」
「その時は私も…」
「なに、ヴォーティー一家を見くびらないで頂きたい」
ヴォーティーはアナに毛布を掛けると囁くように言った。
「本当に傷が開きますぞ、パンチョス卿は強敵なれど、連携した我がクルーたちなら撃破は可能。先日の仇をとって差し上げましょうぞ」
「諸君、出発だ!」
「アイアイサー!」
魚介共は配置についた。
気丈にふるまうアナの演説で皆の心は一つになった。
ヴォーティー一味は新月の夜に出立する。
次号 ヴォーティー一家VSパンチョス!
お楽しみに!




