嵐を呼ぶお姫 第二部 (9)作戦会議
怪我を負ったアナを守っての防衛戦。
セバスチャンを始め男性陣で作戦会議が開催された。
黒の教団の兵力予想から時間勝負と読んだセバスチャンはメンバーの団結の意味を込めて
意見の集約を行うのであった。
(9)作戦会議
アナが痛み止めの薬を飲んで寝ている間に男性陣で作戦会議を開いた。
踊る羊亭の奥テーブルにセバスチャン、ヴォーティー、ラマンチャ、それにキャリバンの四人。酔客でにぎわう喧騒の中、奥の座席は間仕切りのお陰で比較的静かだった。
この宿に飼われているのであろうか、近くで昼寝する黒猫以外に客は寄ってこない。
ロングソードを佩いているキャリバンと海賊ヴォーティーがいるためだ。
騎士に絡む酔狂な輩は居ない。
またこの街でヴォーティー船長に絡む輩も居ない。
二重の意味で誰にも聞かれずに作戦会議に没頭できた。
客室で行わないのはアナに、余計な心配をさせない意味もある。
最後に客室から降りてきたラマンチャにヴォーティーが訊いた。
「アナ様は?」
「アナ? 比較的元気だよ。あいつぶち殺しますわ、あいつぶち殺しますわって呪文みたいに唱えながら寝てる」
「思ったより元気そうだな」ヴォーティーが目を見開いて笑う。
あれだけ痛めつけられて凹んでいると思ったが、それだけ活力があるなら怪我の治りは速そうだと皆が笑った。
負けず嫌いのアナの姿を思い浮かべてセバスチャンも思わず笑ってしまう。
傷の具合は心配だが思いのほか元気で安心する。。
「ウチの船医の見立てでは完全に治るまで二週間と言ったところだ、で食欲はあるのかラマンチャ?」
「今朝も朝食のベーコンエッグをおかわりしていたよ船長。傷はまだ痛むみたい。食べながら『痛い』『美味しい』を繰り返していた」
「ははは、それは何より」
アナの怪我の具合や様子を共有しながら作戦会議に移る。
街の見取り図を見下ろしながら敵の潜伏先や進路予想を行う。
兵力の駒の代わりにウォーサイトのカードを使った。
カードの種類が豊富で兵種を表わしやすく便利なのだ。
「アナ様が動けるようになるまで二週間ですか、かなり拙い状況ですなセバスチャン殿」
ヴォーティーが地図を睨む。
魔術師共が元騎士を雇ったという事は傭兵を雇っている可能性が高い。
加えて屍人使いのスケアクロウがいる。
数で圧されるのは避けたいところだ。
今までであれば教団の戦力は魔術師以外にたいしたことは無く、接近戦闘になれば脆いものだった。
しかし今回は指揮能力がある元騎士、それも竜人戦争で最前線を戦い抜いた超一流の戦術家が加わっているのである。今までの様に軽くあしらって終わるわけにはいかない。
「黒き教団がアナを嗅ぎつけたということは恐らく援軍を伴って再攻勢をかけて来るだろう、わしの見立てで一週とかからん」
セバスチャンの見立ては的を射ていた。
黒の教団の勢力、スケアクロウの所属する過激派は魔術の軍事転用に関心がある貴族のパトロンがついていた。地方小領主の手勢くらいは準備できると考えて良い。
竜人戦争において魔術の有用性が示されたからだ。あの戦争で正教会の戒律なぞ守っている場合ではなかった。
王立魔導院が各国で設立されたのは表向き、研究機関としてだが「魔導器」「魔法陣魔術」「精霊医療」そしてほぼ完全に失伝した「詠唱魔術」の復元が急務であった。
詠唱魔術については聖騎士王の焚書事件、いわゆる聖騎士王ラインと正教会の魔術狩りによって数百年前に途絶えている。
炎の玉を投げつけたり、氷の刃を降らせたり、竜をも従わせたり出来たと伝承にはあるが、その大きな力は代償として悪魔と契約し自らの魂を売るという神の教えに背く邪悪な術であると正教会の聖典にも書かれている。
もしも黒の教団との繋がりが判れば異端審問にかけられ貴族としての地位を失う事にもなりかねない。
しかし黒の教団だけがその失われた魔術の一部を伝承しているというのだから秘密裏にでもその力が欲しいという貴族は少なからずいた。
兵站はセバスチャンが商業ギルドに潜ませている密偵からの情報でわかる。
兵の規模も、装備も全てだ。
表向き協力は出来ない貴族から資金のみ調達するためである。
この事は今後の事もあるためメンバーにすらネタばらしはしない。
実際には襲撃の決行日も予測はついていたが大雑把に1週間以内とだけ予測を話した。
「それでは怪我が治っていないアナを守りながら戦うんだね?」
ラマンチャは地図を見ながら唸った。
以前アナとセバスチャンが教団と出会った時はスケアクロウを撒いて身を隠したが、今回は上級指揮官のパンチョス卿がいる。
パンチョス卿がこの機を逃すとは思えず、向こうの準備が速いか、こちらの準備が速いか時間との勝負であった。
「その黒きなんとかって、何が目的なのセバスチャンさん」
素朴な疑問ではなく明確に作戦を見据える目でラマンチャが尋ねる。
「敵の狙いは第一にアナ様だ。アナ様の拉致は彼らにとって何重にもの意味がある。第二には先日引き揚げた天使の卵だ、あの大きさの卵…実物は初めて見る。魔導器の研究をしている彼らには喉から手が出るほど欲しいものであろう」
「だとすると、アナを守りつつ、卵も守るって事だよね」
「そうだ、彼らが魔導器を使って何をしたいのかわからぬが、あの「大型の卵」は渡すわけにはいかぬ」
セバスチャンは眠る黒猫に視線をやると顎鬚に手を当てて考えた。
「アナ様が動けるようになるまで悠長に待つ訳がない」
「どのぐらいの兵力で来るかですね」
キャリバンも地図を睨む。
「恐らく騎兵を伴って百二十から三十の兵だろうな、それに加えて屍兵だろう」
セバスチャンは自分の見立てより多い数を言った。
「それぐらいの規模であれば三、四日ほどで兵站はそろいますね」
キャリバンは地図上にあった歩兵のカードを3枚、街道に置いた。
「黒き教団の援軍はそんなに早く来るのか?」とヴォーティーが生えてきた顎鬚を撫でつけながら唸る。
「まあ、兵だけではない故、編成には時間がかかろう」
セバスチャンが商人のカードを歩兵のカードに付けて置いた。
その他に魔術師のカードと騎士のカードを付け加える。
「パンチョス卿は偵察だろう、あわよくば拉致を狙ってだが、ラマンチャの話を聞く限り、パンチョスはどうも今回の作戦に熱心ではなさそうだ」
教団とパンチョス卿の目的は違うという事であろうとセバスチャンは分析する。
教団と我らを潰し合わせてアナ様をかっさらう気かもしれぬ。
セバスチャンは数度会って話しただけだがパンチョスの戦術眼、大局観には驚くべきものがある。
あの悲惨な防衛戦で部下を多数生き残らせたのだ。
前回の戦いで見せた雑な指揮は、素直に教団に渡したくないという事ではないかとセバスチャンは分析する。
「ここの女将には世話になっているから巻き込みたくない、早々に拠点を移さねばな」
セバスチャンは地図に目を戻して意見を募った。
仲間になったばかりの者たちだ、意見を出し合う事で結束を固めたい意味もある。
「少ない人数で守るとなれば、この砦跡はどうだ?」とヴォーティー。
竜人戦争の際に攻め落とされた砦の廃墟だ、デイビーデレ山の麓にある。
屍兵やら一般の教団僧兵程度なら十分防衛できそうだが、問題は向こうにいるであろう黒魔術師がいた場合、砦の城壁が損傷したままでは厳しい。
「うちの船から石弓兵を出せる、あとマスケット銃がある。有効射程は魔導より長いのではないか?」
スケアクロウとの戦闘で魔術の射程が比較的短い事が分かった。ヴォーティーはアウトレンジでの戦闘を提案した。
短弓を装備した北方の騎馬兵との戦闘でエルオンド帝国が勝利した弓馬の戦いの戦史が元になった作戦で、馬防柵で足止めして短弓の射程外からロングボウで叩いた作戦だ。
射程の短い魔術師を叩くなら手練れのロングボウ兵が欲しい所だが、平時に水兵をしている魚介水兵達には無理な注文だ。
聖騎士王の時代でもロングボウの連射で魔術師をアウトレンジから釘付けにするこの作戦は有効だった。
矢避けの魔術を飽和攻撃で無効化するのである。
スケアクロウの魔法陣のような防御があった場合も同様で魔法陣展開中は動けないという弱点を突く事が出来る。
アウトレンジで固定して砦に攻撃魔法を射出させない作戦が取れる。
マスケット銃一丁では有効射程は長くとも、次弾装填中に容易に近寄られてしまうだろう。
とにかく敵の装備や編成が知りたい。
「しかし教団とて自前で軍隊を持っているわけではない、戦力を削って士気を下げ、諦めさせたいところだ」
「こちらに石弓兵がいる事はバレていると考えたほうが良いな」とヴォーティー。
「大楯くらいは準備して来るかもしれませんね」キャリバンが手を上げる。
籠城できるなら凌げそうだとセバスチャンは城壁カードを砦の前に並べた。
「でも、この砦、何か住んでない?」とラマンチャが意見を出した。
地元のラマンチャ曰く、夜に明かりが見えるという。
「偵察に行きましょう、敵の数が把握できれば対策も立てられましょう」とキャリバンが手を上げた。
「偵察なら俺が行くよ、子供なら怪しまれないし」
ふむ、と頷いてセバスチャンはラマンチャを見た。
半魚魔神の時もそうだったがラマンチャは聡い。ここはラマンチャに経験を積ませたいとセバスチャンは考えた。
「砦に籠れば敵は余計に兵站を準備する必要がある、遅滞行動としては的を射てますね」
キャリバンが商人のカードを追加で並べる。
「私なら先遣隊で攻撃を始め、輜重は後から来させますな、我々に援軍は無いと踏んでいるでしょうから」
ヴォーティーが商人のカードを後方に下げる。
なるほどと、その意見に賛成とキャリバンも手を上げる。
そして部隊編成について意見を述べた。
「他所から大掛かりな行軍は無いでしょう、仮にもイシュタル軍が平和維持と称して駐留しています、わたしはパロから来ましたから関所を数か所通ってきました」
騎士キャリバンは街道にある拠点を指差した。
「そして編成した兵力で街を襲撃するならデイビーデレにあるイシュタルの駐屯兵を無視できない」
「ふむ、すると各個旅人にでも変装して集結する感じですかなキャリバン殿?」
「思ったより少人数で来る事も考えられますね、少数精鋭で」
「それは無いよ、ヴォーティー船長、少人数だと包囲できない」
ラマンチャはカードを並べ直して包囲網を表わした。
「なるほど、ラマンチャ。ではどうやって百三十程の兵を編成する?」
「でもさ、隊商を装うかもだよね船長。寄り合い馬車に兵員を隠してこっちで鎧を着こめば関所を抜けられるかも」
ラマンチャはこの時期来る隊商の特徴を話した。この時期、隊商が来るのは珍しい事ではない。
海路の利権をイシュタルが掌握し、陸路はパロからの輸入品やタエト西側の特産物を扱う。その隊商に扮して兵を展開することは十分あり得る話であった。
「どちらにせよ時間との戦いだな、明日は丁度新月…アナ様を一旦ロウィーナ号に匿おう」
戦闘に堪えないアナの護衛はヴォーティー一家が担当することとなった。
ひとまずこの宿を出て停泊中のロウィーナ号に移る。
一応、そのままロウィーナ号に隠れる案も出たが、舵が壊れ、移動できないロウィーナ号では退路を確保できないことと、揺れる船上からでは敵の魔術師を狙撃できないことから断念された。
作戦としてはこうだ。
ひとつ、ロウィーナ号に一時避難している間に砦を確保する。
ふたつ、敵の兵力が整わぬ間に砦に移動して籠城する。
みっつ、伏兵で敵の兵站、魔導士などの戦力の根源を脅かし撃退する。
留意、イシュタルの駐屯兵と連携すること。
作戦が決まるとヴォーティーは伝令を出して副長に救出部隊を編成するように命じた。救出部隊が到着するとセバスチャンとキャリバンは砦への偵察と確保に向かい、ラマンチャはスケアクロウが潜伏していると思われる廃墟を偵察に向かった。
アナ一行に危機が迫ります。
竜人戦争で巧みな戦術を用い、絶望の淵から部下を救った英雄パンチョス卿が
アナ達を追い詰めます。
ヴォーティー一家の魚介水兵達はアナを守り切る事が出来るか?
緊迫の次号お楽しみに!