嵐を呼ぶお姫 第二章(5)タエト騎士の戦い
圧倒的な実力差を見せつける元タエトの騎士、パンチョス。
とぼけた男だがアナを確実に追い詰めていく。
アナとラマンチャの運命はいかに?
嵐を呼ぶお姫 第二章 第五幕 開幕です。
(5)タエト騎士の戦い
アナは意識が飛ぶのを必死にこらえた。
痛みの中、戦力の分析をして冷静さを保つ。
スケアクロウ、騎士パンチョス、屍兵二体。
「小僧はいらないが、人質にはよさそうだ、案山子! 此奴らに命じて運べ」
遠くで何か言っているような感覚。
「死んでねえか? 動かねえぞ?」
ざわざわと耳の中が騒がしい。
殺気を気取られぬようにしないと。
膝をつき、路面に突っ伏して這いつくばる。
地面の音を顎の骨経由で聞き取る。
肺呼吸は未だ回復しない。
浅い呼吸が脳に血液を送る。
考えなきゃアナ、考えろ!
「屍兵、けっこう役に立つじゃないか? なあ案山子」
スケアクロウは他にバラバラになった屍を拾い、くっつけて再利用しているようだ。次々と屍兵が復活していく。
戦力差は広がる一方だ。
「くそ、大事な屍を吹き飛ばして、使い物にならないじゃないか」
ぶつぶつ言っているのはスケアクロウ。
声の角度からこちらに背を向けているのがわかる。
「案山子のは、嬢ちゃんを甘く見過ぎだったな、嬢ちゃんと正面からは俺もやりたくねえ」
パンチョスはそう言っているが、アナは手も足も出なかった。
「魔法陣は回収、嬢ちゃんは縛っておけ、少年は…そうだな、生きてても生きてなくてもいいか、屍の材料にするから」
ーー縛られ、武装を奪われる前になんとかしませんと。
横隔膜が機能しはじめ、アナは気付かれぬように全身に酸素を送る。
静かに呼吸を整える。
パンチョスが別の方向を見る瞬間を狙う…、
アナは飛ぶように起き上がり、斜め後ろを向いて指示するパンチョスに魔導銃を撃ち込んだ。
「危ないね、姫様。結構深く入ったのにまだ動けるんだ、すごいね、いやまったく」
魔導銃はカイトシールドに吸い込まれていく。
予見したかのようにパンチョスは魔導弾を盾で受けたのだ。
「くっ」
胃からこみ上げるものを飲み込んでアナは尚も連射した。
顔、足、肩、太腿。
対角線に散らばるように撒いた弾をパンチョスは半身になり、盾で防御する。
いつもは間合いに入って相手の機先を制するアナだったが、今は間合いに入ることを躊躇う。
理由はパンチョスの盾だ。
「対角線に撃ってくるって、怖いねお姫様、誰に習ったの?」
人間の反射神経には限界がある。アナが対角線に撃ちこんだのは相手の反応を狂わせ、遅らせるためだった。
半身になり盾を構えられると狙う所が無い。
通常の盾なら盾を貫通し、相手にダメージを与えられるのだが、パンチョスの盾は何かしら魔導対策を施している様だ。
「ずいぶん頑丈な盾ですわね、パンチョス卿」
「お、わかる? 流石だねお姫様。 ところで声に淀みがないね、ダメージ回復してきたかな?」
そう言うと、アナの左に向かってロングソードを当てに来る。踏み込みは軽やかで、淀みない。
アナは左手でサーベルを半分抜き、その攻撃を受け止めた。
ーーいいえ、受け止めさせられた!
「これにも反応するんだね、偉い偉い」
パンチョスの行動にはいくつかの意味があった。
アナが二丁目の拳銃を抜かない様に、そして半端な状態で刀を抜くように、アナの運足が機能していない事を確かめるため、そしてあの銃はこんな時に使えるのか否かを判定するためだった。
アナの銃は高位の魔神すらも倒す威力がある。
だがそれはしっかりと誰かの支えが必要だ。
屋根からアナの戦いぶりを観察していたパンチョスは低威力の魔力放出では煙幕、そして威力は拳で殴られた程度。
通常威力でも貫通力は最新兵器の銃と比べて劣り、さらにあの体格では通常威力を打つ際には、しっかりと体制が整わなければ撃てないという事も見破っていた。
アナはパンチョスの一撃を受けてよろけた。
身体の機能が回復しきっていない証拠だった。
ーー情報を得るつもりが、相手に情報を与えてしまいましたわ。
アナは自分の軽率さを悔いた。
しかし、この状況の不利を覆すために打てる手を打たなければならない。
ひとまず煙幕を張ってラマンチャを救出する。
幸い、ラマンチャを捕らえているのは屍兵だ、この男を相手するよりずっといい。
しかし煙幕は発生しなかった。
魔導の弾丸はパンチョスの盾に吸い込まれていく。
「魔導吸収の呪いですか、洒落臭いですわね」
アナは銃で牽制しながら屍兵に斬り込んだ。
しかし力の入らない左手の攻撃では屍兵すら倒せない。
いつもは正確無比なアナの斬撃は屍兵の腕を斬りつけて骨で止まる。
「ラマンチャ!」
アナは屍兵の顔に魔導銃を撃ち込むとラマンチャの腕をつかんでパンチョスとの間合いを取った。
ラマンチャは無事、それだけを確認できただけでも目的は達せられた。
ラマンチャは右肩で短剣を受けたようだ。
深く突き刺さる前に骨で止まっている。幸い筋肉を断つ角度ではなさそうだ。
「おお、素晴らしい脚力、これに案山子君は苦戦したんだな」
そう言うといつの間にか持っていた短剣をラマンチャに投げる。
受けるしかないアナは完全にパンチョスに行動をコントロールされている。
後手後手に回り窮する。
とっさにサーベルで受けてしまい、自身の防御がおろそかになる。
パンチョスはロングソードを見せ技に、アナの鳩尾に蹴りを放った。
アナも咄嗟に魔導銃を撃ち返すが盾に吸い込まれてしまう。
アナの幼い鳩尾に蹴りが突き刺さる。
今度は少し身体を捻って受け流した。
しかし態勢は大きく崩れ、再び肺腑の機能が低下する。
完全にパンチョスの術中だった。
タエトの剣術の発祥は聖騎士王の一人、聖女タエトが伝えたものだ。
聖騎士の中でも非力な彼女は回転体術による威力向上と戦場の把握、機先を制して相手の行動を抑止することに長けていた。
この戦いを教えたのが最強、一騎当千と言われた聖騎士王アドリアだった。
聖騎士王タエトはこれに自身の流儀を加えて自分の配下の騎士に教えたと言われている。
まさにパンチョスはそのタエト騎士が伝承した戦いを実践していた。
加えて魔導吸収盾である。
アナは薄々気が付いていたが、この吸収された魔力はパンチョスの身体強化に使われている様だった。
動き自体が常人のそれではない。
アナの踏み込みが速いのは術理からだがこの男のものは違う。
先ほどの左への一撃もそうだが、踏み込みが異常だった。
今の攻撃も、一足で踏み込めるような間合いではない。
パンチョスの戦いはアナの見込みの上を行き、戦闘プランを台無しにしていった。
一方的に畳み込まれるのはアナの予測を利用しての事なのだろう。
アナの脳がパンチョスの戦闘法を分析する。
「諦めな、お姫様。今日はアンラッキーデイなんだよ、おうし座最悪だって辻占星術師が言ってたぜ?」
蹴り脚を素早く戻すとバランスを崩したアナに盾を押し付ける。
更に体制を崩し剣と銃を封じる厭らしい一手だった。
アナは盾攻撃を読んで、身体を回転させて威力を減じた。
ついでにサーベルでパンチョスの足を斬りつける。
シールドバッシュに対するタエト騎士の回転技法だったがパンチョスには通じない。
「ああ、危ない危ない、お姫様、マジでスカウトさせてくれない?」
片足を上げ斬撃を軽くかわすと、そのまま強く踏み込んで盾でアナを突き飛ばした。
アナは簡単にラマンチャから引きはがされてしまう。
魔導銃が手から離れ、路面を滑るように転がる。
辛うじてサーベルだけは手の中にあるが、サーベルを下にして横倒れになり行動を制限されてしまった。
百戦錬磨のタエト騎士にタエト騎士の技で対抗するのは愚の骨頂であるが、アナの身体は危機に対して身に着いた技を選択する。
おそらく初対面であればここまでの差は無いだろう。
アナはパンチョスに動きを観察されていたのだ。
パンチョスはラマンチャを蹴り上げると、短剣の刺さっていた右肩を踏みつけて自由を奪った。
「おじさん、荒っぽい事苦手なんだよなあ、少年…殺したくないなぁ」
ラマンチャを殺す事なんかまるで意に介していないのはアナにもわかる。戦いの一要素でしかない。
生きてたら人質、アナをコントロールする餌。
死んでいてもアナへの精神的な揺さぶりぐらいには使える。
優しく死体を投げてやれば、あの甘っちょろいお姫様は抱きとめるだろうと考える。
「おかしいですわね、今日のおうし座は、白馬の王子様が現れて貴女を助けるでしょう…でしたわ?」
会話で時間を稼ぎ、少なくとも飛び起きる態勢に移る。
会話に乗って油断してくれれば御の字だ。
「白馬の王子って言うか、乞食の少年でしたなお姫様。その辻占星術師はヘボなんですよ」
パンチョスは軽口を叩きながらも隙を見せない。
それどころかスケアクロウに顎で合図し、屍兵が距離を取って取り囲んでくる、アナの斬撃が届かない厭らしい位置。
スケアクロウは右手の衝撃波を、屍兵はシミターをそれぞれラマンチャに向むけて構えている。
「ご同行いただけます?」
パンチョスは白い歯を見せて笑った。
最悪化と思われた状況にはまだ下があった。
ラマンチャは捕らえられ、魔導銃も手から離れる。
どうなるアナ!?