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嵐を呼ぶお姫 第二章(4)元タエトの騎士パンチョス

前回の(3)を直していまして更新が遅くなりました。

スケアクロウの屍兵に囲まれ万事休すの状態のアナ&ラマンチャ。

楽しいデートから一転、命の危機です。

アナの剣も圧倒的な数の屍兵に圧され、恐怖の呪いが機動力を蝕みます。

さあ、ラマンチャはアナを助ける事が出来るか?

第二部は四幕元タエトの騎士パンチョスの巻き、開幕です。

(4)パンチョス

 

 ウルの実、燻製肉に干した貝、それにランプの燃料油。

 ラマンチャは買い物かごの中身を次々投げつけた。

 小玉スイカ大のウルの実が後衛屍兵の顔面にヒットする。

 もちろん、そんなことでは怯むはずもなく屍兵はラマンチャめがけて突進してくる。

 しかし、火をつけた燃料油が撒かれると屍兵たちは突然その火に突っ込んで行く。

 ラマンチャには理由がわからなかったが、虫たちが光に集まるように、生命を感知して襲い掛かる屍兵が大きな炎を生命と誤認したのであろう。

 次々と後衛屍兵達が炎の中に突っ込む。

 もちろん、ランプの燃料油ひと瓶で倒せる相手ではないが、屍兵たちは一塊になる。その行動からラマンチャは詳細な命令は受けていないらしいと考えた。

 スケアクロウは沢山の屍兵を動かすため、自立行動に条件付けし命令を出していたのが仇になったのだ。

 とにかくチャンスだ。

「アナ! こいつら炎に寄っていく習性がある!」

「わかったわ!」

 アナはその間に前衛屍兵に弾幕を浴びせる。

 腕、肩、胸、腰!

 低威力の魔導弾を四連射する。

 腰を打たれた先頭の前衛屍兵が失速する。

 アナは屍兵の動きを止めるため、貫通させない威力で打ち出したのだ。

 同時にスケアクロウに狙われぬよう煙幕を張る。

 それと同時に後ろにいたラマンチャが叫んだ。

「アナ、後ろお願い!」

 と、素早くラマンチャはアナと体制を入れ替えた。

 お互いの息がぴたりと合う。

 半魚魔神の時も思ったがラマンチャと一緒は戦いやすい。

「これでも喰らいやがれ!」とラマンチャは持っていたトマトをスケアクロウのいる方向に次々と投げつけた。

 トマトは見事に顔面ヒット、スケアクロウの顔をべちょべちょにした。

 スケアクロウはトマト投げ祭りの参加者のようになる。

 さらに追加で飛んできた小麦粉が視界を奪う。

「げへっ! 何だこれは」

 スケアクロウは顔中にへばり付いた小麦を拭うと、衝撃波を乱射した。

 目は見えないが二人のいる場所に連射する。

「くそ、汚い! ぺへっ!」

「追加でライ麦粉もお見舞いだ」ラマンチャは全身の力を込めて粉袋を投げつける。狙いはスケアクロウの右手。ライ麦粉程度で倒せるわけではないが、視界が悪くなり攻撃の手が緩まれば御の字と考えたからだ。

 その行動はきちんと遅滞行動につながっている。

 多対一で戦っているアナにとっては値千銀の時間だ。

 ラマンチャ狙い通り、粉袋は衝撃波に当たって派手にばら撒かれる。

 もうもうと舞い上がる小麦とライ麦がスケアクロウの目に入り、涙と不快感で顔を搔きむしる。

「ラマンチャ! グッジョブですわ!」

 アナとラマンチャは身体が急に軽くなるのを感じた。

 スケアクロウが顔を擦ったため、魔法陣の一部が欠損したのだ。

 まさに僥倖だ。

 恐怖の呪いが無くなったアナは本来の脚力と瞬発力を取り戻し、燃え盛る炎に群がる蛾のような後衛屍兵に二丁の魔導銃で狙いを定めた。

「ラマンチャ、中威力でいきますわ!」

 それだけ言うと十分だった。

 ラマンチャがアナに背中を付け、衝撃に備える。

「アナ、いいよ!」

 言うと同時にズワンっと銃口から魔導エネルギーが放たれ後衛を焼き払う。

 残り前衛5とスケアクロウ、そして屋根2!

 挟撃されない分、ずいぶんと楽になった。

 息ぴったりに再び体制を入れ替えるとアナは前衛の屍兵に突進した。

 同時にラマンチャは屋根の軒下に逃れる。

 その場にいれば衝撃波の流れ弾に当たりかねない。

 小麦の煙幕が晴れた時にはアナだけが戦闘空間にいた。

 スケアクロウはラマンチャなどに構っている暇はない。

 前衛を防御中心と命令し距離を取ってアナの行動を制限しにかかる。

 これはスケアクロウが屍兵での捕縛をあきらめたからだ。

 屍兵の戦闘力では悔しいがアナを足止めすら出来ない。

 逆に、その身体を利用されて射線を妨げ、アナの盾になってしまう。

 屍兵は複雑な命令が理解出来ない代わりに、単純な命令であればある程度自由に戦ってくれる。

 カウンターを得意とするアナにとっては最悪の展開だった。

「あら、スケアクロウのおじ様、怖気付きまして? 屍兵さん達が私とのダンスを拒みますのよ?」

 アナは平青眼に構えながら左右どちらにも動けるように重心を上げた。

「おじ様?」

 スケアクロウが灰色の顔を赤く染める。

 何か琴線に触れてしまったようだ。

「私はまだ二十二だ!」

 唾を飛ばすほど興奮して言い返す。

「それは、ごめんあそばせ、少しそのう…老けて見えましたので」

 本当にすまなさそうに視線を下げる。

「コイツ本気で…くっ」

 スケアクロウは老け顔を気にしていた。

 屍使いになるために魔界に赴き悪魔と契約した。そこまで至る長く苦しい修行が顔から肉を削ぎ取り、深い皺を与えたのだ。

 以前は血色がよく、つやのある美男子だった。

「誰が老け顔だ小娘! 第二次成長期もまだな幼児体形の貧乳が!」

 スケアクロウは思いつく限りの悪口を吐く。

「老け顔…気にしてらしたのね、申し訳ありませんわ。でも大丈夫、屍食いやゾンビさんより男前ですわよ?」

「全然褒めていないだろ!」

 握りこぶしに血がにじむ。

 ストライクだった。

「おじ様」がど真ん中のストレートだった。

 老け顔を気にしてた。

 仲間のちょっと気になる魔女に屍食い、やゾンビに間違えられた事もある。

 畜生‼ コンチクショウ‼ 

 完全に頭に血が上り思いつく限りの悪口を放つ。

「この売女! チビ! 貧乳! バーカブース! バーカブース!」

 もうネタが切れてきて語彙力が急激に低下する。

 奥歯が砕けるほど悔しい。

 スケアクロウは最年少でパロの王立魔導学院を三席で卒業したエリートだったが、こうなっては子供の喧嘩以下である。

「どうせ嫁の貰い手なんかないだろこのゴリラ女! お前の旦那はゴリラしか務まらん! 抱きつかれて背中をへし折られるからな! バーカ! バーカ! へっぶわぁぁぁぁか!」

 スケアクロウは両手の親指を耳の横に当て、舌を出しながらワキワキとバカにするポーズをとる。

 この国で最上級の侮辱であった。

「ゴリラをご存じなのですね…三流学院出の屍使いにしては博識ですね」

 アナは冷たく微笑むと魔導ガンをスケアクロウに向けた。

 ゴリラ女はアナの地雷だった。

「何を言う、私はこう見えてもパロ王立魔導…」

 言いかけて何か不吉なものを感じる。

 ―魔導銃対策の魔法陣があればあんなもの大丈夫だ。


 周囲の魔素が魔導銃に集約されていく。

 明らかにおかしい量の魔力が魔導銃に充填されていく。

「何を無駄な事を! 魔導結界の私にはそんなもの!」

 効かないはずだ。

 効かない。

 何度も強度は試したじゃないか。

 スケアクロウはアナの微笑みに不安を覚える。

「無駄な話に付き合って頂いたおかげで魔力充填の時間が取れましたわ」

 通常、魔素が集まる音などしない。

 しかし魔導銃の周囲にはゴウゴウと音を立てて魔素が集まる。

 アナの魔力によって風の精霊が呼応しているのだ。

「ねえスケアクロウのおじ様、実験はお好きかしら?」

 微笑みが怖い。

 トマトと小麦でべとべとになった顔から汗が噴き出る。

「貴方の魔導結界ってどの魔法強度なのかしらね? 実験してみませんこと?」

 スケアクロウは屋根にいる二体の屍兵に命じてアナの射撃を封じようとしたが、もう間に合わない。

 其れよりも早く、軒下から飛び出したラマンチャがアナの背中に回る。

「なあ、待て! 取引しよう!」

 いう間も与えずアナは魔導銃の魔力を解き放った。

「ラマンチャ、耐えて!」

 背中合わせで踏ん張ったお陰で10フィル程後退したがその威力は今までの比ではなかった。

 前衛と肉壁になった屍兵を全て吹き飛ばし、スケアクロウ自慢の魔法防壁を薙ぎ払う。

 スケアクロウは両手で身体を庇ったままその場に立ち尽くした。

「あ、あれ? 生きてる?」

 両手を開いて無事を確認するが、傷一つなかった。

 ただ負荷に耐えられなかった魔法陣は地面を焦がすように燃え消えた。


 代わりに、屋根の屍兵と共に騎士風の男が呼び降りてくる。

 ふわりとした着地からこの男の身体能力がうかがえる。

「新手?」

 アナは男を警戒しつつ、二人から斜めの位置に向き直った。

「やはり嬢ちゃんは、人殺しは出来んか…好感が持てるよオジサンは」

 騎士風の男は鎖帷子にサーコート、ヒーターシールドという武装で、剣も抜かずにアナに拍手を送っていた。

「だめじゃない? 案山子君、生け捕りという命令忘れたの?」

 とスケアクロウの方へ無造作に歩み寄る。

「いえ、生け捕りにはするつもりですが」

 と明らかに狼狽し、恐怖の表情を見せる。

「あーあーあー、折角の魔法陣装備、台無しにしちゃって、魔法陣の染料って高いんでしょ?」

 そう言うと腰のロングソードを抜き放つ。

「危ない!」とアナがそのロングソードを跳ね上げなければスケアクロウの首は地面に転がっていた。

「いい腕だね、お嬢ちゃんオジサンの部下にスカウトしたいくらい」

 騎士風の男は笑顔でロングソードを腰に戻し、一礼した。

「私の名前はパンチョス、タエトの元騎士だ、ドルシアーナ公爵令嬢…いや今やドルシアーナ姫かな?」

「いえ、私の父は正式に王位を次いでおりませぬので姫ではありませんわ…パンチョス卿」

「王族はあの嵐の夜に死に絶えた、残るはお嬢ちゃん…ドルシアーナ姫のお父様、テンペスト公のみですな」

「パンチョス卿、国王様はまだ生きていらっしゃいますわ」

 パンチョスは肩をすくめるとアナを品定めするように顎に手をやり、前かがみに眺めた。

「七年も騎士に恩賞を出さない国王など死んでいるのも同然だよ、姫」

 失礼な物言いだが給金の出ない雇い主に敬意など必要ないのは道理だろう。

「それで、貴方達は私になんの用ですの?」

 男には殺意が感じられなかったが、スケアクロウの首を狙った際にも殺気は感じなかった。恐らく呼吸をするように人を殺せるのだろう。

 アナは警戒を解かずパンチョスに尋ねた。

 自分を殺さずとも、その間合いからラマンチャの首を撥ねかねない。

「それはスケアクロウに聞いたろ姫、前から一緒だって姫さん、ご同行願おうと。ただそれだけなのに見ろよこの屍の山、暴れ過ぎだぜ?」

 パンチョスは信じられないと両手を上げて肩をすくめる。

「同行は目的とは違うと思いますわ、パンチョス卿」

「ん-、まあそうだな用事があるのは俺じゃない、どっちかって言うと案山子君の上司だな、俺は雇われ剣士で今からお姫様をさらうのが仕事だ」

 そう言うとロングソードを抜いて構えた。

 装備から剣戟で何とかなる相手ではないが、パンチョスの太刀筋は銃を構えるより速そうだった。

 早打ちで先に攻撃する事も考えたが、あの体格を止めるのは賭けだ。

 アナは重心を少し落とした。

「あーあーあー、駄目だよお姫様、抵抗はダメ、手元が狂うでしょ?」

 そう言いながらパンチョスはロングソードの切っ先を下げて構える。

 振り上げてくれると楽なのだが、アナの戦闘スタイルを見切っている様だった。

 剣と盾の防御でアナの切り込む角度を制限する。

 呼吸を悟らせない薄い呼吸、攻撃範囲を絞る構え、そして先ほど見せた太刀筋。

 軽く振った剣であの速度、重さ。

 手練れだ。

 アナは左右どちらでも動けるように構える。

「ほ、なかなか勘が良いね、少年を狙ったのわかるの? 殺気とか飛ばしてないのにね、お姫様はその歳で結構な修羅場くぐってるね」

 アナはその言動にギクりと動揺した、ラマンチャには視線を送っていない。

 悟らせないようにした心算(つもり)だった。

 その動揺が隙になり男の挙動に対応するのが遅れた。

 気が付くと、ロングソードが跳ね上がり、くるりと回ると剣の柄で鳩尾を突かれていた。

 アナは師のミフネ以外に機先を制された事はない。

 決して油断はしていなかったが、男の方が上の様だ。

 水月(鳩尾)という急所を正確に突かれ、肺が呼吸を拒否している。

 完全に動きを止められ、膝に軽く蹴りを入れられうずくまる。

 何もさせてもらえなかった。

 涙で霞む視界の端にラマンチャが倒れていくのが見える。

 ラマンチャに何かが突き刺さっている。

 短剣?

 ラマンチャの名前を叫ぼうにも、肺腑が云う事を聞かない。

 アナは微かに漏れる吐息のような声でラマンチャの名前を呼んだ。



 


手練れの騎士パンチョスが出てまいりました。

全身防具の鎖帷子にヒーターシールド、ロングソードという騎士の標準装備のパンチョス。

今までの戦い方では歯が立たない相手との戦闘で、鳩尾を突かれ戦闘不能に陥ったアナ。

短剣を受け倒れるラマンチャ。

さあどうなる次号!


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― 新着の感想 ―
[良い点] アナとラマンチャ、いい感じのバディに! そしてパンチョス、イラストイメージ通りのおとぼけの振りした曲者おじさんでした。そして、下段の構えで牽制しながら隙を見て、跳ね上げとか、剣道経験者から…
[良い点] >スケアクロウは老け顔を気にしていた。 で、つい吹き出しました。 しかし、そこからの窮地……! パンチョスとの白熱した戦いに息を飲み、身体に力が入るほど読み入ってしまいました。 アナ………
[良い点] パンチョス、良いですね。位置付けが絶妙と思います。14歳の貴族令嬢で、生粋の剣士よりいきなり強いのも驚きが過ぎるので。年相応、無理のない力関係が読んでいて納得できました。 [一言] スケア…
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