嵐を呼ぶお姫 第二部 (1)天使の卵
天使の卵と呼ばれる幸運をもたらすアイテムは時に欲望の種子と呼ばれる。
何故、このアイテムは二つの通り名があるのか? 天使の卵の正体とは?
14歳のワケアリ公爵令嬢が繰り広げる剣戟+銃+体術アクションと海洋冒険ファンタジー第二幕
-- デイビーデレ港 --
波頭は赤く染まる。
デイビーデレの二子山に太陽が沈む時、海に一条の光が差す。
まるで光の道だ。
港にはその光の道に照らされ傷ついた海賊船が一隻のみ停泊している。
顎割れ一味のカーラ・ロウィーナ号である。
二つに割れた顎に端正な顔立ちの黒髪船長はロウィーナ号の少し前方で食い入るように海の底を見ていた。
傍らに流れる金の髪に風を受け、少女が同じく食い入るように海の底を眺めている。今日は白いワンピースに麦わら帽子、一見すると夏の避暑地に来たお嬢様だが腰には相変わらず物騒なものがぶら下がっていた。
「アナ様、見えますかな?」
「流石に見えませんわ? ヴォーティー船長、ここからどうやって引き揚げますの?」
壊れたとは言え、相当な重さになるであろう魔導器を引き上げようと言うのだ。海底での作業になる。港とはいえロウィーナ号の停泊できる港だ。
水深はかなりある。
「滑車の準備が出来ました船長!」と水面から顔を出す巨大海老。
呪われた際の水兵長の姿だった。
「海老? 水兵長さんですの?」
「アナ様! その節はどうも!」と海老面がさわやかに挨拶する。
「ごきげんよう、水兵長…あのう、その姿は?」
あの事件以前、魔導器の呪いで船員たちは魚介の姿になっていたのだが魔導器を壊したのちは人間の姿に戻っていた…筈だ。
「ああ、はいアナ様。 あの後、後遺症というんでしょうか? 海水を浴びるとこの姿になってしまうんですよ」
あっけらかんという水兵長にアナは少し驚く。
「まあ、なっちまったもんは仕方ないんで。水中で自由に動けるので便利に使ってますよ」と海老の頭を揺らして笑う。
海の男というのは恐ろしい。順応力が高すぎる。
「まあ、そうなんですのね」
数々の疑問はあるがアナはいったん飲み込んだ。
「船長、滑車お願いします!」と合図すると水中へと伸びたロープが巻き取られていく。
港の荷下ろし用の滑車が引き揚げたのは壊れた魔導器だった。
「これがあの魔導器の中身ですか? アナ様」と黒髪の船長が問う。
牝牛ほどの大きさであった魔導器は外殻が割れ、底の部分のみとなっていた。中には飛竜の卵程はあろうか大きな卵が1つ。よく見るとその大きさの卵を収める窪みが12個ほど空いている。
「アナ様…これが孵卵器と呼ばれる所以なのですな?」
「そう双魚宮の孵卵器。黄道十二星座の一つ、うお座の魔導器ですわ」
「して、その卵は欲望の種子にしては大きすぎませぬか?」
「この卵も同じもの天使の卵ですわ…この大きさからすると最上位のもの」
天使の卵=欲望の種子と呼ばれる魔導器、いったいどう区別して呼んでいるかヴォーティーには解らなかった。
アナはその卵をそっと抱きしめると赤子を抱くようにやさしく撫でた。
「無垢なる魂を封じ込めたこの卵…人の欲望を吸って魔に変える魔導器ですの…そして無垢なる魂とは、本当の天使…この卵には天使が封じられているのです」
ヴォーティー船長はすぐには事が飲み込めずにいた。
事の重大さに脳が考えを停止させる。
ーー竜人戦争のあの夜。
私は洋上から王都を見ていた。
王都から立ち上がる光の束は天に達し、遅れて断末魔のような大勢の悲鳴が響き渡った。
人の声ではない。
人の声ならここまで届く筈がない。
あの時は王都の民の悲鳴だと思った。
違う。
あれは王都を守るために犠牲になった天使たちの断末魔。
人は報いを受けたのだ。
王都が滅びた原因。
人が助かりたいがために犠牲にした天使たちの呪いなのだ。
無垢なる魂を人の欲望が汚し、呪いに変える。
呪いは人に宿って人を怪物に変える。
この呪いを振りまいたのは聖典にある悪魔どもであろう。
『失望の戦い』で捕虜になった天使は幾千幾万いたのだろうか。
ヴォーティーは吐き気を催す邪悪にうち震えていた。
ーータエト王はなぜこんなものを研究していたのか?
海洋冒険活劇「嵐を呼ぶお姫」をお読みくださり誠にありがとうございました。
第二部では謎であった主人公たちの真の目的など書いていこうと思っています。
もしよろしければ感想を戴けると嬉しいです。
まだまだ続く作品ですの、面白く感じて下さった方は是非ともブックマークと評価をお願いいたします。
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