第一部 嵐を呼ぶ少女 プロローグ
はじめましてGillbert@千早パパと申します。
この小説は亡国の秘密を握る少女「ドルシアーナ」こと「アナ」がバトルしたり、ちょっと悩んだりしながら冒険する海洋アドベンチャーです。
チートも異能も超能力もないアナですが、銃と剣と素手で戦うバトルアクションで頑張ります。
14歳の女の子なので銃の反動で転がっちゃったり、思春期だったり、悩んだり恋をしたりしますが自分に課せられた運命を乗り越えていく物語でもあります。
是非最後までお付き合いください。
プロローグ
「迷信深いが信心が足りてない諸君らに説明しようじゃないか。」
黒い海賊三角帽、きれいに整えられた黒い髭。細かいウエーブのかかった黒髪の船長が両手を広げた。
黒い旗、三本マストの高速帆船カーラロウィーナ号。
このあたりを根城にしている海賊の一家「顎割れのヴォーティー」だ。
拿捕されたのはパロ国籍の旗を掲げた武装商船カプリコルヌ。パロ南部の貴族の持ち物だがこんな海域を1隻で航行していたのが運の尽きだった。
拿捕され、今はカーラロウィーナ号の甲板で海賊船の船長の慈悲がどの位か見定めている。
顎割れヴォーティー船長は高い場所から見下ろし続ける。
話が長いので搔い摘んで言うとこういう事だ。
聖典によると失望の戦いからこっち、この世界では神の力は衰え、大地の力も失われつつある。
長い長い聖職者たちの説法を搔い摘んで纏めていくとそういう事になる。
この世界を創造した天の大神、いわゆる大神様に歯向かった神がこの世界をめちゃくちゃにして、それまで仲良く暮らしてきた人間やエルフやらドワーフやら亜人たちが残った豊かな土地を奪い合って天地を巻き込む争いになった。
無学なお前たちも教会ぐらい行ったことはあるだろう?
何? 知らない? 知らない奴は手を上げろ。ああ後ろ手に縛っていたな、失敬、では頷け。
ひいふうみ…ふむ、結構いるな。
で、崩壊するこの世界を身を犠牲に救ったのが大神の奥さんである大地の神エリン。
まあ争いの素もこの奥さんにシュオールってえ神様が横恋慕したからなんだがね。
なに、奥さんは美人かって? そうだなこの奥さんの像を見たくて毎週教会に通う奴もいるぐらいだ、美人なんだろう。
大神は争いの絶えないこの土地に失望してしまい、この地を去るんだけど、まあこっから長いので頭の悪い諸君らは眠くなるだろうから割愛して差し上げよう。
結論を言うと我々人間は罪を背負ってるので神の代弁者たる教会に布施を寄越して身綺麗になれって事だ。
理解していただけたかな? と満足げに船長はご高説をたれた。
「というわけで海神の神代行人たる我々が通行料と言う神への布施を徴収し諸君らの罪を許します」
丁寧な物腰と説明が長いのがこの男の性格を表しており、海賊にしては几帳面で船の装備品はきちん、きちんと整備されている。船首に飾られた海の女神像は磨き粉できれいに磨かれ、日の光を浴びて眩しい光を放っている。
バケツの位置やロープの巻きに至っても完璧である。
几帳面のお手本だ。
少し病的と言っても良い。
船長室にある調度品は掃除を終えた後、同じ角度に戻さねばならない。 だから船長室の掃除ができる船員は頭が良く優秀で作法を完璧にできなくてはならない。
もちろん船員たちの身なりも清潔だ。その男の顎にある綺麗にそろえられた顎鬚のように。
そんな男が根城にしているこの海域を今更船員たちに説明するわけもなく、その視線は捕虜になった人相の悪い男達に向けられていた。
着の身着のままの衣服。櫛も通していないざんばらの髪。衛生観念のない様子に顔をしかめながらヴォーティー船長は続けた。
「しかし許すとしても海賊にも法がある」
甲板には縛り上げられた十数人の男が頭をたれている。
海賊に法なんぞあるのか? と問い質したいが猿轡で声も出ない。
出るのは嗚咽にも似たうめき声だけだ。
後ろに縛り上げた縄は手首に食い込み今にも壊死しそうにうっ血している。もちろん抗議も出来ない。
「頭の悪い紳士諸君にわかりやすく言うと、あっちに見えてる陸地が聖地エリンで、あの陸地の周りで商売はご法度だ。あの岩から先では発砲もダメ、拿捕もダメ、もちろん殺しもダメだ」
「お前たちは法を犯した。うむ正しくはお前たちの船長が法を犯したのだが…まあ連帯責任という奴だ。無教養なお前たちに解りやすく言うと、みんな同罪だ」
ヴォーティー船長は白い歯を見せた。
聖地エリンは本来カプリコルヌの航路ではないが海賊船に追い立てられエリンの海域に突入し、反撃のため発砲した。
慌てて撃った弾なんぞが当たる筈もなく、あっさり後ろを取られ、ラム突撃を避けさせられてエリンの海域を出たところで船尾にズドンだった。
練度の高い海賊だ。知らない海域を航行する一介の商船とは腕が違う。
風を味方にガンガン追い詰める。この海域を知らないカプリコルヌ号は牧羊犬に追い立てられる羊のようだった。
仕掛けて来たのはお前らだろう? と抗議したところで状況が変わるわけもなく、男たちは黙って頭を垂れ続けた。
亡くなった船長を含め、男たちは、『タエトの海賊は積み荷の何割かを要求すれど戦闘以外で殺しはしない筈』と高を括っていたが、この船の流儀はどうやら違うらしい。
キャッチアンドリリースではなかったのだ。
「私は敬虔なるエリンの信徒でね、エリンの子、海の精霊にして大海原の守護神オケアニスにこの身をささげている。この聖なる海域にドブネズミより意地汚いお前たちのような帝国人が近寄っていい場所ではない。もちろん聖なる海域で発砲など万死に値する行いだ」
額に手を当てて嘆かわしいという表情を作る。
さっき許すと言っていたが今度は殺すという。自分たちの命はこの男の掌の上だった。
「しかし私は慈悲深い」
ぴんと伸びた、綺麗な二等辺三角形の顎髭を弄りながら、勿体ぶって手すりを撫でた。
「ふむ清掃が行き届いている…今日はいい日だ」
と指先をハンカチで拭きながら笑顔で言った。
「水兵長! いい仕事だ!」
水兵長と呼ばれた巨漢の男は背筋を伸ばして敬礼した。
「ありがとう存じます、船長!」
「今日、私は機嫌が良い。とてもだ。そこで、お前たちに交渉の余地を与える」
ヴォーティー船長は几帳面に右手のカフスの位置を直すと、繋がれている男たちを見回した。
交渉しようにも交渉すべき船長が見当たらない。
カプリコルヌの船長は不運にも最初の砲撃で操舵輪に両手を残していなくなった。
威嚇のつもりだったが、まあそれがその船長の運命だったのだろう。
船長が海の藻屑と消えた今、その船の責任者は副長なのだが副長の格好をした者も見当たらない。
身代金の交渉用に指揮官は残せと言ってあったのだが、まあまあこういう事もある。
後で水兵長に聞いたがビビッて逃げた際、濡れた甲板で足を滑らせ頭を打ち、派手にのたうち回って海に落ちたとか。
末代迄の恥である。
無様な死にざまオブザイヤーを進呈したい。
ヴォーティー船長は交渉を行えそうな奴はいないかと見渡すと、一人だけ身綺麗な男がいるではないか。
ヴォーティーは副長に耳打ちすると副長は無言で頷いた。
船長は少し考えて再び髭を撫でると芝居がかった口調で男を指した。
「あー、そこの。インテリジェンス溢れる紳士、そう君だ」
指を差された男は起立して猿轡越しに宣誓をあげる。
交渉に応じますの返答だ。
「よろしい、海の男ではないようだが…作法は知っているな」
仕立ての良いシャツに上等なズボン。髪は戦闘で少し乱れているが毎日櫛を通しているようだ。何より清潔だ。
「ふむ、無教養で不衛生で下賤な男達の中でお前だけは話す価値があるようだな?」
ヴォーティー船長が髭を扱くと、傍らにいた副長に指を鳴らし
て合図した。
鮫のような精悍さを持つ中々のハンサムガイ。名前をケンブルと言った。
副長ケンブルは巨漢の水兵長に命じて男を自由にさせる。
大仰な伝言ゲームだが舞台の演出には必要なのであろう。
縄と猿轡を解かれた男は船長に敬意を示すタエト式の作法を行った。
なかなか教育された男の様だ。教育された男は嫌いではない。
ヴォーティー船長は教育されていない不潔で粗野なものは好きではなかった。理由は規律が保てないからだ。服装の乱れは心の乱れ。
気を付けの際の手の位置はズボンの縫い目である。
規律の守れない者は侮蔑に値する。
ヴォーティーは男に向かってほほ笑むと「お前なら話を聞いてやらぬ事もない」と大層勿体ぶった口調で告げた。
死の間際に許された最後の「交渉」すらヴォーティーの機嫌次第だという事だ。
「偉大な髭の船長の寛大なお慈悲に感謝いたします」
男は出来るだけ大げさに礼を言って述べた。
「そして、お言葉を返すご無礼をお許しください」
「よい、申してみよ」
少し機嫌がよく返事をする。
男は船長の態度にホッとしながら、続けた。
「先ほど、この船を帝国のと申されましたが、この船はパロの侯爵イグナチオ候の所有。私もパロの出身で名はエドアール、学者です。あなた方タエトの海賊が狙うのは敵国エルオンドの船とお聞きします。この船の船籍はパロ王国です。なにか…その、お間違いでは?」
「こいつを海に捨てろ」
船長は急に覚めた態度で顎髭を海に向けた。
「何故です!? タエトとパロは同盟国、ともに帝国と戦う南方同盟のーー」
エドアールは困惑した。情報と違う。
「パロに海は無い」
船長は退屈そうに溜息をすると、とんだ無駄話だったと言いたげに視線を戻した。
「それにタエトは滅んだ、そんな同盟は七年前に消えた」
ヴォーティー船長はひらひらと手を振った。
話にならない。
「今、パロの船を名乗る輩は火事場泥棒だ。火事場泥棒という罪深い船からは通行料として積み荷を全て戴くし、なんなら命も頂戴する」
確かにパロにはもともと海軍がない内陸の国である。
わずかに海と繋がる運河があるだけだ。
もっとも組織だった海軍を擁する国はこの時代稀なのだが…。
パロ船籍の船と言えば、運河を航行できる中型船が良い所で、海賊を相手にする海域ではタエトとイシュタルに護衛を依頼していた。
タエト滅亡以降はタエト海軍の残存を吸収して海の治安を守っているのが現状だが治安維持という名のもとに、今では西側をイシュタルが東側をパロが実効支配している。火事場泥棒と言えなくはない。
「そんなパロ王国は亡くなったタエト王家に替わって自治を…復興にも支援している」
エドアールは訴えたが、ヴォーティー船長の見解とは真逆で話は平行線だった。
「話はそれだけか? 交渉は終わりにする」
養豚場の豚を見る以下。興味の無さに処置なしと手をひらひらさせる。
「誇り高いあなた方の流儀では積み荷の三割、戦闘以外の殺しはしないと存ずるが?」
「いつの時代の話だねエドアール君。そんな常識聞いたこともない」
しかし確かにこのあたりの海賊はキャッチアンドリリース。
また今度も荷物を運んできてね? と同盟国の船籍であれば見逃してくれるのが相場だ。
意外と陸の情報にも精通しており強欲な商人からは多めに、交渉次第では通行料をまけてくれる事もあった。
「積み荷なら茶葉でも絹でも持って行っていい、しかし私の積み荷は許してほしい」
「ふむ、確かにこんな無教養で不潔な奴らを聖地の近くで投棄したら海が汚れるな」
男たちは命が助かるのでは?と学者先生の交渉を息を殺して見守った。
「ならば交渉だ」と特に興味なさげにヴォーティー船長はエドアールの前に進んで腰の刀を抜いた。それは元タエト海軍式の誓いの流儀だった。
エドアールは腰に差した刀はないがその流儀に従い刀を自分の右脇に立てるような仕草で答えた。
「貴君は貴君の積み荷の安全と自分の生命を」
ヴォーティーが宣言するとそれで良いとエドアールは頷いた。
「私はその積み荷の正体を」とヴォーティー船長は口角の端を挙げた。
エドアールは信じられないモノを見るような顔で怯んだ。
「あれはダメだ、本当に手を出さないでくれ」
「むろん、荷の秘密を話すだけだ、どうこうしようと言うわけではない」
エドアールは首を横に振った。
「誓い」の強制力で今は積み荷を奪われないかもしれないが、指揮官の失われた船に戻り同盟の船の保護を理由にもう一度拿捕されかねない。曖昧な条件を簡単に承諾してしまったのだ。
「パロの旗を掲げた帝国式の武装商船が航路を外れたこんなところに単独でいるのだ、訳ありの品に決まっている。茶葉や絹は偽装だ。第一に目的地が違う」
エドアールは追い詰められ、誓いを立てさせられたことに血の気が引いた。
最初からヴォーティーの目的は自分と積み荷だったのだ。
「誓い」は精霊の名のもとに強制力をもっており、抗うことはできない。
「では私の要求は積み荷の秘密を全て! 洗いざらい! 貴君に話してもらう事だ」とサーベルを右脇に立てた。
「これで交渉は成立、誓いは成った」
抵抗も出来ずエドアールはすべてを話した。
そして積み荷は安全にヴォーティーの船に移された。
始まりました「嵐を呼ぶお姫」
応援してくださるとうれしすぎて続編に力が入ります。
評価とブクマくれると捗ります。
気に入ってくださいましたら是非お願いいたします!