皇女誘拐未遂事件
わたしは手元の書類にちらちらと視線をやりつつ、それらしき事が書いてある箇所を探しながらミューちゃんの話を聞いた。
どうやら、ものすごく怖い思い(おそらく誘拐事件のときと思われる)をしたとき、助けてくれた子犬がいて、城の兵士達が見つけてくれるまでそばで守っていてくれたんだそうな。
ミューちゃん。
子犬は普通、何の助けにもならんよ。
そんな事を思いながらうんうん相槌を打ち、さりげなく書類を確認するわたし。
だがそんな事はどこの書類にもいっさい書かれていなかった。
兵士の上げた報告書にも、その日城で働いていた者達への聞き取りにも、教会の調査結果にも、どこにも。
まあ子犬程度がようやく見つけた皇女のそばにいたとして、誰も気にしたりしなかっただろうしね。
皇女が「子犬が助けてくれてそばにいてくれた」とか言っても、肝心のその子犬がいなかったら、そんな曖昧な話を報告書には書けないだろうしね。
わたしはそれ以上詳しい事は訊かなかった。
ミューちゃんが話さなかったからだ。
7才の子供には、誘拐された記憶は怖くて話せないのだろう。
約1年前のその日、庭園を散歩していたミューちゃんは、城内に潜り込んでいた男に拐われた。
あっという間の事で、「今そこにいたのに姿が見えなくなった」と誰もが供述している。
城の兵士たちはある程度までのレベルのステルススキルを看破できるし、騎士、もしくは騎士と同等の実力者ならばかなりの高レベルであっても見逃さない。
だがわたしのような高レベルのステルスを持ち、なおかつ他の要因でブーストがかかっているなら別だ。
例えばレアな魔道具。
例えば、強力な魔法。
例えば、何らかの加護。
ちなみにわたしの場合は最強のブースト、ゴッドブレスがかかっている。
うちの使用人たちにどうしても勝てないと理解した結果、神に頼んで必要な時はブーストがかかるようにしてもらった。
だがこのブースト、なぜかうちの使用人にもかかっているらしく、公爵邸では全く意味のないものとなっている。
容易に手に入るものはその程度だという事なのだろう……。
まあそんな事はさておき、城内に潜りこめて、護衛や大勢の使用人達の隙をつくことができて、おそらくは皇女を連れて城外から帝都の外まで抜け出すだけの手段があったはずの犯人は、なぜか誘拐に失敗し、しかし無事逃げおおせた。
まちがいなくうちのサヴァの息子、エルが絡んでいるんだろう。
でなきゃ弟妹使ってまでまた城へやってくる理由がない。
わたしはミューちゃんをなだめつつ、考えてみるねと適当な事を言った。
次の日の午後、わたしはユニコーンに頼んでアスターク公爵領の屋敷に飛んでいった。
リュゼ様と、サヴァとマリリン、そしてその子供達が迎えてくれる。
急ぎの用なので、家族には内緒。
来てるのがバレたら絶対怒られるからね。
『待っていましたよ、ミリアム』
「リュゼ様、詳しいお話を伺いたいのですが」
『ええ、承知しています。皇女の誘拐事件ですね。事の発端はグラスリアです。皇女を手の内に置いて帝国を滅ぼす。その後、皇女の夫となったグラスリアの王子が帝国を乗っ取る。そしてグラスリアが大陸で最大・最強の国となる。そういう筋書きです』
単純だが上手くはまれば最上の結果が得られる。
気に入らないのは7才の子供をその道具にしようとした事だ。
しかもミューちゃんは現在進行形でわたしの親友である。誰に手を出したか分かってるんだろうなあ、グラスリア。
『幸いというかなんというか、サヴァが帝都の公爵邸とアスタークの本邸とを空間魔術で結んでいました。皇帝の城を含め、あちこち繋いで回っている最中だったのです』
空間魔術。
そんなん使えたんですか、サヴァ。
『いつでもどこでも構わず、というものではありませんが、サヴァだけであれば、予め術を刻んだ場所になら飛ぶことができます』
なるほど。
わたしがサヴァのほうを見たからか、リュゼ様が説明してくれる。
サヴァだけなのかー。残念。
いっそ自前で空間魔術覚えようかな。成人したら。
『エルはサヴァが操る空間魔術を見て覚えたようです。屋敷の外に興味があったのでしょう、実際に出ることはなくとも移動先の様子を眺めて楽しんでいた。そんな時に皇女が誘拐されたというわけです』
「そっか……。エル、ミューちゃんを助けてくれてありがとね」
わたしがエルの鼻の頭を撫でると、エルは甘えるように手のひらに頭をすりつけてきた。
「だがミューちゃんはやらん!」
くわっ、とわたしが目に力を込める。
エルはキャンキャン鳴いて抗議してきた。
知りません。
わたしはミューちゃんが可愛いのです。
ミューちゃんを不幸にする事は絶対に許しません!!




