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やるなと言われても

 ほんの300年ほど前まで、この世界は怨嗟と悲鳴に満ち満ちていた。


 世界の趨勢は未だ定まらず、光に生きる者は闇に踏みにじられ、光でも闇でもない人間たちは闇に取り込まれるか支配されるかし、中立の者はその世界の様をただ笑って見ていた。


 人を贄に天下る獣は聖獣と呼ばれ、対価を得て力を振るう。

 他者の命を糧にする事をためらわない者こそが正義だった。


 闇だけが勝利を世界からもぎ取り、その果実を味わう、そんな時代。


 ある日、世界の壁を破って天使の軍勢が攻め込んできた。


 光は救われ、人間は性根を正され、中立は新たなる神の支配下に置かれた。

 闇は一部を除いてその命を奪われた。



 多くの者が救われた。



 以降、世界は中立の道を進む。

 それを良く思わない者はあらゆる手を使ってその日を先延ばしにし、あるいは再び闇の時代を取り戻そうと足掻く。


 そして世界を預けられた神は、人が気づき前へ進む事を、ただ待っているのだ。










 わたしは大司教に会った次の日、朝から部屋へ乗り込んできた皇太子殿下に説教されていた。


「私は『勝手にうろつくな』と言ったはずだな?」


「はい……」


 なんかそんな感じだったような気もする。


「ではなぜ私に断りもなく城の外へ出た」


 そこに自由があったから。

 とは言えず、わたしはただひたすらに謝り倒した。


「大変申し訳ございません……」



 わたしの周囲の大人たちは、わたしをどうにも子供扱いし過ぎる。

 ちょーっと出かけたぐらいですぐこれだ。

 ユニコーンもいるしクロもいるので安全安心なのだが、後宮で大人しく勉強でもしていろと言ってくる。


 だがもろもろのスキルを持っているわたしが現場に行くほうが、絶対物事はスムーズに進むのだ。



 実際、皇女誘拐犯人は捕まっておらず、その目的も分かっていない。


 ミリアム(わたし)の時は義姉様とお腹の子を殺すのが目的だった。

 ミリアム(わたし)の誘拐は生きてたからついでに、だ。


 闇は邪悪さの素質を持つ。

 闇に染まりつつある人間も、闇に支配されている人間もその種子を内部に誕生させている。


 それはつまり、他人の不幸に満足し、他人を支配して踏みにじることに生きがいと喜びを感じるという事だ。

 その時に得られるパワーとエネルギーが彼らを強くし、成長させる。

 だから彼らは徹底して残虐であり、他を圧倒して悪辣である。

 そうであって初めて、さらに高みへと昇っていけるのだから。



 それは何も恥じることではない。

 正しい闇の在り方を生きている、ただそれだけの事なのだ。


 それゆえに彼らは生きていたミリアムを拐い、地獄を味わわせ、家族を苦しめた。


 そう、それは彼らにとってとても正しい。それだけの事。

 その理屈はとても理解できる。



 だが皇女ミュルレイシアの誘拐は?


 それはなぜ行われた?

 何の理由があって?

 他に皇女も王子もいるのに、継承権などない末の皇女を、なぜ?


 この気持ち悪さを1日も早く解消したい。そしてミュルレイシア皇女に『もう怖くないよ』と言ってあげたい。


 わたしの持っている武器を使えば、きっと解決するはずなのだ。



「ミリアム嬢。君は7才の子供だ。大人しく守られていなさい」


「お断りいたします」


 わたしは顔を上げて殿下を見た。


「わたしには神からいただいた力があります。守りもあります。魔法を操るよりも便利な力であり、信頼できる守りです。この力を使わずしてどうしろと仰るのでしょうか」


「それらは無条件で信頼してもいいものなのか」


 疑わしそうに殿下が目を細める。


「もちろんです。神の力です。他に何を信じればいいのでしょう」


 天使とか天使とか天使とか。

 言われなくても思いつくけどそれは秘密。

 最高神? 

 それ以上踏み込むな。わたしのカンがなぜか『考えるな』と叫んでいる。



「……どうしても外に出たいのか」


「出なければなりません」


 主にわたしの精神安定のために。

 父と長男はともかく、次男は今も好き勝手に国内外を問わずうろついている。

 三男は目下、海のどこかで行方不明だ。

 わたしの予言をガン無視するヤツらには言いたい事が山ほどあるが、だがそれも仕方がない。


 多分我が公爵家は自由を奪われると闘争心に火がつくタイプなのだ。


 そう、やるなと言われると俄然やりたくなるタイプ。

 謎のボタンは押す一択。


 だからここは早めに諦めてほしい。


 そんな気持ちを込めて殿下を見つめていると、彼は大きくため息をついて前髪をかき上げるように頭を押さえた。


「全く……。仕方がない、だが1人で動くのはやめろ。侍女と騎士、アスターク家からの使用人でもいい。信頼できる、腕の立つ者と行動するように」


「ありがとうございます」


 わたしはにっこりと礼を言った。

 いやあ女の子で良かったよ。男ならこれ、問答無用で「不可」だったね絶対。

 女だから、じゃなくて、聖女の力があるから、というのが正解なんだろうけど。


 良かった良かった、とさっさと部屋を出てもらおうとしたわたしの耳に、にぎやかな声と走ってくる足音が聞こえた。


 なんだろう、なんかデジャブ。


 すると部屋のドアがノックもなしに『ばあーーん!』と開かれる。


「お父様、お父様、ここにいらっしゃるのでしょう!? 見てくださいこれ! すごく可愛いんです、飼ってもいいですか!」



 我が親友ミューちゃんの腕の中にはちっちゃくて可愛らしい子犬がいた。ジャーマンシェパードの。


 ぐりん!とソファの上を見れば、我が騎士クロ(子犬型)がそこにいる。

 なんだろう、なんかぱかっと口を開けて衝撃を受けているように見える。


 もう1度ミューちゃんの腕の中の子犬を見る。

 それは視線を逸らして『ボク普通の子犬!』みたいなフリをした。



「どうした、それは。ミリアム嬢のクロと似ているな」


「そうなんです! おそろいなんです! やっぱり運命の親友なんですわたくしたち!」


「どういう事だ?」


 じろりとわたしをにらむ皇太子殿下様。ごめん、怒らないで。ほんとすいません、あれうちの子です。なんでここにいるのか分かんないけど紛れもなくうちの子。クロの弟です。


 いやほんとなんでここにいるの!?

 なんでミューちゃんのとこにいるわけ!?

 こっち見ろこらあっっ!!











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