聖女の権力
ここで衝撃の事実をひとつお伝えしたい。
実はわたくし、聖女ではありません。
『どうせ違いなど分からないのだからそういう事にしておきなさい』
そう仰ったのは星明かりの君こと狡猾な天使リュゼ様。
聖女とは若干違う生き物らしいが、詳しくは教えてくれなかった。
『こういう事は自分で理解するべきものです』
とかなんとか。
まあ正直どうでも良かったので放置している。
そんなわたしだが、世間的には「真なる大聖女」の称号を頂いており、ひとたび教会に姿を現せば聖職者たちが号泣してひれ伏し、自然の多い場所へ行けば精霊たちが群がって祝福の歌を歌う。
君ら絶対騙されてるからね、それ。
そう思いながら笑顔で手を振るのがわたしの役目だ。
なぜか?
この世界で何より逆らっちゃいけないのは天使の皆様だからである。
天使の皆様が白と言えば白、黒と言えば黒になる。
それがこの世界の理なのだ。
なのでわたしは皇太子殿下からレッスンの時間を半分だけにしてもらい、午後は夕食の時間まで自由をゲットした次の日、早速ユニコーンと一緒に帝都の教会を訪ねた。
ちなみにサヴァはお城にやって来なかった。
かわりにサヴァの長男が送り込まれてきた。
もうそれなりの大きさになっているはずなのだが、なぜか子犬サイズ。
常に抱っこして一緒に動き回れるように、との事だ。
サイズ変更も透明化も自由自在なので選ばれたらしい。
名前はクロ。
黒くないよね、と思ったが、『牙、という意味の名前です。攻撃力はきょうだいの中で最強』と電子音さんが教えてくれた。
すでに公爵家の屋敷に忍び込もうとしたスパイを数人片づけているそうな。やべえ。
クロを腕に抱いて教会内部へと入り込んだわたしは、1人になった大司教様の背後に立って声をかけた。
「何者!? ……これは! 大聖女様!」
ごめんねー、びっくりさせて。
でもあんまり人目につきたくなかったの許して。
某スナイパーならば問答無用で殺されてもおかしくない所業ではある。
「大神官様。本日はお願いがあって参りました」
「なんと、一体どのような事でございましょう」
「皇女殿下……ミュルレイシア様の拉致事件に関してです。犯人がまだ捕まっていないと聞きました。教会では何か掴んではおりませんか」
「……確たる証拠はないのですが……」
そう前置いて大司教様が教えてくれたのは、サウザン王国の暗部と、スラムの犯罪組織の話だった。
まぁたサウザンか。
一度スラムに潜り込んでみるべきかと考えながら、それでも、どうも変だとわたしは首をひねる。
あれもこれもサウザン王国が絡んでいるのは間違いない。
だがあまりにもあからさま過ぎやしないか?
この世界は中立へと向かっている。
帝国は長く中立であり続けた。
サウザンはと言えば、いずれかに固定されておらず、光と闇を繰り返している。
それは国のトップがどちらでもないただの人間だからだ。
良くも悪くも時代に流されてカラーを変える。
サウザンを生贄に、世界にとっての分かりやすい悪に仕立てている何者かがいるのではないか。
そんな気がしてならなかった。
「サウザン以外で怪しい動きをしている国はありますか?」
「……それこそ、さらになんの証拠もなく疑いばかりですが、グラスリアの人間をサウザンでよく見かけると報告が入っております」
「グラスリア、ですか」
女王が独裁を敷く国、グラスリア。
他国とのやり取りは最低限に抑えている彼の国の都は商人たちが集まり、さながら不夜城のごとく眠りにつくことがないと言われている。
犯罪組織も暗殺組織も数多い。
にも関わらず、グラスリアから送り込まれるスパイも暗殺者もほとんどない。
「大司教様。グラスリアの情報を出来る限り集めてくださいますか? また、ミュルレイシア様の拉致事件に関して、教会が掴んでいる情報を全て教えてください」
「かしこまりました。では後ほど皇太子殿下あてにまとめたものをお送りいたしましょう」
「ありがとうございます」
にっこり笑ってわたしは庭で待つユニコーンの元へと戻った。
サウザンとグラスリア、どちらへ行く方が情報が集まりやすいだろうか。
腕の中のクロを撫でながら、わたしはひとまず書類を見てから決めようと考えていた。