自由への疾走
皇女様の大親友で幼馴染み(出会って1日)。
皇太子殿下の4番目のお妃候補である謎の令嬢(顔も名前も年齢も全て不明。だが巨乳で巨尻なのは間違いないとの噂)。
上記2つが、わたしが後宮でゲットした称号である。
なんか納得いかん。
うっすら感じるのが可笑しみなのか悲しみなのかはさておき、わたしは昨日に続き今日も王宮へとやってきた父と面会する事ができた。
場所は皇太子殿下の執務室。
昼にやってくると聞いてステルスを使って後宮を脱出、物置でTSして仕事のフリして入り込んだ。
わたしの格好を見て父がとても辛そうな顔をしたが仕方がない。
公爵令嬢のミリアムは生死不明で発見されていないのだ。こんなとこにいたら問題になる。
「どうした、父親に会いたかったのか」
わたしを見た殿下は開口一番そう言った。
うん、それ娘のいる父親の持つ願望だね。
残念ながらほとんどの娘は男親が期待するほど父親のこと思ってないんじゃないかな。
だがわたしはそれを口にするほど冷酷ではない。
「はい。家族に挨拶もできないままでしたから、みんなの様子が知りたくて」
すると父は目を泳がせた。
「ああ、みんなお前の事を心配していたぞ。エルリシアなどは、一緒に登城すると聞かなかった」
うん、義姉様以外はいつも通りだったって事だね。
大丈夫、分かってたよそんな事。
母のあの伝言とか大人しくしてろと言わんばかりだったもんね。
「ふふふ、お義姉様に何も問題ないとお伝えください。実は、お邪魔しましたのは父様にお願いがあったからなのです。殿下、父をお借りしてもよろしいでしょうか」
「ああ。ただし外で話すのはまずい、この部屋からは出るな」
「かしこまりました」
わたしは執務室のソファを借りて父と向かい合う。
そしておもむろに切り出した。
「ユニコーンを一頭、後宮の厩舎に送り込んでください。あとサヴァも」
「それはダメだ」
「なぜでしょう」
「あやつらはお前の命令ならなんでも聞く。後宮へ入れたのはお前をユニコーンから遠ざけるためでもあるのだ」
「ですがわたくしにはやらねばならない事があります」
「それは我々大人に任せておけ」
言われてわたしは舌打ちしたくなった、だが我慢。
ここで舌打ちなんぞ聞かれた日には自由が一層遠ざかるというものである。
いくら思い出が1日分とはいえ幼馴染みで大親友の心に傷をつけた輩を放っておくわけにはいかない。
第一、よりにもよって皇女を狙うとか、理由を問いたださんことには夜も眠れん。
「ユニコーンとサヴァをわたしの元へ送ってください。これは譲れません。彼らがどれだけわたしの助けになってくれているか、お分かりでしょう?」
そう、今のわたしはあんまりにも無防備だ。
後宮なら安全なんて夢物語である。
「……アネットとマリサを後宮で使ってもらうようにしよう」
「それだけでは足りません」
「だがサヴァはお前の犬だ。それを後宮に送れば何か気がつく者もいるだろう」
「サヴァに話してみてください。あの子ならこっそり潜り込んでくれるはずです」
「そういう話を目の前でされても困るんだがな」
執務机をペンでコツコツと叩きながら、殿下が眉をひそめる。
「あら失礼いたしました」
「本当に君は……うちの末娘と同じ年とは思えないな、ミリアム嬢」
「まあおほほ。殿下からもうちの父にお願いしてはいただけませんか? わたくしの馬と愛犬を届けてほしいのです。可愛らしい望みでしょう?」
「勝手にうろつかないと約束するならいいだろう」
「ありがとうございます殿下! 父様、殿下もこう仰ってくださってますし」
父はこれ以上ないほど苦虫を噛みつぶしたような表情で、しかも返事をしなかった。
「どうかお願いします。あの子たちがいれば何があっても心配いりませんわ」
大きくため息をついた父は額を押さえながら言った。
「……明日、登城するさいに一緒に連れてこよう。名目は第4妃候補への献上品、という事でいいな」
「ありがとうございます!」
その後、しばらく話をしたあと、父は殿下にお礼を言って辞去して行った。
部屋のドアが閉じられ、気配が遠ざかるのを確認して、わたしは殿下に話しかける。
「殿下、お伺いしたい事があるのですが」
「なんだ」
「ミュルレイシア様を拉致しようとした犯人ですが、まだ捕まっていないというのは本当なのでしょうか」
「なぜそんな事を知りたがる」
「ミュルレイシア様とは昨日、親友になりましたので。恐れや不安を取り去ってあげるのも親友の勤めかと」
にっこり笑顔で言えば、じろりとにらまれる。
「子供は余計な事を考えるな」
やだー。
子供をそんな目でにらんじゃダメよー。
わたしは気にせず話を続ける。
「ですが、ミュルレイシア様が怯えていらっしゃるのは事実です。ですので」
わたしは最高に輝いた笑顔を殿下に向けた。
「ぜひ、わたくしに自由をお与えくださいませんか」
何を言ってるんだこいつは、と不審気な視線を寄越す皇太子殿下に向けて、わたしは可愛らしく小首を傾げて見せた。
聖女の威光はとびっきりのチートだよ?




