我が心の友と書いて心友
お読みになる前に。
ご安心ください、この作品はなろうの規約の範囲内で書かれております。
まだ怒られてないので、多分。
うちの父はわたしを皇帝に売り飛ばした。
皇太子の間違いじゃ? いいえそうではありません。
今日、城に呼ばれたのは帝位禅譲の相談のためだった。
そう、クレメンス皇太子殿下はじき皇帝陛下となられる。
ついてはわたしをそのお付きの従者に、という事になった。
だが待って欲しい。
皇帝と皇太子はわたしが公爵令嬢であることを知っている数少ない人物である。
どういう事よ、と思っていたら父から説明があった。
「体裁としてはお前をクレメンス様の部屋付きとする。実際には、後宮でお妃様方から淑女としての作法を学んでもらう」
……!!!
わたしはショックのあまり言葉を失った。
毎日勉強なんかしないで好き勝手できて素晴らしいこの毎日を手放せと!?
「屋敷にお前のための家庭教師を呼ぶわけにはいかないからな。以前から打診はあったがお前もまだ7才。外へ出すのは早いと思っていたんだ。だが最近、今の状態は外へ出すのと同じなのでは、と思うようになってな」
「そんな事はありません! お父様、わたくしを見捨てるのですか!?」
「そうではない。だが娘に教育らしい教育をしてやれないほうが親としては辛い」
「いいえ、いいえ! お父様とお母様、お義姉様とラピスと一緒に過ごす日々のほうがどれだけ大事か!」
「ミリアム……」
父の目もとが感極まるように細められる。よし、あとひと押し!!
「だがお前が屋敷にいたのはここ最近だけのような気がするが」
押す前に立ち直った!
手強いな前公爵!
「どちらにせよ、公爵家の娘として生まれたからには様々なことを学び、民のみならず、他の貴族家の手本となる作法を身に付けねばならん。これは決定なのだよ、ミリアム」
皇帝陛下も皇太子殿下も無表情でこちらを見ている。とても助けにはなりそうにもない。
そして殿下はわたしの視線に気がついてなんの温かみもない声で言った。
「公爵家出身の聖女が作法ひとつ身についていないとなると、我が国の恥となる。協力するのは当然のことだ」
違うよ!?
迷惑ですよね、って意味でそっち見たんじゃないよ!?
ぶっちゃけなんでもいいから断って、って視線だよ!?
「で、ですが、いくらなんでも殿下の部屋付きというのは外聞が……」
「安心しなさい。後宮に部屋を用意してある」
「は?」
「後宮内の部屋、そこで寝泊まりしてもらう。私の妻たちから学ぶのであれば部屋も近くて都合がいいしな」
「いえわたくしまだ7才ですが」
「名前も身分も明かさず、姿を見られるのを嫌がる女性、という事にすればよい」
そういう問題ではないと思います。
「ともかくこれは決まった事だ。大人しく城で学んでいなさい」
父のひと言でわたしの進退が決まった。
生まれたばかりの可愛い末娘に、これから生まれる初孫までいて、親元から離れて勝手に動くわたしはいらない子になったんだろう。冷てえなあ、貴族って。
「この一年近く、お前の行動について報告を受けるたびに胃が痛んで白髪が増えていくのだ。頼むからもう男の格好をするのはやめてくれ……」
なんだか憔悴したっぽい表情の父に、ちょっと後ろめたくなったわたしだった。
そして今、わたしはお妃様方の着せ替え人形となっている。
「つやつやの黒髪っていいわねえ」
「ふふふ、ほっぺもぷにぷに」
「うちの娘も可愛いけど、薄い色味の金髪だから、また違うカラーで楽しめるわねえ」
皇太子殿下には3人の奥さんがいる。
全員、政略結婚だがわりと仲良さそうだ。それとも全員政略だから仲がいいのか?
どっちにしても、複数の奥さんを持ってそれが上手くいくにはたくさんの条件がある。
はっきり言って無理難題である。
上手くいかないと理解してやったほうがいい。
いっそ仕事として割り切ればいいんだよな。
だが殿下はどうやらそれをやってのけているようだ。
ちょっと尊敬する。
何回かのお着替えのあと、お妃様方が満足した辺りで部屋の外から声がかかった。
「クレメンス様がお見えです」
「まあ、ちょうどいいわ。入ってもらってちょうだい」
そうして飾り立てられたわたしは殿下の前に引き出された。
「こうして見ると公爵令嬢に見えるな」
公爵令嬢だからね。
しかしわたしの心の中のツッコミは彼には届かず、殿下は1枚の用紙を差し出した。
受け取って、わたしは愕然とした。
起床後、朝食前から夕食直前までびっしりスケジュールが埋まっている。
しかも中にはお妃教育とかも入ってるってどういう事だこれ。
いずれ皇子の誰かと婚約して破棄とかされる運命なのか、わたし。
おうちで引き篭もり系悪役令嬢するんじゃなかったのか。
唖然とするわたしの耳に、殿下のなんの感情もこもっていない言葉が響く。
「これまでの遅れを取り戻すにはこのくらい必要なので頑張って、とお前の母親が言っていたそうだ」
ずいぶんと嫌な贈る言葉だなおい!!
だが待て、逆に考えるんだ。ピンチはチャンス。異世界帰りのド不幸なおじさんも言っていた。
そうか……分かった、分かったぞ、今こそあのスキルを使う時!!
目の前のこの男を不思議なセクシーダンスでわたしの虜にし、後宮の豪華な部屋で食っちゃ寝、食っちゃ寝するんだ!! うなれ! わたしのミリキ!!
立ちあがろうとしたわたしの脳内に、ピコーーン、と電子音が響く。
『残念ですが、目の前の人物はふしぎなセクシーダンスで虜にできません。あれはMP吸収スキルです』
そうだった……!
『また、彼を虜にするのは人格破壊レベルの洗脳スキルでなければ不可能です。詳しくは詳細鑑定をご利用ください』
どういう事だ、とわたしはクレメンス殿下を鑑定してみた。
性格のところに『神眼』の文字がある。
どれどれ……。
…………っっ!!!
『性癖:巨乳スキーで巨尻スキー、健康的な肉付きの太ももが大好物。亜人種や魔族への差別はないが、そこだけは譲れない徹底した差別主義者。地球ならば某団体から社会的に抹殺されてもおかしくない』
ぐわっ、とお妃たちの某部分をガン見する。
ばいん、ばいん、どどん、ばいん、と魅惑の大砲が鳴り響く。いや、揺れ動く。
わたしはふらふらと歩いて行って彼の手をしっかりと握った。
「我が心の友よ……!」
すると殿下はものすごく気持ち悪いものを見るような目でわたしを見た。
ひどいな。
その視線、一部の業界じゃご褒美だからね? 喜ばれて付き纏われても知らないよ?
良かったね、わたしが業界人じゃなくて。
わたしと殿下の友情はこうして芽生えるかに見えた瞬間に消え去った。
だが好みが一緒という事はいつか仲良くなれるかもしれない。希望は捨てないでおこう。
わたしが殿下の手を離すと、彼は嫌そうな表情でこっそり手を拭った。
うん、ムリかも。傷つくなあ。