挿話 SIDE:ボー (2)
本日2話目です。1話3000字以上あります。
いつもと毛色が全く違うのでご注意下さい。
辺境のその後です。
完全な番外編なので、読まなくても特に問題はありません。
しばらくして、辺境ではスタンピードがあった。
けれど大事には至らなかった。
騎士や兵士が何人か亡くなったけれど、領全体として取り返しのつかないダメージはなかったと聞いた。
帝都からマックス様が白馬に乗ってやってきて、騎士団長様の指揮下に入り戦ったとも聞いた。
ケガらしいケガはなかったと聞いてホッとしていたら、家まで会いに来てくれた。
なぜか涙が止まらなかった俺の肩を抱いて、「早く元気になって、一緒に帝都へ行こう」と言ってくれた。
他の4人のところへも同じように訪ねたらしい。
ただ、デンだけは会ってくれなかったと残念そうに言っていた。
その晩、俺に奇跡が起きた。
スタンピードで瀕死の重傷を負った兵士が、俺に会いたいと言っていると聞かされ、出かけて行った先で。
穏やかな様子のその兵士とは、一度も面識がなかった。
ただ、とても立派な人物で、他の領地から騎士家の後継ぎや婿養子の話もあった人だと昔聞いた事がある。
幼馴染みの妻のいる故郷で、兵士として生きたいと言って全て断ったそうだ。
騎士団への入団も、自分には向いてないと辞退した。
彼はニヤリと笑って言った。
「3年、辛かったな。おかげで、最後の奉公ができた。ここを守れた。お前はいい目をしてる。自分に自信を持て。俺の経験を、全てお前にやろう……」
そして死んだ。笑いながら。
隣で奥さんが声を上げずに泣いていた。
連れてきてくれた兄さんが、俺の肩に手を置いて、「よく頑張ったな」と言った。
俺は、年老いて死にかけていたこの兵士にこの3年、生命エネルギーを送り続けていたそうだ。
体には、恐ろしいほどの力が溢れていた。
俺の力じゃない。
この、死んだ兵士の力だ。
3年間のお礼なのだろうか、成人前にも関わらず、スキルが使えるようになっていた。
でも、もう間違えない。
これは俺の力じゃない。
俺が使って当然の力でもない。
ご褒美だとも、思わない。
信じて、預けられたものだと、自分のためには使ってはいけないと、俺はそう感じた。
2年後、成人が近くなったある日、俺はデンに会いに行った。
他の3人は回復したが、デンはまだだった。
だが今朝、年老いた騎士の1人がダンジョンを1つ潰して死んだと聞いて、きっともう元に戻っただろうと思い訪ねて行った。
デンは、部屋にいなかった。
街を囲む城壁の外へ出て森へ向かったと門番の兵に聞いて、後を追う。
森に入ってすぐ、デンは見つかった。
走ってここまで来たのだろう汗みずくで、それでも顔に笑みを浮かべて、落ちていた木切れを拾って振り回していた。
「デン」
「ボー! 見てくれよ、体が、体が動くんだ!」
「良かったね、デン」
ああでもあれは。
「ああ。まるでずっと呪われてたみたいだ。あれからちょうど5年だ。きっとあのガキが何かしたに違いないんだ」
「そうだね」
「でももう俺は自由だ。あのガキ、絶対見つけてぶっ殺してやる。よくも俺をこんな目にあわせやがって。なあボー、俺ずっと考えてたんだ」
「なにを?」
「マックスだよ。あいつが、あのガキに言って俺たちを呪ったに違いないんだ。俺は、負けねえ。絶対復讐してやる。あんなヤツ、認めるわけにはいかねえんだ」
デンの目はギラギラと光っている。
分かっていた。
彼には理解できなかったのだと。
彼は認めてもらえなかった。
「一緒にやろうぜ、マックスとあのガキを殺して、みんなに俺たちが正しかった事を伝えるんだ。そうすれば……」
俺はデンの腕を取り、ひねって地面に押さえつけた。
「がっ、はっ……! なんで……!」
「デン、ごめん。でも君は分かってない」
俺たちが家族や一族を不幸にしかけた事を。
マックス様が気に入らないなら、この辺境を捨てるべきだった事を。
もう少し、力を入れれば腕の骨が折れる。
体重をかけようとして、デンの悲鳴に俺はためらった。
その隙を逃さず、デンは俺を振り払って逃げようと立ち上がった。
そこへ、セイが現れた。
「セイ、助け……!」
デンに最後まで言わせず、セイは持っていた剣でデンの腹部をひと突きにした。
「ごめん、デン」
セイは眉をひそめる。
「どう、し……て……」
その言葉を最後にデンは息を引き取った。
デンは老騎士の死でエネルギーが自分に戻ってきた。
だがただそれだけだった。
彼らが人生をかけて手にした力を与えられてはいない。
きっと認めてもらえなかったのだろう。
セイがデンの遺体を横たえると、ラグとチェイも姿を現した。
「遺体を埋める前に浄化するよ」
言ったのはチェイだ。
チェイは浄化というスキルをもらっていた。アンデッドやレイスなどの迷える魂を、強制的にあの世へ送り込むスキルだ。
デンは、恨みを持って彷徨うことも、復讐のため呪うことも許されない。
ラグは遺体を森の奥に運び、穴を掘りながら「これが正しいとは思えない」と呟いた。
「他に方法はなかったのかよ」
「じゃあお前はデンがマックス様を殺すっていうのを手伝ったのか」
「そんな事はしない! それは……間違いだ」
きっぱり言い切ったラグに、セイが噛みつく。
「じゃあどうするつもりだったんだ」
「それは……今は思いつかないけど……」
「他に方法なんてなかったよ」
チェイが淡々と穴を掘りながら言う。
「あったら、デンの家族がなんとかしてた」
ラグもそれで黙り、また穴を掘り始める。
かなり深く掘って、デンをその穴の底に埋め、別れを告げた。
俺たちは、誰もデンを救えなかった。
どこでどうしていれば、彼を救えたのだろう。
「さよなら、デーゼル」
彼の家族には、どこへ行ったのか見つからなかったと伝えよう。
森のさらに奥の方へ行ったようだと。
きっと、みんな分かっているのだろうけれど。
「ボルト、マックス様がお呼びだ」
「はい!」
先輩騎士に声をかけられて、俺は剣を振るうのをやめた。
「セイン、お前もだ、急げ」
「はい!」
俺たち2人はこの春から帝都の上級校に通うマックス様の護衛に選ばれた。
ラガルトは、今も葛藤し続けている。
そのため、街の兵士として生きる道を選び、城とは距離を置く方向で進めている。
チェイスは魔法を学ぶため弟子入り先を探している。
納得はしているが、子供の頃のように無邪気に騎士になりたいとはもう思えないそうだ。
デーゼルの家族に会った際、騎士である父親から「ありがとう」と言われたことが今もこたえているらしい。
それは俺もセインも同じ気持ちだが、2人はわかっているのだろうか。
ひとつ間違えば、俺たち全員がデーゼルと同じようになっていた事を。
俺は父と兄に、「最悪、俺がお前を殺すつもりだった」と言われている。
そんな決断をさせずに済んだ、それが俺にとっての幸運で奇跡だ。
俺は、この辺境を構成する小さな石ころのひとつにすぎない。
俺は辺境の一部で、それゆえにこの辺境全てが俺で、俺の大事なものだ。
俺たちは、『領主』という大きなものを中心に集まって、辺境を作っている。
俺が死んでも辺境は死なない。
でも辺境が死んだら、俺は俺でいられないだろう。
だから、俺とセインはマックス様について行くことにした。
「ボルト、最近フィリアと会ったか?」
「いや。セイン、お前はどうだ」
「会ってない。だが帝都に行きたいとワガママを言っているらしい」
「スタンピードでまだあちこち問題が残ってるっていうのに」
「全くだ」
俺たちはもう互いの事をあだ名で呼んだりはしない。
あの頃あんなに好きだったフィリアの事も、数年会わずにいるうちに遠く感じるようになった。
中庭のそばを通りがかって、花がわずかにほころび始めていることに気がついた。
5年前、この中庭で。
子供時代を過ごした彼らが確かにいた。
互いを仲間だと認め合い、あだ名で呼び合い、それ以外を軽く扱った。
気の早い蝶がひらひらと不器用に舞う。
花の蜜にありつけず、緑の葉に羽を休めた。消え去る前の朝露でもあれば生きていけるのだろうか。
あだ名はもう、使わない。
辺境の全てが俺の仲間だと、そう思えるから。
蝶はまたひらひらと飛んで行った。
今度は中庭を出て、外へと。
そこにはきっと咲いている花がある。
森に、花の種を持って行こう。
みんなも誘って。
中庭の眩しい光から目をそらし、俺はまっすぐ主の執務室へと向かった。