ユニコーンが、って言っときゃなんとかなる
「こっち来いよ、いいから!」
少年たちの1人はわたしを突き飛ばそうとし、1人はマックスを自分たちのほうへ引っ張ろうと、その細い腕を掴もうとした。
わたしは軽く身をかわすと、マックスの腕を掴もうとしていた少年の足を引っかけ、マックスを背中で後ろに押して巻き込まれないようにする。
「おや、大丈夫ですか?」
わたしは笑顔で声をかけた。
転んで膝をついた少年を見下ろして。
彼は怒りに顔を歪めて立ちあがろうとしている。
きっと彼らは、自分たちを優先しないマックスにほんの少しばかり腹が立って、ほんの少し苦情を言いたかっただけなのかもしれない。
その感情をマックスの血縁者である人気者の女の子に押されて、ほんの少しだけいいところを見せたいと、そんな気分になっただけかもしれない。
けれど、そのほんの少しをなんの考えもなく自分に許してしまった事で、彼らは次もその次も、自分を許し続けてしまうのだろう。
取り返しがつかないところまで行ってしまったとき彼らが思う事はひとつ。
『この体の弱い、後継者失格のグズさえいなければ』
そして彼らがマックスを憎み、全員がほんの少しだけマックスから距離を置く事によって、苦しみ続けた彼はスタンピードのただ中で死んでしまう。
本来なら帝都の学園に通っているはずのマックスは、辺境の危機に後継ぎとしてかけつけ、そして誰からも守られずに死んでしまうのだ。
わたしはマックスを無為に死なせるつもりはないし、この貴族に仕えるという意味をさっぱり理解していないクソガキどもを笑って見逃すつもりもない。
死なない程度に何ヶ所か骨を折ってしばらくベッドに縛り付けてやろうかな、でもそれじゃ理解なんてできないだろうし、困ったなあ。
そんな事を考えながら一歩踏み出す。
と、中庭へ入る通路から声がかかった。
「マックス様、準備が整いました」
今日、一緒に遠乗りに行く予定の騎士の1人だ。
クソガキどもは慌てて道を開ける。
それを騎士はじろりとにらみ、けして大きくはないが厳しい声で言った。
「君たちはなぜここにいる。ご領主一家のお邪魔にはならないようにと言われていないのか? 指導担当は誰だ」
「は、すいません、俺、俺たち」
「ダンタス、彼らは僕を心配して訪ねて来てくれたんだよ。フィリアが誘ってくれるのを断ってばかりだから」
「そうなのですか?」
「うん、だから叱らないで。それより、迎えに来てくれたんでしょう?」
「はい。マックス様のお供ができると、皆楽しみにしております。それでつい、こちらまで伺ってしまいました」
「ありがとう。じゃあ、行きましょう、リュート」
「はい、マックス様」
笑顔で答えて、わたしは少年たちの様子を確認した。
全員、顔をうつむかせて震えている。
そのため、騎士の『信じていないぞ』と言わんばかりの冷たい視線にも気がついていない。
中庭を出る寸前、1番体の大きな少年が顔を上げてわたしをにらみつけてきた。
ああ分かってない。
分かってないな、あれは。
マックスに自分たちが庇われたその意味を全く理解していない。
マックスはお前らが大事だから、怖いから庇ったんじゃない。
お前らがマックスにとって守るべき家臣だったから庇ったんだ。
力こそが全て。
力があるならば何をしても良い。
子供だけの小さな世界の中で、肉体に恵まれた者が溺れがちな理屈だ。
成長と共にその世界が広がらなければ、子供はそのまま大人になり、他者を虐げる正義を手にして振る舞うようになる。
わたしは物理で彼らを叩きのめすのはやめた。
命拾いできなかったな、ガキども。
その後、昼食の時間まで遠乗りに出かけ、マックスは疲れた様子だったがとても楽しそうで、心地よい疲れ、といったふうだった。
昼食に戻ると早速、わたしは執事に辺境伯にお会いしたいと頼んだ。
ご子息の事で相談したい、と。
伯はすぐに部屋へ呼んでくれた。
挨拶やお礼を伝え、ここへ来てからの事を話し、そしてようやく本題。
「ご子息のマックス様に、わたしの馬を一頭、献上させていただきたく存じます」
「リュート殿の馬というと、あの白馬かね」
「はい」
辺境伯には、今日までのアスターク家の出来事をある程度伝えてある。
なので、わたし達が乗ってきた白馬がユニコーンである事もきっと予想がついているだろう。
もしユニコーンでなかったとしても、わたし達が連れている3頭はかなりの名馬だ。
「……それはありがたいが、なぜそこまでしてもらえるのか訊いてもよいかな?」
「はい。わたしの馬は白露といいユニコーンなのですが、白露によりますと、マックス様には呪詛がかけられており、そのためお体が弱く、なかなか健康が回復しないのだそうです」
「なに!」
「ユニコーンの魔法でマックス様を守り、呪詛を跳ね返す事で健康を回復させ、丈夫な体にする。白露はそれができると申しております。つきましては、転地療養という名目で当家にお預けいただければと思うのですが」
「そうか……だが、全てを明かせない以上、アスターク家にマックスを預けるわけにはいかん。知っての通り、エルリシアを守れなかったとアスターク家を謗る者もいるのだ」
「それは残念ですが仕方のない事です。形としては、帝都の教会に通う事として、信頼のおける護衛とともに我が家でお守りいたします」
「うむ……」
難しいだろうがここは譲れない。
このままだとマックスくんはお亡くなりになってしまう。
そしてわたしのクエストが失敗判定されてしまう。
それだけは絶対に避けたい。クエストは達成してナンボなのだ。
「また、今後の辺境伯領の安全にも関わる事なのですが、白露、ユニコーン達がスタンピードが起こる可能性があるとも申しておりました」
「そうか……。最近、魔物の数が増えてきているような気がしていたのだ。その情報はありがたい」
「スタンピードとなれば、マックス様は無理を押しても民のために役に立とうとなさるでしょう。義務を理解した優しく、勇敢なご気性とお見受けしました」
「ああ。あれの体さえ丈夫であればと何度思ったことか」
「お任せください。必ず、マックス様の健康を取り戻してご覧に入れます」
「うむ……」
マックスは1週間後、護衛とともに帝都に向かう事となった。
わたしはそれまでにあれこれ準備をしなければならないため、めちゃくちゃ忙しい。
まずは辺境伯の長男をユニコーンに乗せて、公爵家までひとっとび。
義姉様が元気で生きてるのを見てもらって、頭の中がパニックのうちにとんぼ返り。
そのあとは辺境伯と一緒に今後の事を相談。
マックスくんの護衛を選び、そしてスタンピードに向けて別の重要案件の了解を取り付けた。
重要案件って何かって?
クソガキどもに弱者を体感してもらうんだよ!!