記憶
「この匣は遊戯のためのものではない。やり直しができるのは、その必要があるからだ。死亡する事で経験を蓄え、世界をより良い方向へ導くもの。つまり、この匣の中で死亡するのは本来、操作者もしくは操作者と目的を1つにする者だ。だがフィリア・フェイリィは死ななかった。死んだのは巻き込まれたミリアム・アスタークだ」
成長したミリアムの姿が映し出される。
美しい黒髪と光り輝く緑の瞳。整った顔立ちは怒っているような、泣き出しそうな、厳しい表情だ。
それが美貌を醜く歪ませ、悪役令嬢と言われても仕方がない様子を見せている。
彼女はそうして自分を守っているのだ。
ゲームで初めてミリアムの生い立ちを知った時そう思った。
奴隷とされた公爵令嬢。傷モノで、使い物にならない令嬢。
両親はすでに亡く、公爵となった兄は失意から世捨て人のような有様で、他の2人の兄もそれぞれ異国の地と海上で死亡した。
公爵家の後継ぎとなるはずの彼女の婚約者候補たちはみな、自身の侍女に夢中だ。
世界が憎くて仕方がない。
そんな彼女を憐れだと、寄り添ってやりたいと思う人間がいてもいいではないか。
わたしがミリアムの映像に手を伸ばすと、神が言葉を続けた。
「ミリアムは匣の本来の機能の通りに、死後記憶を残してやり直した」
伸ばした手をわたしは握りしめた。
どうせこの手は届かない。
「そして6回目、とうとう彼女の魂は壊れた。匣は設定が保てなくなった事で起動を停止。全ての魂は現実へと返ってきたわけだ。ミリアムを除いて」
「それでわたしがミリアムの代わりにここへ来たってわけね」
「そういう事」
ミリアムの映像を消して神はにっこりと笑った。
「君にはこの匣の中に1人で入ってもらう。フィリアと揃えないといけない使用条件は、中に入れる魂の数の上限と、中での経過年数の上限。他の設定は好きにいじれる。試してみる?」
わたしはうなずいてタッチパネルの前に行き、じっくりと眺めた。
「これ……フィリアがやったのとは違う内容にもできるって事?」
「可能だよ。反転してる文字のところはダメだけど、白くなってる文字は変更可能」
言われて、わたしはにんまりした。
ヤバい、なんだか楽しくなってきた。
匣の中での滞在時間は5歳から19歳までの14年。もちろんMAX。
中に入れる魂は1つ。最小値。
そして、世界を地球に設定してみた。できた。
思った通り、ものすごく自由度が高い。
つまりこれは、世界をここだけに限定していない、『帝国に咲く薔薇』だけに限ってはいないのだ。
「わたしが中に1人で入ると他の人の存在はどうなるの?」
「NPCになるよ。返事は定型。行動も定型。友達は作れないね。寂しいだろうから時々遊びに行ってあげるよ」
カラカラと笑う神をわたしはジト目で見つめた。
「それはどうも」
だがよく考えれば、14年間を7回分。ほぼ100年、1人で過ごす事になるのだ。話し相手はいたほうがいい。
それでふと思いついた。100年も同じ事なんてやってられない。
「例えばなんだけど、レベル上げの方法って毎回、違うものを選べるの?」
「もちろん。別に戦闘でなくてもいいし、編み物や刺繍でもいい。なんだったら14年間の間で何度でも変えられるよ」
言いながらそわそわとした様子で目を輝かせている神に、わたしはなんだか胡散臭いものを感じた。
これ絶対なんか隠してる。
「もしかして何かすごくいい方法があったり……」
「ある! あるよ! よく訊いてくれたね!」
食い気味で迫ってきた神からわたしは顔をそらす。近い近い、顔が近いから!




