ミリアム・アスターク
「取り込んだ、魂?」
それを聞いて、わたしは唐突に理解した。
繰り返される不幸。恐怖。絶望。
壊れるほどの。
『この体の持ち主は、本当に最初からわたしだったのか? もしそうでないなら、その魂はどこへ行った?』
「ミリアム・アスタークの魂だよ。彼女の魂は現状、使い物にならない。自身の復讐どころか、シナリオのままに操られる事すらできない」
チカッ、チカッ、と頭の中で何かが点滅する。
神経が焼き切れそうなほどの怒り。
クソが。クソが、クソが、クソが!
ゲームで他人事ですら腹立ちを感じるほどの扱いだった彼女の人生。
アレを。
アレを、繰り返し経験した人間が実際にいるという事か。
ギリッ、と奥歯を硬く噛み締めたところで、神がそっとわたしの頬を手で包んだ。
「自分を傷つける必要はないよ。あの子の魂は回収されている。それに、傷つけるなら自分じゃなく然るべき相手がいるだろう」
わたしがうなずくと、彼は小さく微笑んだ。
とても優しく、美しい微笑み。
愛も赦しもなく、ただ正しい。この世界にとって。
「いい子だ」
そこにはあのチャラいとぼけた男はいない。まさしく神がいた。人間を罰する、裁きを下す神が。
「この匣は世界の設定や状況を組み込んで、その中で生きて体験する事によりスキルやレベル上げができる。けれど別の使い方もできるんだ。複数の主要な魂を取り込む事によって、未来予知のように使う事もできる」
ブン、と音がして箱庭の莫大なデータが浮かび上がる。
「フィリア・フェイリィは君と同じ地球からの転生者だ。5歳のとき熱病で死亡した子供の体に入り込んだ。そのタイミングでこの匣は起動している。ゲームに出てくる登場人物たちの魂を取り込み、設定の通りに繰り返す。フィリアは世界をゲームとして設定した。誰からも愛される主人公。6人の攻略対象者。主人公を憎む悪役令嬢」
次々とゲームの登場人物たちの映像が浮かび上がった。
「だが問題があった。本来これは遊びとして使われるものではない。彼女をこの世界に呼び込んだ闇の手先は僕たちが処分した。匣の詳しい説明をする前だったので、彼女はなんとなくで設定して起動させた。君も、説明されなくても分かるだろう?」
わたしはうなずいた。
タッチパネル上の設定は現代の地球でゲームをやった事のある人間、パソコンやスマホを日常的に操作している人間からすれば感覚で理解できる。
難易度、アシスト設定、死亡時の設定などもある。
「彼女は難易度でチートモードを選んだ。死亡判定がなく、素材アイテムを最初から全て持っていて、ゲームの進め方を学ぶためのモードだね。素材アイテムが全部揃ってるから、条件さえクリアすれば全ての料理を作る事が可能だ。もちろん、死亡でやり直しの必要が無いから、対象者全員の攻略も。そうして攻略後は不用になった悪役令嬢は毎回、必ず始末した」
それは、殺したという事だろう。
聞いてわたしは顔をしかめる。
殺す必要なんてあったのだろうか。あのゲームで不快だったのは、『なぜ悪役令嬢が死亡するのか』という事だった。
彼女は、ミリアムはそこまでの悪人ではないはずなのに。