アフォな6才児、再臨
冷たい兄の視線を受けながら、それでもわたしは満足だった。
やっぱあれだね、不朽の名作ってヤツだよね。
「それで」
兄はわたしと豪ちゃんを冷ややかに見下ろす。
「これは一体どんな茶番だ?」
茶番、つまりは馬鹿げた振る舞い。
確かに周囲にはそうとしか見えないだろうが、今わたし達は運命の出会いを果たしているのだよ。
くだらなくなんかないの。
彼女がシェーンでわたしがジョーイなの。
わたしはロゼリアの腕から抜け出し、キリリと表情を引き締めて兄に相対した。
「神の託宣ですわ、兄様」
「また神か」
苦々しげに兄が吐き捨てる。
おまえ無神論者か?
良くないよ、そういう態度。なにしろ神はほんとにいるからね? めっちゃ怖い天使とかついてるからね?
「お前が神と口にするたび、何かをごまかすために言っているような気になる」
鋭いな、兄。その通りだよ。
「で、今度は何だ、言ってみろ」
めっちゃ信用ないわたし。
「互いに手を取りあい、助け合って行くようにと神に言われたのです。ここで出会えたのも、誘拐事件を防げたのも全て神のお導きなのです。ああなんと素晴らしい神の愛!」
兄は腕組みをし、全く信じていない顔でわたしを見ている。
いやいや信じようよー、可愛い妹の言葉だよ?
「つきましては、豪ちゃ……ん゛ん゛っ、ロゼリア様を不逞の輩からお守りせねばと思うのですが、いかがでしょうお兄様」
「できるわけないだろう」
「そう、そうですわよね、できるわけ……はああっ!?」
神のお導きやぞ!?
そんな簡単に切り捨てんでもらえるかな!?
気合い入れて話作ったわたしがバカみたいだよね!?
「お前は自分の立場を考えろ。叩き返して10年ぐらい屋敷の地下に放り込むぞ」
鬼!
お兄様の鬼! 鬼い様……ぷっ、ピッタリだなおい。
鬼い様はわたしをギロリと睨む。
笑いかけていたわたしは表情を引き締めた。
そこへ、豪ちゃんが恐る恐る話しかけてくる。
「あの……」
「なんだ」
「なんでしょう?」
「もしよろしければ、夕食をご一緒して、ゆっくりお話できませんでしょうか。家の者も皆様にお礼をしたいでしょうし」
豪ちゃんのそのひと言で、わたし達は揃ってこの街1番の宿へと向かう事になったのだった。
わたし達は手放しで出迎えられた。
豪ちゃんは、ウィルバード伯爵夫人と一緒に街へ観光に来ている……というのは建前で、しつこい縁談相手から逃げるためこの街へ避難しているのだという。
この宿屋は伯爵家が資金を出しているため、現在貸切状態で伯爵家の関係者以外は中へ入れないようになっているそうだ。
なのにわたしら中に入ってもいいのかね。
と思っていたら、無神経この上ない兄が相手の執事に同じような事を言っていた。
「もしかしたら私達自身が誘拐犯かもしれませんよ」
「もしそうなら、お嬢様をわざわざ救って見せる理由がない、と奥様が仰せでございますので」
それを口にするこの執事も大概だな、と思ったがわたしは何も言わなかった。
この程度のじゃれあいで済むなら可愛いものだ。
通された部屋には伯爵夫人とロゼリアの兄と姉がいた。
帰ってきたロゼリアを見て、姉は泣きそうになっている。
ロゼリアがほっそりしているのに対し、母と姉はふっくらとしていて豊かさを象徴しているような見た目だ。
兄は伯爵夫人相手にさくさくと話を進めて、『事情があるので目立ちたくない』と縁をこれきりにしようと企む。
わたしはそうはさせじとアフォで無邪気な躾のなってない6才児のフリをした。
「兄様、兄様、ここすごいの! 見て見てお部屋がこんなにたあーーっくさん!」
おっと兄貴、妹をそんな殺しそうな目でにらむなよ。
どうせ全部演技だってバレてるからな、どこまでだってやってやんぜ!
わたしと兄が火花を散らしあっていると、伯爵夫人がにこにこと提案してくる。
「リリィちゃん、良かったら今日はここで一緒にご飯を食べて泊まっていかないかしら?」
「いやそれは……」
「わぁーーい! 泊まる! やったあ!」
わたしが兄の言葉に被せてキンキン響く大声を上げる。
兄は諦めたように頭を押さえた。