領境の街、ソルシ
いや知ってたよ?
知ってた。
わたし6才、お酒飲めないって。
お酒はハタチになってから。
おうちで家族と食事してるときにも、ちゃんと禁酒してたしね。
アレかなりくるんだよね。
周りが美味しそうに飲んでるからさ。
でも今回、旅行でウキウキしてて、さらにキリにお酒が飲みたいとか言われて、つい自分も飲める気分になっちゃったのよ。すぐに現実に気がついたけど。
ああ早くお酒が飲める年齢になりたい……。
キリは子猫じゃないのか、だと?
あれは子猫の皮を被ったた化物なのだよ。
いや比喩でもなんでもなく。
もふもふの毛皮を被った化け猫さんなのです。
出だしから思いっきりつまづいた気分で、わたしは馬車から降りた。
「なんでそんなに機嫌が悪そうなんだ? さっきまで鼻歌歌ってただろう」
「これが女心というものですよ、兄様」
「6才児を女とはいわん」
「そういうセクハラ的差別発言、どっかの団体から怒られますよ」
「なんだそれは。話にならん。アイラ、これを見張っておけ。逃すなよ。リードで繋いでおけ」
そう言って兄はアイラにわたしと犬用リードを渡す。
こいつマジで繋ぐ気だ。
「ふふふ。オーリオ様って怖い方かと思っていたのですが、冗談がお好きなんですね」
アイラはそう言って笑いながらわたしと手を繋ぐ。
その純粋な輝きが眩しいよ。
おいらはもう汚れっちまったんだ。
アイラに手を引かれて、わたしは今日の宿に入った。
最上級ではないが、それなりにお高いランクだ。
今のわたし達は3人兄妹。
両親がミュートウの粛清で亡くなり、隣国で働く兄が2人の妹を迎えに来て連れて帰る途中という設定だ。
なので、公爵家の移動のように最高級の宿で最上の部屋を取るわけにはいかないが、それなりにお金持ちという事になっている。
その心は。
やっすい宿になんて泊まってられるか!!
名前は、兄がパリス。
グランドツアーでできた友人の名前だそうだ。
アイラはそのままアイラ。
最近雇った使用人の名前までは知られていないだろうという事で。
そしてわたしがリリエラ。
ミュートウの聖女様の名前で、ミュートウではわたしくらいの女の子には多い名前だという。
家名はない。
取り潰しにあった貴族家で押し通す予定。
部屋のバルコニーからは街が一望できて、赤い屋根がずらりと続く様は圧巻だった。
これぞ旅!
わたしはかすかに届く香辛料の香りや、活気ある人のざわめきに出かけたくてたまらなくなった。
そういえばなんかお腹も空いてきた。
「兄様、わたくし少し外へ出て」
それにかぶせるように兄が冷たく言う。
「駄目だ」
「どうして!」
「もうすぐ暗くなる。どうしてもというなら明日にしろ」
「お腹が空きました!」
「夜まで待て」
「待てません!」
「それでも待て」
「いーーやーーだーー! おーーなーーかーーすーーいーーたーー!」
兄はチッ、と舌打ちしてわたしを睨んだ。
「アイラ、このクソガキを連れて外で軽く何か食べさせてこい。騒がしい」
「かしこまりました」
やったぁ! 兄上ありがとう!
兄はわたしにじろりと視線をやると、なにやら取り出してアイラに渡す。
「さっきは渡し忘れたからな。持って行け」
アイラの手にあるのは首輪。
てめえマジ虐待だからな、それ。
アイラはやはり冗談だと思ったのかころころと笑っていた。
首輪とリードはしなかったが、アイラは危ないからとわたしを使用人の男性に抱き上げさせた。
「オーリオ様はご心配なのですよ。このくらいは許してくださいね」
いやいや、ヤツは単に面倒がってるだけだから。
人を良く見ようとするキミがとても心配だよ。
わたしは仕方がないので黙って使用人に抱えられている。
確か名前はフォグだったはずだ。
ソルシの街の通りはとても混雑していて、子供の身長ではろくに何も見えないし、それにすぐに人混みに流されてはぐれてしまいそうだったからちょうどいい。
わたしも鬼ではないので、優しいアイラを泣かせたり負担をかけたりはしたくないのだ。
そう、わたしは鬼じゃないが兄上は鬼だからな。
わたしとはぐれたアイラに辛くあたっても不思議はない。
それを防ぐのも主人の勤めというものなんである。
できる上司、わたくしミリアム。
通りを行く人の波を眼下に見下ろしながら、優越感に浸りつつ店を物色する。
キリにお土産も買って帰んなきゃだしなー。
まあでもとりあえずは肉だな!
肉の焼ける匂いに幸せを感じながら、わたしはフォグにあっちへ行けこっちへ行け、次はあそこだ、と言いつけてアイラに怒られるのだった。
いやあ、あんまりにも言う通りに動くんで楽しかったからさあ、つい。
お酒は二十歳になってから、は地球の日本の話です。
この世界の成人年齢は15才、お酒の飲酒や購入についてはいろいろ決まりがあります。
説明不足で分かりにくい文章となっておりましたので、お詫び申し上げます。