夢の匣
「ちょっとこっち来て、僕の隣にいてねーー」
そう言って、やつは手を軽く広げる。光が集まって、そこに山や川などの地形の立体模型が現れた。どこの地域なのかは判然としないが、街などが見当たらない、ずいぶんと自然に恵まれた土地のもののようだ。
「これは?」
「ちょっと待ってね」
神が模型の上にタッチパネルを浮かび上がらせる。
ポン、ポン、ポン、と軽く操作をすると、鉄道や高層ビルがある土地の模型に変わる。
その中に見知った、というか疑いようのない前世のランドマークを見つけた。
日本人なら、いや日本人でなくとも知っている、東京のあれやこれやそれ。
なっつかしいなーー、と思わず見入ってしまう。
そういえばあそこの辺りにあるホテルのアフタヌーンティー、行きたかったんだよね。
わたしは本屋で見つけてアホほど眺めた愛読書『◯◯タヌーンティー愛』を思い出した。
頭の中で何度も何件も出かける計画を立てたものだ。
ああもっといっぱい遊びに行っときゃよかったなあ……。
「で、こうして……」
ぐん、と模型がさらに大きく広がる。
「このくらいでいいかなーー」
満足そうに神はタッチパネルを消した。
そしてわたしに向き直る。
「これはね、夢の匣というんだ。この中に入って、VRみたいに生活する事ができる」
「バーチャルリアリティって……」
ファンタジーのカケラもないな。
「こういう神の道具は本来あんまり使用しないものなんだけどね、今回、闇の連中がこれを使っちゃってね。そうすると、ぼくらも含めて他の勢力でも使用が可能になる。君にはこれを使ってレベル上げやスキルゲットをしてほしい」
「VRで?」
「そこは神の道具だからね。現実に反映が可能なんだよ」
「けど、相手もこれを使ったって事は、おんなじように強くなってるって事?」
ゲームのヒロインはレベル上げでかなり強くなる事ができる。
MAXまでレベル上げてたら相当手強い気が……。
「それは大丈夫。仕様変更の自由度が高いからね、これ。彼女は乙女ゲームとして純粋に楽しんだようだよ」
「なるほど」
すると戦闘部分はほぼスルーで進めたのだろうか。
戦闘から派生するストーリーやクエストもなかなか面白かったのに。
まああれを楽しめる純粋乙女ゲーマーはそうはいないかもしれないけどね。
「この匣はね、1度作動させると7回連続で使用する事ができる。彼女は6回使用して、7回目は動作不良で弾き出された。だが本人はそれに気がついていない。ゲームがまだ続いていると思っている」
7回目、というと逆ハーレムルートだろうか。
「動作不良って?」
「取り込んだ魂が1つ壊れた。繰り返される不幸と恐怖と絶望に耐えきれずね。それで強制終了したわけだ」