アスターク家滅亡の噂
ユニコーン達は我がアスターク公爵家の領地にある森へとお引越しする事になった。
なんかわからんが、ヤツらにはわたしがシン・セイジョに見えるらしい。
それまで守っていた聖女達は教会に預け、わたしと家族を守ってくれるようだ。
一生独り身とかあたしゃやだよ、と言ったら、そこは好きにしていいと言ってくれた。
何があったユニコーン。
種族のプライドも本能も、いきなりどっか行ってるぞ。
と思ったら、何かあったね、そういえば。
めっちゃ怖い天使様がたに折檻されてたね。
命の危険があるレベルで。
人間、命の危機を乗り越えるとそれまでと人が変わったようになるらしい。
ユニコーンもきっと一緒なんだね。
その後、父は長男に家督を譲り、わたし達は一家全員で領地に移った。
うちの騎士団もいるし、なによりユニコーンが守るアスタークのほうが帝都よりも安全だからだ。
そして帝都では最近、ひとつの噂が流れている。
それは、次期公爵夫人であったメリザンド子爵夫人、エルリシア・リア・アスタークが賊に襲われ亡くなったというもの。
そのさい一緒にいた公爵令嬢、ミリアム・アスタークも行方不明になっており、アスターク公爵家は領地に生活の拠点を変える事で、周囲の目を誤魔化そうとしている。
そんな噂が、貴族の間のみならず市井の人々の間でもまことしやかにささやかれていた。
もちろん、我が家の優秀な特殊技能を持つ使用人達が流したものである。
皇家と辺境伯には事情を軽く説明、教会までも巻き込んで、我がアスターク家が滅びに向かっていると世間には思わせた。
プロデュース・バイ・リュゼ様である。
『聖女を守るためにそのようになさい。何かきかれても知らぬ存ぜぬで通すように』
と彼女がひと言申し付けると、人皆全て『喜んで』と答えた。
そういえば、リュゼ様の本名はリュエール・デ・ゼトワールというそうだ。
フランス語なら「星明かり」という意味である。
リュゼというのは愛称なんだと。
この世界は中立である事を目指している。
神も中立なら天使も中立だ。
光だけだと善性に偏ってしまいがち。
闇だけだと悪性に陥りがち。
光には善良さの素質があり、闇には邪悪さの素質がある。
使うも使わないも本人の自由。
そして中立にはそのどちらでもある自由がある。
彼らはその二面性を楽しんで生きている。
だから、名前にもその両方を取り入れて自分のものとするのだそうだ。
リュゼ様は月のない暗い夜の闇の中、星明かりで人の足元を照らし、道を示して誘う慈愛と。
そして狡猾に立ち回り人を支配する残酷で冷酷な面をどちらも持ち合わせている。
彼女は人を導き、支配して利用する美しい天使であるのだ。
そんなリュゼ様のお導きにか弱き我らは従うのみ。
わたし達は限られた人員で、領地の屋敷に引っ込んで静かに暮らす事になった。
……。
と思うか?
んなわけねえだろうが!!
こっちゃやる事いっぱいあるんじゃ! いつも言うけど!
なのに引きこもりって!
引きこもって行方不明のフリって!
義姉様はいいだろう。
もともと物静かな、人に反抗したりしないおっとりさんだ。
家で刺繍やったりピアノを弾いたりして過ごしてくれと言われたら何も言わずにそうしてくれる。
そしてそれに苦痛がない。
長男兄はいいだろう。
あの人は義姉さえいれば他はあんまり興味がない。
実家を継いで難しい顔をしていればいいのだから全く問題がない。
両親は幸せそうだ。
ずっと仕事で忙しかったので、夫婦でのんびりできて最高の人生を送っている。
なんと先日子供までできた。
そしたらリュゼ様と天使軍団が呼んでもいないのにママ上の周りでウロウロするようになった。
どうやらお腹の子は天使の生まれ変わりらしい。
これ以上ないくらいガッツリ守られている。
次男兄は再び海外へグランドツアーに出た事になっている。
いるけどね。
変装して屋敷の書斎で引きこもってる。
多分こいつが1番幸せそうだ。
日本に生まれてたら学者系オタクになっていたか、それともガチ系オタクになっていたか。
できれば学者系に擬態しつつ、中身はガチ系であってほしい。
「◯◯タソマジかわゆす」とかネットで呟いていてほしい。
そんな彼となら仲良くやっていけそうだ。
三男兄は海に出れない鬱憤を、領内の川と湖で水軍を作る事で誤魔化している。
ユニコーンとの戦闘訓練、騎士団との水上模擬戦、集められた兵士達にとって、決して負けられない戦いがそこにはある。
主に自分の身の安全のために。
正直、この兄をどうやって暗殺したのか知りたくて仕方がない。
彼はオムニボテンス様というリュゼ様の軍団のガチムチ天使様と相性がいいらしく、よく訓練を共にされているお姿を拝見する。
オムニボテンス、ラテン語で「万能」という意味の言葉によく似た名前を持つこの天使様、愛称はオモン様。
ちなみに中国語でオモンは「悪夢」だ。
この2人が一緒にいるところを見るたび、筋肉少女帯の『混ぜるな危険』が頭の中に響いてくる。
サヴァとマリリンの間には可愛い子犬がたくさん生まれた。
もうこれがマジで可愛い。
あの凶悪な子猫のキリがお兄ちゃんぶって子犬たちの面倒を見ているのもまた可愛い。
なぜこんな我が家の状況をお伝えしているかというと、わたしはレベルアップが始まる15才までこの現実で過ごす事にしたからだ。
5才と15才とでは、基礎の肉体が違うのでレベルアップ時のステータス加算も全然違う。
リュゼ様とかリュゼ様とかリュゼ様とか、守りが固くなったことが1番の理由だ。
まあそのリュゼ様も今はママンのそばにべったりなのだけど。
そう。
わたしはゲームもマンガもアニメも小説も、地球の観光も美味しいものも何もかも諦めてここにいる。
なのに自由がないの!
全然ないの!!
行方不明の公爵令嬢だから外に出れないの!!
帝都にいるよりひどくなってんだけどどういう事!?
聖女って監禁されて自由を奪われるのがお仕事なの!?
あああああああああ!!
気が狂う!!
マジ気が狂うってこれ!!
幸せそうなあんたらみんなが憎いっっ!!
ちくしょおおおおおおおお!