帰り支度
わたしが家に戻ってコーヒーを飲みながらまったりしていると、疲れた顔で神がやってきた。
非常にやつれている。
「大丈夫? 神。コーヒー淹れよっか?」
思わずそんな言葉をかけてしまうくらいにはひどい顔色だった。
「うん、ありがと……」
「平気? リュゼ様にお仕置きされた?」
「いや別にされなかったけど……ていうかキミ、リュゼ『様』って」
されなかったのか。やっぱ心広いなリュゼ様。
それとも愛なのだろうか。
キチクな本性がバレて愛する神に嫌われるのが怖いとか……。
いや違うな。そういうの可愛いけどなんかイメージと違う気がする。
そんな事を思いながら、わたしは神にコーヒーの入ったカップを手渡して、質問をスルーした。
「じゃあ申請通したの? ユニコーン滅ぼしちゃう?」
神はまなじりを吊り上げた。
「いや滅ぼさないよ! なんて事言うのさ。でも領主と貴族は全部始末する事になった」
「そっか。まあなんか、うん、良かった?」
子爵達には良くはないだろうけど、落ち着くところに落ち着いたんだろう。
「いやもうどうしてもユニコーンごと、って聞かなくてさ。領地ごとにするか領主と貴族だけにするかでずっと話し合って、やっとだよ」
領民もユニコーンに殉死させるところだったのか。
ほんとヤバいなこいつ。
「なんでそんなユニコーン大事なの。なんか理由でもあったりする?」
「あの綺麗な生き物を人間の醜さの犠牲にするとかあり得ない」
うーーん、話聞いてると、ユニコーンが聖女の子孫女性を全員、しかも一生囲ってるのが悪いと思うんだけど。
「ユニコーンもさ、聖女がたくさんいた方がいいなら、子供たくさん産んでもらう方がいいんじゃないの?」
「それはないね。彼らからすると、聖女は地上にいない方がいい。不幸にも人間の中に生まれざるを得なかった聖女達を、ユニコーンは地上の汚れから守っているんだ。天に還るその時までね」
かなりガチな理由だった。
ユニコーンからすれば人間などどうでもいい。
神から見ても人間などそこまで特別扱いする存在でもない。
不幸だな、人間。
いや、他の神々や天使が助けてくれるからバランスが取れてるのか?
「だけど天使達からすれば、可愛い妹の子孫。しかもいずれ妹の魂は人の輪廻の中で自分の子孫に戻ってくる。そのときに天界に魂を回収する予定でね。それまでは絶対に血を絶えさせないって言うんだ」
「え、じゃあ妹さんの魂を回収したら」
「速攻で血を絶やすだろうね」
天使っ……、お前もか……!!!
そんなこんなありながらわたしはその後、地道にレベルアップを続けた。
神はそんなわたしに『ひとつも面白くない』と言ってあまりスキルをくれなかった。
別にいいのだ。
わたしは最恐の天使からヤバいスキルをいくつももらったので。
正直使うのをためらうスキルなので、本当はまともな戦闘用スキルが欲しい。
そして某怪盗団の追加シナリオでは、ヤツは悩みに悩んだあげく『変身:女王様セット』をスキルとしてくれた。
自分よりも弱い相手なら従える事が可能らしい。
マジ神てめえ、愛らしさがウリの幼女になんてものを!
ちょっとムカついたので、後日リュゼ様にご報告申し上げた。
そうしたらリュゼ様は別のゲームでわたしに『縄』スキルをくれた。
ほんとなんだこの変態ドSカップル!!
あんたらなんでまだ結婚してないんだと訊ねたら、『新婚旅行に行くために業務の引き継ぎが必要。でもその人材がまだ配置転換されて来ない』んだそうだ。
どこの世界も人材不足なんだね。
その際のリュゼ様の「だからバカな事してないでキリキリ仕事するように」という言葉に背筋が寒くなったのはなぜなのだろうか……。
そして最後の1年。
わたしは1年かけて『帝国に咲く薔薇』をやった。
1年もかかったのは、やってる途中やクリアするごとにわたしが激ギレしていたから。
ヒロイン、あいつマジ殺す。
100回殺す。
散々苦しめて殺す。
闇堕ちするたび、神とリュゼさんが旅行や遊びに連れ出してくれた。
一晩中飲み歩いた事もある。
この年になるとキツイんだけどさ。
そうやって忘れたつもりでごまかして、そうでないと前へ進めない事ってあるんだよね。
これは毎回はできない。
そう思ったわたしは細かく記録を取っておく事にした。
感情移入し過ぎていると、わたしも思う。
ミリアムとわたしは別人のはずなのに。
本当に他人なのだろうか?
そう思う事もある。
目覚めて。
朝、鏡の中に久しぶりの記憶と変わらない、ゲームの中の彼女の面影のあるミリアムの姿を見て。
必ず仇は取るから、とわたしは見知らぬ彼女の魂にささやいた。