絶対不可侵領域
「いやただのゲームでしょ? なんでそんな本気でビビってるの?」
「うっさい! 今黙って! 話しかけないで! ああ扉が開かない、早く早く、なんで開かないの開いたあっ!!」
わたしは大急ぎでポッドの中に転がり込んだ。
と言っても現実のわたしではない。
画面の中のわたしのアバターとなる主人公だ。
今わたしはとある惑星の海を舞台にしたゲームをやっている。
わたしは海が嫌いだ。
嫌いと言うと語弊があるが、生身で海に潜るのは否定派だ。
なんなら海水浴も好きではない。
海はビーチで楽しむもんだ。
間違っても中に入って楽しむものではない。
知ってるか?
海にはクラゲやヒトデやエイやサメ、危険な貝も生物もたっぷりいる。
あそこは人間に許された場所ではないのだ。
君はガンガゼと海鼠で足の踏み場もない海を見た事があるだろうか。
刺々しいサンゴの岩場を。
恐ろしい。本当に恐ろしい。
なのになぜこんなゲームをやっているかと言えば神に勧められたからだ。
わたしはこのゲームを海中写真でも撮るゲームなのかと思っていた。
昔、なんかそんなゲームがあったような気がしたのだ。
野生生物を撮影するゲーム。
やった事ないので面白いかどうかは分からない。
それと同じようなものなのかと思った。
パッケージの裏も表も戦闘してる感じじゃなかったからだ。
ていうかこんなでっかい海洋生物、人が生身で戦えるわけないだろとか思ってた。
うん、そう思いたかったんだな、今思えば。
ファンタジー系RPGではそんな事がまさに起きていたわけだが、わたしはそれを失念していた。
最初は良かった。
海の中は綺麗で、水や食料の問題はあれどなんとなくほのぼのとした空気でわたしは海中を探索していた。
あれ? これ何するゲームなんだろ、地図を埋めるゲームかな、あはは、うふふ、みたいな感じだ。
だが油断していたらでっかいサメみたいな魚に頻繁に襲われるようになった。
そしてまさに今、2体のサメ(っぽい何か)に襲われ、慌てておうちに戻ってきたところなのだ。
怖かった。マジ怖かった。
うまくドアが開けられなくてさ、いやもうほんと泣きそうだった。
「外怖い、無理、超無理」
涙目のわたしに神は言った。
「ただのゲームだよ? なんでそんな無理とか言っちゃうの? 別に死なないよ?」
「ライフが死にそうなんだよ!! わたくし繊細なの、あなたと一緒にしないでくれる!?」
「はいはい繊細、繊細だねー。ほら頑張って。今度のスキルは潜水艦だよ? 武器もいっぱいつけちゃうよ?」
「いるかなあ!? それ! 絶対いらないよね!? いつ使うか使いどころが全く見えないんだけど!?」
「そんな事言ってはいけません。クッションだって使ったでしょ? めっちゃ助かったでしょ? 神の言う事はとりあえず試しておきなってー」
「使う!? 絶対!? 絶対必要になるって言ってみてよ!」
神は口を閉ざした。
「なぜ黙る!!」
「まあまあそれはさておき、このゲームもチート機能ついてるからさ、それ使って遊んでみたらどうかな? もしかしたらすごい発見あるかもよ? 地図埋められちゃうかもよ?」
くっ、地図の話をされたらわたしは弱い。
それにチートがあるなら割と無敵だ。
なにしろ水と食料が手に入る。もしかしたら武器だってあるのかもしれない。
わたしは嫌々ながらチートモードを選んでゲームを再開した。
で。
「いいねいいね、これ」
わたしはご機嫌で海の散歩を楽しんでいた。
水中をスクリューで進む1人用の小型スクーター。
これがあれば大抵の危険生物からは逃げられる。
少なくともこれまで出会った生物なら問題ない。
あちこちウロウロしたわたしは、ついに次なる島を発見。
さらなる冒険を求めて1人乗りの潜水艦ポッドを作成した。
このゲームの目的は、未知の惑星に不時着した宇宙船から脱出、各地に散らばった生存者達を集め、救援を呼びつつ惑星の資源やデータを収集するというものだ。
助けた人数や収集した成果により、帰還後に与えられるものが変わってくる。
富と名誉、勲章に研究機関への招聘、自分で惑星探査企業を立ち上げたりもある。
まさに歴史に名を残せるのだ。
ビバ! 成り上がり!
鼻歌を歌いつつ、ウキウキしながらポッドで深みへ、深みへ、さらに遠くへと進んでいく。
もうサメもどきもでっかい海洋生物も怖くない。
どんと来いだぜ!!
そう思った次の瞬間、ガガン、とポッドが画面の中で揺れた。
んん? 岩か何かにぶつかった?
そして目の前に現れたのは今まで見た中で最大の恐怖。
確実に肉食と思われる恐ろしい生物が口を開けてわたしのポッドを襲っていたのだ。
ひいいいいいいいっっ!!!
だ、だがまあビビりはしたものの、わたしは安全なポッドの中。
延々と噛みつかれるのは困ったものだが、恐れる事は何も……。
んん?
そしてわたしは気がついた。
もしかしてこれ壊れたりしない?
ねえどうなのその辺。
画面の中ではポッドが攻撃され続け、グラグラと揺れている。
やべえ!!
これ壊れるんじゃねえの!?
壊れたらどうなんの!?
ぱっくり!?
ぱっくりいかれるの!?
美味しく割れましたー(はあと)いただきます、的な!?
「いやあああああああっっ!!!」
絶叫とともにわたしはゲームの電源を落とした。
ぜえはあと呼吸の荒いわたしの隣で神がゲラゲラ笑う。
「その電源の切り方良くないよー。でもマジ最高!」
「うるせえ神!!」
わたしはまだおさまらない動悸と震えを押して、ゲームを取り出した。
とても面白いゲームだった。
だがわたしには無理だ。
わたしの中で封印したゲームがまた一本増えた。
いつか封印を解く日が来るかもしれない。
でも来ないかもしれない。というか多分来ない。
わたしは海が嫌いだ。
ゲラゲラ笑ったあと神は、満足したように大きく息を吐いた。
「うん、素晴らしかった。そんな君には潜水艦はムリだけどこれをあげます。海水発生装置(小)!」
「いらんわボケェッ!!」
「えーー」
不満そうな神にわたしは迫った。
「あのゲームで必要なの水だったよね!? 水作ったりしてたよね!? なんで海水!?」
「水ならこっちでもあっちでもいっぱいあるでしょ? なら逆の方が面白いかなあって」
「あほかああああああっっ!!」
こうしてまたわたしの血管キレそうな日々が始まった。
オネガイ、ダレカタスケテ。