それはとても愛らしく
まず最初にあの山のようなプライドを叩き折っておくべきだろう。
孤児院から領主の兵士に、さらには騎士にと。
力をつけ成り上がっていく過程で身についたアホなプライド。
それを木っ端微塵にする事でヤツにも見えてくるものがあるはずだ。
うんうん、と1人うなずいて、わたしはピクニックから戻ると3番目の兄・トロィエの元へ向かった。
何をしに?
考えがあるのだよ。
わたしは兄が図書室に1人でいるのを確認すると、笑顔を作って近寄った。
「トーリお兄様、今お話ししてもいいかしら」
「なんだい? ミリア」
トーリ兄様は読みかけの本を閉じてわたしに微笑みかける。
「お兄様が海軍を辞める事になったの、わたくしのせいなの。だから謝らないといけないと思って」
トーリ兄様は穏やかな憂い顔で、でも優しげな表情でわたしを見つめた。
「ミリア。僕が仕事を辞めたのはお前とは関係ないよ? 心配しなくていいんだ」
そして近寄ってきて、わたしの前でひざまずくと微笑みを深める。
「でもどうしてそう思ったのか、僕に教えてくれる?」
わたしは弱々しく見えるようこくりと小さくうなずいて、まっすぐに兄の目を見つめた。
ウソジャナイ、ウソジャナイヨ、ホントウノコトナノシンジテー。
「わたくし、神からギフトをもらったのですわ」
「ギフトを?」
驚いたように目を見開く兄。
「ええ、それも2つ。この先の未来でわたくしとお義姉様は賊に襲われ、お義姉様は死亡、わたくしは奴隷になる。オーリ兄様は海外で病死、トーリ兄様は任務中に死亡。お父様とお母様も死んでしまって、いずれ公爵家は乗っ取られてしまう。それを防ぐように、と」
「へえ……」
お兄様の顔から少しだけ表情が抜けた。
「お父様はそれを防ぐため、暗殺組織や敵対する貴族家を潰している最中で、安全が確認できるまではお兄様達に守りを固めた帝都にいて欲しいのです」
「そっか」
「わたくしがお父様にあんな事申し上げなければ、お兄様はまだ海の上でしたわ。でも今は我が家の一大事、どうか許していただきたいのです」
瞳をうるうるさせるわたしに、トーリ兄様は首をかしげてにっこりと優しく言う。
「そうか、そうだね。で? ミリア、僕に何をして欲しいの?」
おっと。
「父さんと兄さんがわざわざ僕に黙っていた事をこうして話すのは何かしてほしい事があるんでしょう? 言ってごらん、ミリアム」
お兄様の優しい笑顔につられてわたしも、ふふふ、と笑う。
「わたくしとお義姉様を襲う賊、ここにいますの」
「へえ、誰?」
「今日話した孤児院出身の騎士、名前は確かーー」
「レゾ」
「そうそう、そんな名前でしたわ、確か」
「うん、あいつは態度が悪かったね。義姉上を崇拝しているといえば聞こえはいいが、身の程知らずにも夫になる夢を口にしていたそうだ。それに、領内で義姉上は結婚を望んでいなかったとか、虐げられているとか、実は兄上に愛人がいるとか、そんな噂が囁かれているらしい」
なんですと!?
というか兄ちゃんなんでそんな事知ってんの!?
わたしと一緒に昨日来たばっかりだよね!? ここ!
ハッと気がついて近くに控えるメイドに目をやると、わたしとしっかり視線を合わせた後で目を伏せた。
こいつら……!!
諜報活動してんならわたしにも情報寄越してよ!
仲間はずれになんかしないでさあ! 泣くぞ!?
「それで? あれを殺して欲しいのかな? ミリアは」
「違いますわ! わたくしそんな恐ろしい事考えておりません!」
「ふうん?」
「ただほんのちょっと話をしやすいようにプライドを叩き折っていただきたいんですの」
「んん?」
「自分が大して強くなかったと知った後なら、こちらの話に聞く耳も持つんじゃないかと」
「そうかなあ?」
「そうですわ。ですので、ちょっと相手して心を折ってくださいな」
「プライドじゃなくて心? まあいいや。じゃあ早速明日にでも手合わせしてみるよ。それでいい?」
「ええ! さすがお兄様ですわ!」
他の人の話を全然聞かない家族と比べたらマジ素敵!!
そしてその後はわたしの使えないっていうか使いたくなかったスキルがものを言うというわけだな!
わたしはトーリ兄様から約束を取り付けて、部屋に戻って1人になるとスキルを使った。
「召喚・化け猫!!」
わたしの呼びかけに応えて光とともに天から現れたのは、見た目もキュートでもふもふお腹も愛らしい、黒猫の子猫だ。くねくね動くお茶目な長い尻尾は先が二つに分かれている。
「みゃああ〜〜〜ん」
可愛いっ……!!
めちゃくちゃ可愛いんやこいつ!
だが……!
『で、誰に取り憑けばいいのさ』
ものすごく性格の悪そうな、笑みを含んだ声が頭に響く。これがこの子猫の言葉である。
召喚・化け猫。
この愛らしい見た目の子猫は召喚者の指名した相手に取り憑き、心の暗部やマイナス思考を吹き込み続ける。
そらもうめっちゃ病む。取り憑かれた人間はめっちゃ病む。
正直あんまり使いたくない。情報仕入れるどころじゃなくなるからな。
『なあなあ、誰の気を狂わせればいいんだよ』
楽しそうだなあ、ほんとお前。
半泣きな気分でわたしはため息をついた。
兄といいこいつといい、見た目だけはとにかく愛らしいってマジどういう事なんだろうな……。




