教育と虐待と(泣)
サウザン王国の暗殺者組織は潰した(お父様が)。
お義姉様を殺して公爵家嫡男の妻の座を狙っていた貴族家も失脚させた(お父様が)。
帝都に綿アメを中心としたお菓子店を開いて大儲けした(お父様が)。
この間、わたくし何にもしておりません。
どういう事!?
かわりに淑女教育が厳しくなった。
5歳児にはあるまじきレベルで厳しくなった。
お母様に泣きついたら『あらあらまあまあ』と扇子で口元を隠された。
そして乳母を呼ばれて、わたしのスケジュールを確認してくれた。
で、何をしたか。
「あらミリアム、あなたこの時間は会話作法のレッスンじゃないかしら」
そう言って乳母にわたしを連行させた。
ちくしょうお前ら幼児虐待って言葉知ってるか!?
おやつとは名ばかりのお茶会の作法の時間。
今日はお母様が来客中なのでお義姉様1人である。
はあ〜〜〜、落ち着く。
わたしはお茶のカップを片手に涙目で笑顔を作った。
身内より身内予定の人間の方がリラックスできるって何事よ。
お義姉様の背後には執事服を着たリュンクスが立っている。
現在は執事見習いの彼だが覚えが良く器用なので、いずれは最低でもどこかの屋敷を任されるようになるだろうという話だ。
いつのまにか執事長にも気に入られているらしい。
だがもう辞めたとはいえやはり暗殺者。
腕が鈍らないようにと日々仲間達と訓練をしている。
そんな彼をわたし専属にしたいと父に頼んだが速攻で断られた。
『何をさせるつもりか想像もしたくない』と仰せで、わたしの下には元暗殺組織関係者は1人だっていない。
他の家族には何人か護衛を兼ねてそばにいるのに。
わたしにも護衛として1人欲しいとねだったら、『サヴァがいるから十分だろう。余計なことをせず家にいろ』と言われた。
お外に出さないのも幼児虐待だからな!
「ミリィちゃん、お勉強大変なのね。少し疲れているみたい?」
お義姉様が微笑みながらわたしに話しかける。
マジ聖女。
「ありがとうございます、お義姉様。最近なんだかやけに厳しくなって……実はとっても辛いです」
「みんな、ミリィちゃんの事を心配しているのよ。賢くて元気いっぱいだから、おうちでいろんな事を勉強してくれていた方が安心なんですって」
主に淑女としてのあれやこれやですよね、分かります。
だってしょうがないじゃん、中身オタクのアラサー日本人だよ?
美しい礼の仕方とか歩き方とか品の良い会話とか、かったるくってやっとられんのです、この年になると。
誰だ今アラサーどころじゃないはずだって言ったヤツ。
「でもお出かけもできないのはさみしいです。もうすぐお義姉様の結婚式なのに、一緒にお買い物にも行けないなんて。式の後は新婚旅行に行かれるのでしょう?」
「ええ。たくさんお土産を持って帰るわね」
「楽しみにしています。リュンクスも連れて行くのでしょう?」
「もちろんよ。リュンクスは外国語が話せるからきっと助けになってくれるわ」
「そうですね。リュンクス、お兄様とお義姉様をしっかり守ってね」
リュンクスがきれいな礼をする。
「命に代えましても」
「まあ、大げさね。命はかけなくていいのよ。あなたに何かあったら泣く人もいるでしょう?」
「とんでもございません」
言いながら、リュンクスの目元がほんのり赤くなる。
聖女の優しさは沁みるよね、わかるよ。
でもだからって惚れるなよ、それうちの兄ちゃんの嫁だからな。
ふと視線を感じて目をやると、リュンクスと一緒に暗殺組織から引っこ抜いた女性がメイド服姿でこちらを見つめていた。そして小さく頭を下げる。
わたしもうなずき返して、なんとなく平気かな、ともうひと口お茶を飲んだ。
お義姉様に懸想して恩知らずなマネをするような輩は始末してくれるだろう、きっと。
信頼できる部下って大事ね!
お兄様の結婚式を前に、グランドツアーに行っていた次男と軍隊に入って船に乗っていた三男も戻ってきた。
ゲームでは、次男はこの後再びグランドツアーに出かけ、旅先で病死。
三男は任務中に戦闘に巻き込まれ死亡する。
父と長兄にはそのことを話してあるので、2人は式の後は国内に残ってもらう事になっている。
さすがに病死や殉職では守りようがない。
だがそれらは全てそう見せかけただけの暗殺なのだが。
他にも敵はまだまだいる。
そもそもはサウザン王国が帝国に食指を伸ばして来たのが原因だ。
暗殺組織1つ潰しただけでは万全とは言えない。
兄達には申し訳ないが大人しく自由を奪われていてもらおう。
5歳の幼女がこれだけ家に縛りつけられているのだ。そのくらいは我慢できるだろう。
父と兄にはこの先の未来を話したが、ゲームの本編部分についてはほとんど話していない。
別に知らなくてもいいだろうと思うし、話す必要も感じない。
本当のミリアムがどんな目にあったのか。
わたしだけが知っていればいい。
ヒロイン? 関係ないよ、殺すから。