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挿話 SIDE:リュンクス

「幸せにしてあげる」


 そう言った子供の目は狂気で底光りしていて、何をされるのか、目の前のこの狂った生き物の考える幸せとはなんなのか、考えれば考えるほど恐ろしくて仕方なかった。


 背後には、犬の姿をした巨大な気配がある。


 俺を踏みつけたその足は普通の犬のものだが、先ほど背中に乗っていたのは巨大な、人の力ではとても抗えないような巨大な足で、まるで地面に縫い取られたように動けないほどだった。






 帝国への潜入を命じられたときは、大して難しい仕事ではないと考えていた。


 上位貴族の暗殺を考えているものを探し出し、依頼を受ける形で帝国の上部を切り崩す。


 その目的に繋がるような情報を手に入れてくるだけのはずだったのだ。


 潜入時の身分は菓子売りだ。

 最近サウザン王国でも評判になりつつある綿アメ。


 作っているのを見るのも楽しいそれを昼間は広場で売り、夜は酒場や裏の人間が集まる場所に入り浸る。


 広場はすでに他の売り手で埋まっていたが、かわりに市場で場所を押さえられた。

 忙しくなるよりはいいし、何より買い出しに来る貴族家の人間とも話ができると喜んだが、1週間目にしてまずい事になった。


 どういうわけか公爵家の子供に暗殺者だとバレてしまったのだ。


 いっそ何人か殺して逃げようかとも思ったが、見張るように常にそばにいる犬が邪魔でそれもできない。


 結局、この屋敷の主のいる部屋まで連れて行かれた。


 そして奴隷紋を外され、俺はあの子供、ミリアムお嬢様のものになった。




 ……と、思ったのだが。




「とりあえずそれはこちらに寄越しなさい」


 苦虫を噛み潰したような表情で公爵が言う。


「いやです。やる事があるんです」


 ()る事が、と聞こえるのは俺だけだろうか。


「何をするんだ」


「まずは暗殺組織を潰して、奴隷商を潰して、あとこの子の復讐もして、2年後のわたくしとお義姉様に手を出す予定の貴族も殺して、できればこの家を乗っ取る計画を立てる連中も始末しておきたいのでその調査もしないといけませんわ。それから……」


「わかった、わかった」


 公爵が額を押さえながらお嬢様をとめる。


「暗殺組織を潰すと言ったね? この子の仲間はどうするつもりなんだい?」


「もちろん連れて帰りますわよ。うちなら広いし問題ありませんでしょう?」


 子供が友達のうちで生まれた子犬や子猫を見た時のようなセリフだ。


「あと組織の人間は全員捕まえて、使えるものは使う、悪党はこの子達にあげる予定です。最終的にはもちろん殺しますが。生かしておくと後々そういうのは祟りますでしょう?」


 なんでそんなに殺意高めなんだ、この幼女。

 暗殺組織の上の奴らとなんにも変わらないじゃないか。


 そう考えたのを察知したかのようにこちらをお嬢様の目が見て、俺はつい、小さく悲鳴を上げる。


「放っておけばわたし達は死よりも恐ろしい目に遭い、屈辱の血溜まりの中で死んでいきます。なら、障害になりそうなものは全て排除しておかないと」


「お、俺は邪魔なんかしない! 俺と仲間を助けてくれるんならなんでもする!」


 お嬢様は頬を膨らませた。


「なんでそんなに怯えるんですの。わたくし何かしました?」


「やめなさい、ミリアム。ひとまずこの子からはわたし達が話を聞こう。お前、お茶の途中だったんじゃないのか?」


「あ、そういえばそうでしたわ。そろそろ戻りませんと」


「では行きなさい。この子の事は任せて」


「あらでも……」


「いいから」


 お嬢様はしばらく黙ったあと、「仕方ありませんわね」と呟いて再び俺に視線を移す。


「お前、お父様とお兄様の言う事をよく聞くのよ?」


 俺はこくこくこく、と何度もうなずいた。


「ではお父様、リュンクスを預けますわ。念のため、サヴァを側から離さないでくださいましね?」


「ああ、そうしよう」


 お嬢様が部屋を出ていくと、公爵の息子は眉を八の字にして俺に手を差し出す。


「立てるか?」


 そして公爵が言った。


「すまんな、どこをどう間違ってあんなふうになったのか……」


 俺が立ち上がると、背後であの犬が唸った。


「やめなさい、サヴァ。お前もサヴァに挨拶しなさい。あの子に忠誠を誓うとでも言えばとりあえずは平気だろう」


「お、俺は、お嬢様、ミリアム様に忠誠を誓う。けして裏切らないし、不利益になるような真似もしない……」


 すると犬は俺から離れて扉の近くでうずくまった。

 もう興味が失せた、とでも言うように。




 こうして俺は、お嬢様のどれ……間違えた、公爵家の使用人になった。


 公爵様はお嬢様には黙って俺のいた暗殺組織を潰し、仲間を助け出してくれた。

 組織の奴らは全員、殺させてくれた。


 お嬢様は「なんで仲間はずれにするんだ」と怒っていたが、公爵様は「子供にこんなこと関わらせるはずがない」と相手にしなかった。


 お嬢様には感謝している。


 でも公爵様にはもっと感謝している。




 俺たちは帝国でようやく静かに暮らせるようになった。

 たまに潜入とか調査の仕事もあるけれど、誰からも脅されたりしない、平和な暮らし。




 幸せを、貰えたと。

 俺はそう思っている。


 そして多分、俺の仲間も、みんな。










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