復讐? びっぐうぇるかむ!
やって来た呪法師はリュンクスくんの背中の奴隷紋を消して戻っていった。
なんかあっさりだったな、と思ったら、帝国でも上位の呪法師をお金にモノを言わせて連れてきたらしい。
どっかから恨まれてないだろうな、それ……。
「それで、ミリアム。それを手に入れてどうするんだ」
「いろいろと使いますわ、もちろん。やる事がたくさんあって困っておりますの」
「ふむ」
お父様が新しいペットでも見るようにリュンクスを見下ろす。
リュンクスは戸惑いを隠せない瞳でわたし達を見上げた。
サヴァに踏まれたまま。
カッコつかないねー。
ていうか服ボロボロでエロくていいねー。
兄ちゃんにそういう趣味がないのがなー。
「殺さないのか」
苦しそうに掠れた声で睨みつけてくる。
いいね、いいね。
全くわたしが5歳児じゃなかったらドS陵辱コースまっしぐらだよ、その目。
「殺さないのよ、これが。お前、仲間を助けたい?」
「当たり前だ!」
そうでなかったら暗殺者なんて汚れ仕事やってないし、死にたくなるほど辛い訓練で正気を保ってなんかいられないよね、そうだよね。
「助けてあげましょうか」
わたしはリュンクスの前にしゃがみ込んだ。
「は……」
「助けてあげましょうか、お前も、お前の仲間達も」
わたしはできる限り優しい笑みで笑う。
なのに何故かヤツは青ざめた。マジ失礼。
「もうお前は奴隷ではないし、死んだと思われている。奴隷紋が消えたからね。ねえ、どうしたい? 仲間を助けたくない?」
わたしはリュンクスのアゴを人差し指で持ち上げて視線を合わせる。
なに? なんで怯えてんの? そんなんでよく暗殺者とかなれたね。やっぱ家族や友達を思う気持ちってそれだけ強いって事なのかな?
「ほら、返事は」
サヴァが前足に力を込めたようだ。
リュンクスの顔が痛みに歪む。ナイス、サヴァ。さすが。
「助け、たいです……」
囁くような声で返事が返る。
ははは、いいね。
「聞こえない」
「助けたい、です……! 力を、貸してください……!」
「あははははっ! いい、いいよ、リュンクス! 助けてあげる! 素直な子は大好きだよ!」
サヴァがリュンクスの上から足をどかす。
ホッとしたように長く息を吐き、リュンクスは体を起こして床に座り込んだ。
ガタガタ震えて、目尻には涙が浮かんでいる。うん、めっちゃ好み。
恋愛とかそういう事ではなくて、性癖にブッ刺さり。
なんかこう、優しくしてあげたくなるよね。
「リュンクス、お前はこれからわたしの言う事を聞くのよ」
「仲間を、俺たちを助けてくれるのか」
再び子ウサギのように震えながら睨まれて、わたしは微笑んだ。
「もちろん。助けるだけじゃないわよ」
意味が分からない、といった表情で震える体を抱き締めるリュンクス。
「幸せにしてあげる」
「はっ! 幸せなんて……!」
「復讐させてあげる。組織の人間に。あなたを不幸にした全ての人間に。どう?」
リュンクスは答えなかった。
仕方ないなあ、と、聞き分けのない子供の頭を撫でるために顔を近づける。
「もちろん、あなたの仲間の復讐も、全部。あなた方が正しい限り、際限なく」
やはりリュンクスは答えない。
まだ足りないのか、とわたしが頬を膨らませると、父が困ったような声でわたしの頭を撫でた。
「もうそれ以上脅すのはやめてやりなさい。それはもう、お前の言う事をちゃんと聞くはずだから」
んん? パパン、どういう事?
「どこでそんな悪辣な脅迫の仕方を覚えてきたんだ」
父の後ろから兄が呆れたように眉をひそめる。
え? 悪辣? わたしなんか酷い事した?
頭痛に耐えるような様子の父と兄。
リュンクスは真っ青になってまだ震えている。
いやいや、雇用条件を確認しただけだよね?
と動揺するわたし達のそばで、サヴァがひときわ大きなあくびをしたのだった。