『神眼』、ゲット! でも濫用は危険!
わたしはリュンクスを部屋の中へと突き飛ばした。
わたしのステータスは一般成人男性を軽く超える。
まさか5歳児にそんな力があるとは思っていなかったのだろう、リュンクスはたたらを踏むようにして室内へ転がり込む。
そして暗器を取り出そうと懐に手を入れて……サヴァの前足に押さえつけられて「ぐはっ!」と息を吐いた。
はっはっは。
逃ーげらーれなーいよー。
サヴァは我が家お抱えの自慢の騎士3人を子供扱いできる天才犬。まさに神の犬。
どんなに腕が立とうが人間が敵うはずもないんである。
わたしはリュンクスの横を歩いて過ぎると、父と兄に彼を改めて紹介した。
「彼の名前はリュンクス。サウザン王国内の暗殺組織の構成員です。この国には、綿アメ売りとして入り込んで情報を探っていたようですね。組織の目標は我がアスターク家。次期公爵にはサウザン王国と繋がりのある人物になってほしいと依頼があった事が要因かと」
「なるほど」
「それはこちらで引き受けよう。あまり無茶をしてはいけないよ、ミリアム」
父も兄もわたしの必殺の笑顔ににこりともしない。
よくないよ? そういうの。幼児に対してそういうの、よくない。
だがわたしは負けずにさらなるにっこりで父と兄に圧をかけた。
「いいえ、お父様、お兄様。この暗殺者はわたしがいただきます」
「なんだと?」
父の眉がぴくりと跳ねる。
「サヴァ」
「ワオン!」
サヴァはひと声、リュンクスの着ていた服に噛み付いてビリビリにした。
うん、いいねいいね。わたしのスキルにスライムが無いのが悔やまれるよ。なんなら触手でもいい。
我が神くれないかな、さっきみたいに。
ピコーーン!
電子音キターー!
興奮するわたしの脳内に機械の冷たいボイスが響く。
『神より伝言です。アホな遊びには付き合えない。以上』
ふざけんなクソが! お前スライムと触手の良さが分からないとかそれでも男か! それともあれか、女なら歓迎ってヤツか! そんな男女差別がまかり通っていいと思ってんのかちくしょう! 男だろうが女だろうが服を破いたら次はアンアン言わせて快楽堕ちさせて『好き!』と言わせるまでが礼儀だろうが!
わたしが脳内会話で機械相手に神を罵っていると、その間に父と兄がそばまでやってきて上からわたしとリュンクスを見下ろしていた。
「これは……」
「奴隷紋、か」
おっと、お仕事お仕事。
わたしはこほん、と1つ咳払いをして自分を落ち着かせる。
「暗殺組織というのは、構成員を募るのに苦労するもののようですね。それで、孤児達をさらったり養子にしたりして暗殺者に仕立て上げるようです。そして大抵の場合は言う事を聞かせるために奴隷にしたり脅したりする。このリュンクスもそうだった。お前は奴隷にされただけではなく、一緒にさらわれて同じように奴隷にされた孤児を人質にされている。そうね?」
リュンクスは答えない。
「お父様、奴隷紋の解除はできますか?」
「お前が奴隷にされる可能性があると聞いて、屋敷に呪法師を雇っている」
「では、この者の奴隷紋を外してください」
わたしの言葉に、リュンクスは驚いたように顔を上げた。
「いいのか?」
「手駒にするためには奴隷であると面倒ですから」
「紋のつけ直しも?」
「しません」
そして兄が呪法師を呼びに部屋を出ていくと、父はさらに訊いてきた。
「ミリアム、お前はこれの情報をどこで手に入れた」
わたしは唇の両端を上げて笑う。
「ギフトですわ」
「ギフト? しかしお前のギフトは……」
「『言語』。そしてもう1つ授かりました。『神眼』です」
そう、先ほどのピコーーンはそれだった。
リュンクス達の待つ庭についたわたしは、彼らが楽しげにしている間も仕事をしていた。
新しく手に入れた『神眼』を使ってリュンクスの情報を手にしたのだ。
もとは騎士家の子供だった事。
父が死んだ後、母を貴族の愛人に取られて孤児院に入れられた事。
その孤児院を潰されて全員、暗殺組織にさらわれた事。
そこで奴隷にされた事。
彼は才能があったため訓練を受けて暗殺者になったが、彼の仲間のうち数人は使い物にならないと人質に取られている事。
彼が受けた仕打ちの1つ1つ、犯した罪の1つ1つ、そしてその時の感情まで身の内に入り込んでくるようだった。
『神眼』は、使い所を間違えずに、また操作にも熟達しなければ危うい。
「なんと、お前は……」
「感激するところではありませんわ、お父様。それだけ我が家が危険にさらされているという事かと」
「そうか、そうだな」
父は大きく息を吐いた。心なしか顔色が悪い。
父ちゃん、あんまりいろいろ気にしてたらハゲるよ。ハゲなくても胃をやられるよ。
使えるものは全部使ってやられたらやり返す。悪意を受けたら悪意を返す。
それでいいと思うよ。
そしてやり返すためにはやられてもダメージを受けないように力を手にする。
それでいいんちゃうかな。
そうこうしているうちに兄が戻ってきた。
呪法師を呼びに行かせたそうだ。
サヴァに踏みつけられてるリュンクスくんには悪いけど、しばらくこのままで待ってみようかー。
ああここが居間なら茶のひとつでも出てくるんだろうに……。
こんなに頑張ってるあたしに何か労いはないのかちくしょう!