青田買いは基本です
さて、家族にカミングアウトしたため、父と兄が危機感を持って動いてくれるようになった。
そのおかげでわたしと義姉には最近、結構な数の護衛がつくようになっている。
わたしはそれでいい事を思いついた。
義姉は実家の辺境伯家にいた頃、孤児院や下町の病院をよく訪れていた。巷では『辺境の聖女』と呼ばれている。
そんな彼女だが、兄と婚約して帝都に来てからは、次期公爵の婚約者として挨拶回りに忙しい。
ここでわたしがひと肌脱げば、義姉の不満も解消され、兄の株も上がり、そしてわたしは念願のお出かけ青田買いができる。
遠慮してお願い1つできない義姉のため、わたしは必死で兄を説得した。
兄はそれはもう抵抗した。
だがここでわたしのスマートな話術が火を吹いた!
床に転がって駄々っ子作戦である。
みっともない、だと?
望む結果を得るには手段は選ばんのだよ、わたしは。
どんな役だって演じてみせよう。
そう、演技だから。演技だからね、これ。勘違いしないでね、ほんと、演技だから。
結果、義姉が兄にお願いして話はとんとん拍子に進んだ。
最初からそうしといてくれたら話早かったんちゃうかな、お義姉ちゃん。
そう思いはしたが、わたしは子供らしくバンザイをして喜びを表すにとどめた。
言っちゃいかんことってあるよね、世の中。
そして孤児院訪問当日。
わたしは死んだ魚のような目で義姉の後について歩いていた。
礼儀もなんも教えられていないクソガキどもがウザかったからではない。
問題は、ヤツらが全員子供だったという事にある。
ここは孤児院だ。
成人したら大抵は出ていかねばならない。孤児院とはそんな場所。
そして、そしてだな。
ご記憶だろうか、この世界の人間のレベルアップは成人後。
つまり、ここにいるガキども全員、レベル1のスキル無しだという事なのだ!!
ここに何しに来たよわたし!
神はいない。
久しぶりに実感したよ。
この世界、マジ神はいない。
あいつは神に似た何かだ。間違いない。
わたしが落ち込んでいると、誰かがそばにやってきて顔をのぞき込んだ。
「大丈夫? 具合悪いの?」
栗色のおさげ。優しげな淡い緑の瞳に時々、気遣わしげに黄色が混ざって揺れている。
めっちゃ美少女。
「今日は暑いからきつかったのかな? お水飲む?」
公爵令嬢に対して怖いもの知らずのお声がけ。
でも嫌いじゃないぜ、その優しさ。
侍女が何か言いかけて近づこうとしたのを気配で感じ取り、押しとどめる。
普通の5歳児には無理だって? 忘れちゃダメだよ、わたくしレベル1でもステータスは成人男性を軽く超えるバケモノ幼女。気配察知はお手のもの。
「大丈夫ですわ。滅多に外出しないので、馬車に酔ってしまったようです」
「まあ、気がつかなくてごめんなさい。無理をさせてしまっていたのね」
義姉が腰を落として視線を合わせてくる。
いやいや義姉ちゃん、そんな事しないで。きれいなドレスが汚れちゃうから。
まあ、持ってる中では1番安い地味なヤツなんだろうけどね。
「平気です。だいぶ良くなりましたから」
そして先ほどの美少女に視線を向ける。
「心配してくださってありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいですか?」
美少女はにっこりと笑った。
うーーん、眼福。
しかしこの子、どこかで見たような気がする。
「アイラよ」
アイラ……。
なんかそういう名前の子がいた気がする。ゲームの中に。
だがすぐには思い出せない。
ひとまず孤児院の子供達と鬼ごっこやかくれんぼをして交流を深める事にしたのだった。
ステータス上げといてほんと良かったよ……。
子供のはしゃぐパワーってほんとハンパない。
ずーーーーっと走り回ってはしゃぎ回ってるんだもんね。
その間、お義姉様はアイラ達、年上の女の子達と刺繍やお菓子作りをして過ごしていた。
穏やかな空気って憧れるね!!
年上の男の子達はどうしたかって?
別の場所で護衛の兵士達が相手をしていたよ。
礼儀どころじゃない乱暴なクソガキを貴族令嬢に近づけるとかあり得ないからね。
わたし?
10歳以下の子供が集まるわたしの周りにはいたよ? 男の子。
大人しくしてるならまだしも、わたしの髪を引っ張ったり、無礼な口をきいたり、他の子をいじめたりするようなクソガキ、もちろんいました。
容赦しなかったけどね。
軽くぶったり、足を引っかけて転ばせたりした。
やり返すとその後は手出ししてこなくなった。
子供の世界も弱肉強食なんである。
多分こうしてお互いの序列を確認し合ってるんだね、きっと。
女児からは尊敬の眼差しで見つめられ、男児からは怯えたように距離を置かれる。
子供相手に大人気ないとは思うが、子供なら貴族に無礼な真似をしても許されるとか覚えちゃったら、君らマジ処されちゃうからね?
今のうちから手を出しちゃいかん相手はしっかり理解するべきなんである。
え? 普通の5歳児の貴族はやり返さない?
周りがやり返すのよ、そういう時は。そしてそっちのほうがよっぽどヤバかったりするものだ。
それが貴族というもんである。
その日、お義姉様が様子を見に来るまでの間に、わたしはここの10歳以下の子供たちを掌握、孤児院のボスとなっていた。
いらんわ、そんな称号。