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執事エイベル

「なるほど、公爵の従弟にあたるわけか」


 うんうん、と殿下がうなずく。

 めっちゃ楽しそうで何より。


「叔父のアルトリオは帝都の友人の屋敷で知り合ったメイドと駆け落ちしました。しかし仕事中に事故で亡くなり、生まれた男子は我が家で引き取っております」


 え、そうなの? そんな人いた?


 アル兄様の言葉にエイベルが続ける。


「それは兄です。母はお腹にいた私のことは隠し通しました。しかし頼れる身内がなかったため金銭的に困り、ジェンセン伯爵家で働いていた知人に助けを求めたのです。それが伯爵の耳に入り、憐れんでくださった伯爵は私と母をお屋敷に置いてくださいました」


「疑わしい話だな」


 兄が切り捨てる。

 エイベルがわずかに声に感情を表した。


「事実です」


「そうではない。お前は確かに叔父の子供なんだろう。だがジェンセン伯爵が我が家にお前達の事を知らせなかったというのは、けして善良な考えがあったからではないだろう」


 確かに。

 兄の方を引き取っているなら弟のほうだって引き取るだろう。母親はどうか知らないけど。


「お兄様、そのエイベルの兄というのはどなたなのでしょう?」


「なんだ知らなかったのか? トロィエだ」


 マジですか!

 3男兄が爵位をいらないって逃げ回ってるのって、もしかしてそういう事!?

 父様の子供じゃないからとか、そんな遠慮とかしちゃってんの!?


「兄は今、どうしているのですか」


「今は海軍で中将の地位にいる。そのうち大将になって元帥まで行くだろうが、その前にうちに戻ってきても領地の水軍のトップは間違いない。そもそもあいつが作った組織だからな。爵位はいらんと言っていたが、グラスリア戦の報償で爵位付きの領地を与えられる事になっている」


「そう、ですか……」


 エイベルはそう呟くと安心したように小さく微笑んだ。


 ゲームでは彼は復讐心から公爵家を乗っ取る。

 それは、兄のトロィエが亡くなってしまっていた事と無関係ではないのかもしれない。


「しかしジェンセンか……。いずれきっちり話をつけねばならんな」


 もしもエイベルが伯爵の後押しで公爵家を継いでいた場合、彼は伯爵に頭が上がらず、ろくな事になってはいなかっただろう。

 それが分かっているのか、エイベルは無言でうつむいた。



「なるほど。上手くいけば公爵夫人の可能性もあったというわけだね。しかしミリアム、君がいる以上はそんな事にはならなかったんじゃないかな?」


 分かっていて殿下が質問してくる。


「そうですわね。何事もなければ」


「うん、そうだね。で、君は彼女をどうしたいのかな?」


 殿下がにこにことテーブルに頬杖をついた。


「確かに彼女はメイドとしてあり得ない行動を取ったかもしれない。けれど未遂だ。君に怪我をさせたわけじゃない。この場合、紹介状を書かずに追い出す、くらいでいいと思うんだけど」


「その通りですわね。明日の朝にでも出て行ってもらうつもりですわ」


 わたしが首肯すると、殿下は軽く首を傾げて笑う。

 きっとつまらないとでも思っているんだろう。厳罰にしてほしいとか言わないのか、と。マジとんでもないヤツだよ。


 するとそれまで黙っていた殿下の側近が苦い顔をした。


「しかしむごい事をするものだ。本来なら彼は公爵家の人間としてそれに相応しい扱いを受け、然るべき教育を受けるはずだったものを。それを母親とともに隠して使用人として育てるとは」


「ああ。そうなるとミリアムの兄として育てられていたのだろうね」


 特に興味もなさそうな殿下の言葉に、わたしはそういえばそうだな、と納得する。



 実の母と暮らした彼が幸せだったのか、公爵家に引き取られてトーリ兄様とともにうちの家族になったほうが幸せだったのか、それは誰にも分からない。

 なにしろうちの子になればグラスリアから抹殺対象としてターゲッティング間違いなしだ。

 彼が今こうして生きているのは、ただ利用価値があったから。それだけに過ぎない。



「今からでも彼には領地に行って父と会ってもらう。一刻も早く養子としなければ何が起こるかわからんからな」


 アル兄様が告げる。

 それは決定だ。

 さすがは人の上に立つお方。相手の気持ちなどお構いなしの通達だ。


 だがそれを告げられたほうは大人しく従う様子だ。

 いろいろ心が折れてるのもあるんだろうが、人に従うよう育てられてきたんだろうな。

 エイベルには悪いが、彼が公爵にならなくて本当によかったと思った。



 頑張れ、エイベル。


 領地ではきっと短期決戦スパルタ子息教育が待っている。


 貴族ってね、優雅なだけではないんだよ。

 健闘を祈る!








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